「生物学者であり、宇宙探求者であり、アーティストです」
自己紹介をお願いすると、こう答えてくれたのは、Angelo Vermeulen(アンジェロ ベルミュレン)さん。生物学者である傍ら、NASAの火星シミュレーションプロジェクトに携わっていたアンジェロさんは、ビジュアルアーティスト、写真家、映像クリエイターとしても活動する人物である。
興味深いのは、アンジェロさんが、単に「科学者とアーティスト」という二つの顔を持っているだけではなく、「科学」と「アート」という二つの領域を掛け合わせながら活動をしていることだ。生物学やテクノロジーの要素が入ったインスタレーションアートやコミュニティアート、宇宙探求を通した生物学の研究など、アンジェロさんの活動には文化的要素と科学的要素が融合されている。
これまで、多様な視点から「進化」や「発展」と向き合い、既存の価値観や固定観念を問い続けてきたアンジェロさん。今回編集部は、私たちが生きる今の混沌とした世界を「より良い未来」に導くためのヒントを伺った。
話者プロフィール:Angelo Vermeulen(アンジェロ ベルミュレン)さん
ベルギー出身。アーティスト、生物学者、宇宙システム研究者。2009年にアーティスト、科学者、エンジニア、活動家からなる国際的な学際的集団、SEADS (Space Ecologies Art and Design)を共同設立。10年以上、欧州宇宙機関(ESA)のMELiSSAと共に、宇宙での生物学的生命維持に関する共同研究を行う。2013年には、ハワイで行われたNASAの資金提供による初の火星シミュレーション「HI-SEAS」のクルーコマンダーとなり、現在はオランダ・デルフト工科大学にて、恒星間探査のための生物学的な発想のコンセプトを開発。国際宇宙ステーションでの芸術・科学実験も進めている。シニアTEDフェローであり、2017年には新聞「De Tijd」によるベルギーのTop5 Tech Pioneersに選出。宇宙関連の仕事に関するTED Talkは100万回以上視聴されている。
分野を超えて、「単なる興味」から挑戦してみること
生物学、宇宙工学、アート……多岐にわたる活動を行うアンジェロさんは、2009年、アーティスト、科学者、エンジニア、活動家からなる国際的な学際的集団「SEADS (Space Ecologies Art and Design)」を共同設立した。目的は、批評的な探究と社会実験を通した「未来の再構築」。その活動のほとんどが、異なる複数の分野を「融合」させたものだという。
そんな分野を横断、融合させた活動に、大学の研究所から宇宙、そして地域コミュニティまで、幅広いフィールドで挑戦してきたアンジェロさん。なぜ、ここまで多岐にわたる領域でチャレンジし続けるのだろうか。
「私は小さい頃から、生物学から宇宙学、地中学まで、幅広い科学に興味を持っていました。同時に、写真や文学などのアートにも強く心を惹かれていたんです。科学とアート、2つの領域への強い関心がもととなり、12歳の時には初めて、自分でオリジナルの科学雑誌をつくりました。今でいうzineのような手作りの雑誌で、主なトピックは生物学と宇宙探求。作った雑誌は友達と一緒に学校で販売していましたね」
「私は、科学者でありアーティストという肩書を持ちますが、『科学者からアーティストになった』わけでも『アーティストから科学者になった』わけでもありません。幼少期からあった複数の興味を発展させ、融合させたら、今の私のあり方が築かれていた、というのが正しい表現かもしれません。この『複数の関心』を大切にするというのが、私自身の活動のコアにあるものです」
そんなアンジェロさんが大事にしている、一つの考え方がある。
「“Transdisciplinary”という考え方です。『複数の領域を含んだ』という意味で、例えば、生物学者がコンピューターのコードを書くのを手伝ってみたり、写真家がグラフィックデザインをやってみたり……一人ひとりが自分たちの専門を超えて、興味のある他の分野にかかわろうとすることを言います。一人ひとりが複数の関心とスキルを持っていると認めたうえで、多種多様な分野の人々が集い、協働し始める。そんなTransdisciplinaryという考え方こそが、私が大事にしたいものです」
「私たちは、つい職業や専門というラベルで、自分たちの可能性を狭めてしまっているように感じます。例えば、土木技術者は土木に関することは自信を持って話すけれど、その他の専門外のこと、例えばITやテクノロジーに関することについては、興味があっても意見を言いにくいかもしれません。たとえ関心があることでも、『プロでない』ことを理由に、かかわることを躊躇ってしまう。興味や才能があっても『挑戦する』土壌がない。そんな状況があると思うんです」
「私たちは、何かを学ぶとき、すべて平等に深めないといけないと思ってしまいがちですが、本来はほんの少しの自分が好きなことを深めればよく、全部を完璧に学ぼうとする必要はないと思います。私の場合は、ビジュアルアート、生物学、そしてほかにもいくつか興味のあることがあります。すべての専門家にはなれないけれど、どれも興味があるから挑戦してつなげようとしている。そんなシンプルなことなんです」
「もちろん簡単なことではないし、すべての人にとって最善の方法ではないかもしれません。しかし、色々なことに興味を持っているけれど、挑戦できていない人が沢山いると知ったので、私はTransdisciplinaryを軸に活動しています。イノベーションや問題解決、クリティカルシンキングのためには、『単なる興味から挑戦してみること』が大切ではないでしょうか」
生態系とコンピューターの新たな関係性を模索するプロジェクト
人々が興味を軸に、挑戦できる土壌があれば──。そんな想いを抱きながら、自身も多種多様な取り組みにチャレンジしてきたアンジェロさん。最近取り組んでいるプロジェクトについて伺った。
「2007年から取り組み始め、30以上の形式で世界中で展開してきた『Biomodd』というコミュニティアートプロジェクトがあります。核となるアイデアは、『生態系とコンピューターという2つの異なる世界の、新たな関係性を模索していくこと』です」
「皆さんの中には、コンピューターと自然環境は相反するもの、敵同士だと考えている人もいるかもしれません。コンピューターやテクノロジーは環境に負荷をかけますし、AI(人工知能)の倫理的な問題も指摘されています。しかし、そのような『テクノロジーは世界を壊しかねないから人間とは共生できない』という価値観から一歩立ち戻り、テクノロジーと自然との関係性を問いかけているのがこのプロジェクトです」
「具体的には、まず古くなったコンピューターを修復します。コンピューターの開け方から始め、正常に作動するところとしないところを見極め、どのように修復するのかをみんなで学びます。そして再び動くようになったコンピューターの中に『生態系を入れる』のです」
「通常コンピューターは、使用されると熱を発するので、扇風機などで冷却されます。しかしBiomoddでは、通常捨てられる廃熱を捨てずに回収し、それを利用してマイクロクライメート(※1)をつくります。熱帯の生態系のなかで、植物や海藻、魚などの生物の成長を促しながら、ロボット工学のセンサーを用いてコンピューターと生態系が対話できるようにする。そうして、コンピューターと生物が共生するハイブリッドな世界をつくるのです」
※1 気象学の用語で日本語では「微細気候」と言われる。地球規模の気象に対して、例えばモンスーン地帯の気候は一つのマイクロクライメイトと捉えられるほか、ビル風やストリートキャニオン現象といった特有の気象現象を示す高層ビル周辺の気候、さらに小さくは、人間の衣服の内部の気温・湿度などの状態も一つのマイクロクライメイトとして考えられる(ハイトカルチャー株式会社より)。
「さらに、私たちはそこに、『人』という生態系も加えます。どのように行うかというと、訪問した人が複数人で一緒にコンピューターゲームで遊べるようにしています。ゲームをすると電気が使用され、熱が発生するので、中に組み込まれた生態系が刺激される。こうすることで、テクノロジー、自然環境、そして社会という3つのシステムが関わり合い、対話し合う空間を生み出しているのです」
より良い社会へのヒントは、「長期的な視点」と「サーキュラー思考」
アンジェロさんが立ち上げたSEADSは、単なるアート作品を超えた、「生態系やテクノロジーの関係性を根本から問い直す」という全体論的な視点から、Biomoddのような社会実験を行っている。
だが、そもそもなぜ、生態系とテクノロジーの関係性を問うようになったのだろうか。そう尋ねると、アンジェロさんはこのように答えた。
「新たなテクノロジーが開発されて、文明の発展を促進させるといったように、テクノロジーと自然の緊張関係は、人間の進化のカギを握る要素の一つだと思っています。ですので、私にとっては地球の自然環境、テクノロジー、人間はすべてつながり合っていて、それが大きな問いになったんだと思います」
そんな、互いにつながり合う生態系とテクノロジー。これらがより良い関係を築いていくためには、何が必要なのだろうか。
「『長期的思考』と『サーキュラーシンキング(循環型の思考)』──この2つが、生態系とテクノロジーのより良い関係にとって大切だと考えています。ただ現状は、ある課題によってこれら2つの考え方の実践は難しくなっています。その課題と言うのが、『成長への執着と短期的思考』です」
「私たちは今、継続的な成長を前提にした経済システムの中で生きています。そしてそれは、場所や資源の搾取など、人間のあらゆる利己的な態度や行動につながっています。本来、人類はある程度発展した段階で成長を止め、落ち着くことができたかもしれません。しかし、社会経済の仕組みがそれを許さず、今も私たちは成長に固執し続けています」
「短期的思考に関しては、政治家を例にとると分かりやすいかもしれません。多くの政治家は、基本的に次の選挙のことだけを考えています。つまり、長くても数年先のことしか考えられていない場合が多いでしょう。もっと長期的に物事を考えることができれば、彼らの振る舞いも社会の状況も違ったものになっていると思います」
「そして、これら2つの問題の解決策となるのが、私はサーキュラーシンキング(循環型の思考)だと考えています。つまり、目先の利益だけを考えるのではなく、長期的な視点、すべてがつながり合って循環しているという視点を持って考えることです。サーキュラーエコノミーの考え方では、物質を循環させることが重要であり、ごみだと思われていたものを資源として活用します。私がBiomoddのプロジェクトで、壊れたコンピューターを使って作品をつくったのもそうです」
「この『循環』という考え方を、さらに広い『人間』のスケールでも実践できるようになればいいと思うんです。自分のアクションが、他の人にどのような影響を与えているかもっと深く感じる。それは、家族や同僚、近所の人など顔の見える範囲だけの話ではなく、他国の人々もそうです」
「世界中に生きるすべての人たちが、一つの巨大な円の一部で、互いの行動は作用し合っている。それに気付き、社会的・政治的なレベルでも、循環という大きな視点から『地球に住むとはどういうことなのか』と考えることができたら……世界はもっともっと良い場所になっていくと思うんです」
すべては、「協働すること」「共感する力」から
長期的な視点と循環型の思考。この2つの実践のために、人々が「当たり前」としてきた生き方や価値観を疑いながら、挑戦を続けるアンジェロさん。これから社会をより良い場所にしていくため、私たちに求められているのは何なのだろうか。
「正しいコミュニケーション。言葉だけでなく、アクションも含めたコミュニケーションです。私はプロジェクトを行うとき、見知った人だけでなく、その地域の人とコ・クリエイトする(一緒につくる)ことを大切にしています。世界中を旅することで自分が知らない文化を知ることができますが、そこにいる人たちと協働することこそが、異なる価値観を理解する力や共感力を高めることにつながると思っているんです」
「もちろん、それは非常に難しいことです。以前、インドネシアで行ったプロジェクトでは、文化の違いから地元の住民たちと分かり合えず、苦労しました。しかしその経験から、異なる意見であっても尊重し、対話をし、共感すること。そして、そのうえで互いの意見の中間地点を探ることが大切だと学びました。一見違う意見であっても、それらをつなぐ橋はあると思うんです」
「人間は、もともと生まれながらの性質として、分断することで世界をとらえようとします。国や性別、性格など……分類することで、物事を理解しようとしてしまいがちです。それらの、自らつくってしまった壁を、コミュニケーションや協働を超えて共感力を養うことこそが、すべてのスタートポイントだと思います。それさえできれば、テクノロジーの問題も自然環境の問題も、すべて解決されるのではないでしょうか」
「と言いながら、もちろん私はそれがユートピアだということにも気付いています。まだ世界を一つにできていませんからね。でも、少なくともその問いを投げかけて、どこかの地域の人々に知ってもらったり、理解してもらったりすること。それによって共感力が高まっていれば、それだけでより良い世界につながっていると思います」
協力することとコミュニケーション。この2つは、どのような物事においても大切であるだろう。アンジェロさんにそのように伝えると、「協力」について、さらに感じていることを話してくれた。
「協力はもちろん大事なのですが、そこに『植民地的な思想』がないことが前提。『ヒエラルキーを超えることと謙虚になること、そして聞くこと』が重要だと思います。例えば、いわゆる先進国の人々が、アフリカの子どものためにある技術を開発しようとするとき、そこには植民地的な思想が含まれている場合があります。もちろんすべてがそうではないでしょうし、その想い自体は大事なものかもしれませんが、『西欧諸国がどうやってアフリカを開発しようか』という想いが根底にあることも少なくないと思います」
「しかし、そういった『支援されている場所』では、そこにいる地元の人々も良いアイデアを持っていると思っています。解決策を提供しようというスタンスではなく、バックグラウンドにかかわらず、同じ土俵で協力、協働し合うこと。これこそが、世界の問題の解決につながっていくと思うんです。私たちが住む地球は巨大なので、なかなか難しいことですけどね」
「良い世界とは、新しいテクノロジーを開発したり、経済を発展させることで生まれるのではなく、人間の根底にある基本的なこと、つまり『協働すること』や『共感する力』から始まっていくのではないでしょうか」
社会貢献の近道は、多様な人と一緒にチャレンジすることと失敗への余地を残すこと
最後に、これから何かにチャレンジしようとしている読者の方に向けてメッセージを残してくれた。
「私は、誰もが発明家になれると思っています。繰り返しになりますが、その近道となるのが『コミュニティ』だと考えています。もちろん個人で取り組む方が性に合っているという人もいると思います。でももし、今この記事を読んでいるあなたが社会に良いインパクトを残したいのであれば、人とつながることが大事だと思います。つながって、何でも良いので地域の課題に取り組んでみる。実験を始めてみてください」
「そして、そのときに大切なのが、コミュニティに多様性があることと、何かにチャレンジするときに失敗する余地を残すこと。完璧を目指しても失敗はつきもの。完全な解決策を見つけようとせず、何か新しいアイデアが思い浮かんだら、誰かと一緒に取り組んでみる。それが、より良い世界に貢献する一歩になるのかもしれません」
編集後記
「世界中に生きるすべての人たちが、一つの巨大な円の一部で、互いの行動は作用し合っている。それに気付き、社会的・政治的なレベルでも、循環という大きな視点から『地球に住むとはどういうことなのか』と考えることができたら……世界はもっともっと良い場所になっていくと思うんです」
いとも簡単に、世界が一変しうることを多くの人が感じている今、世界中の人々にアンジェロさんのこの言葉を贈りたい。
私たちが食べるもの、着るもの、乗るもの、話す人……そのすべての選択、すべての行動が誰かの何かにつながっている。そしてそのつながりの連鎖が、私たちの住む地球全体の未来をも形作っていく。
それを知った今、あなたは、どのように生きることを選ぶだろうか。
【参照サイト】Angelo Vermeulen
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