街から本屋が消えている―― そんなヘッドラインを見かけたことがある人もいるだろう。
書店調査会社のアルメディアによると、日本全国の書店数は過去20年で約半減し、実店舗数は1万店を下回った(※1)。一方、2020年度の電子書籍市場規模は4,821億円と推計され、2019年度の3,750億円から28.6%増加している。
新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う「巣ごもり消費」や、社会現象ともなった大ヒット作品の影響が大きく、電子書籍市場は大きく拡大している(※2)。確かに読みたい作品がアプリで即ダウンロードできるのは、現代を生きる私たちにとっては魅力的だ。しかし、その消費行動が、どれだけ作家に還元されているのか、考えたことがあるだろうか。
今回は、そんなビジネスモデルに疑問を呈したオンライン書店「Autorenwelt(アウトーレンヴェルト)」を取り上げる。速達などのサービスはなし、本のラインナップも大型書店に比べれば限られているが、作家に対して従来の2倍のマージンを支払う仕組みを実現している。
このビジネスを始めた背景には何があるのだろうか。そして、どのような仕組みで成り立っているのだろうか。Autorenweltの創業者、ウィルヘルムさんを取材した。
(以下、ウィルヘルムさんの回答)
全体の5%しか食べていけない作家の世界
普段、当たり前に手にする本ですが、作家業で生計を立てるのはとても厳しいものです。たとえば、1冊20 ユーロの本のマージン内訳をみると、43%(8.6ユーロ)が出版社、20%(4ユーロ)が卸業、30%(6ユーロ)がオンラインショップに支払われ、実際に著者の手元に残るのはたった7%(1.4ユーロ)です。
作家の平均年収はドイツ全体の平均給与の半分以下(約2万2,000ユーロ)で、わずか5%の作家しか自分の生活を維持することができていないのが現状です。このような不条理な状況を少しでも改善できないか、という問題意識のもとに始まったのがAutorenweltでした。
Autorenweltのプロジェクトはもともと地元の出版業を生業にしていた私の母と、彼女の友人のアンゲリカ、そして作家界隈に友達の多いサンドラが中心となって始まりました。大型出版社が作家を搾取するような現在のモデルから、作家の生活をより持続可能なものにするために、何ができるのか。構想自体は2014年頃から始まり、2015年に正式に法人化しています。
この2014年から2016年は、Autorenweltはオンラインブックストアではなく、プラットフォームの形式を取っていました。作家がそれぞれ自身の学術論文や出版書籍、プロフィール、価格、受賞歴や奨学金等を掲載できるような。そのあとは自社でウェブサイトの開発等を進められるよう、プログラミングやプロジェクトマネジメントに大規模な投資を行い、さらにドイツ大手の出版卸業者Libriと提携することで、オンラインブックストア兼プラットフォームという現在の形を実現しました。
Libriが在庫管理、配送等を請け負うので、 スタート時は1,000冊程度に限られていたラインナップが、今は200万冊以上になっています。また、プラットフォームの登録作家数は2万5,000人以上に成長しました。
世界一「フェア」なオンライン書店の仕組み
Autorenweltへ登録を希望する作家は、本人確認等のプロセスを経て、自分の著作を登録することができます。その後正式に契約を結びますが、作家には通常の印税分(7%)に加えて、更に7%がAutorenweltから支払われます。つまり、本1冊毎の売上が2倍になるということです。
どのようにこのモデルを実現しているのか、気になる方もいらっしゃるかと思います。実は特別なことはしていなくて、第一にプロセスの効率化を重視していること。プログラミングも外部委託するのではなく、できるだけ内部で完結できるよう投資を行ってきました。また、私たちは株式会社という形式を取っていませんから、特定の株主に利益を還元する義務もありません。加えて第三に、オンラインのマーケティングは一切行っていません。Google広告やFacebookなどに支払う分の広告宣伝費も、この7%の余剰分に充てることが可能です。
作家にとっても、われわれのプラットフォームを通して著書を販売する方が利益になるので、周りの作家にも積極的に広めてくれるなど、Win-Win の関係を築いています。
利用者層はさまざまですが、25-40代の女性が多いようです。利用者のモチベーションもさまざまで、Amazonなどで買い物するのに疲れてサステナブルな代替プラットフォームを探している人や、著者を保護するという問題意識に共感をしてくれる人などもいます。
Autorenweltに登録していない著者の本が購入された場合は?
Autorenweltに登録していない著者、たとえばJ・K・ローリングなど(もし彼女が私たちのプラットフォームにリーチしてくれたら光栄なことですが)の本が購入された場合は、著者に払う分の7%が寄付に充当されます。
ドイツには大きな著作権保護団体があり、著者が出版社と契約を結ぶ際に不利な条件を強制されないことを目的に活動しています。2021年は約1万2,000ユーロ(日本円約160万円)が寄付されました。このように、間接的にも著者の保護に貢献しています。
このようなビジネスモデルで、一体どこで収益を得ているのか疑問に思った方もいらっしゃると思います。実際私たちの目的は大きな利益を得ることではなく、著者を守ることなので、事業として成り立つ最低限の利益を達成することを目下の目標としています。
送料や著作権料、サービス料、固定費等もろもろ差し引いたら私たちのマージンは8%から10%といったところですが、8人という少人数で事業を行っていることもあり、今のところは問題なく運営ができています。
Autorenweltの課題とは?
まだまだ小さく、成長途中の我々ですが、長期的成長を見据えて、意識している競合はいくつかあります。
一つは、もちろんAmazonのような巨大オンラインプラットフォーム。二つは、オンライン書店で年商5,000万ユーロから7,000万ユーロの企業。3つ目はオンラインブックストアで、私たちと似たようなコンセプトを持ち、年商500万円程度を達成しているところ。
それぞれ特徴はありますが、もし仮に私たちが年商5,000万ユーロを達成したら、そのうち3,500万ユーロが著者に支払われるので、とても大きなインパクトを期待することができます。この目標を達成するために、ソフトウェアの効率化、ユーザーがより使いやすくするためのインフラを整えること、データベースの刷新等、プログラミングの向上が大きく寄与します。
私たちの場合はまだそこが課題ですね。また、ドイツ国内でのビジネスがもう少し拡大したら、海外のマーケットにも進出したいと考えています。特に、本の価格規制がある日本なんかはいいかもしれません。価格規制のないイギリスや米国だと、力のある企業がダンピング(=不当に安い価格で商品を提供すること)ができるので競争するのが難しいからです。
Autorenweltが目指す未来
私個人の目的としては、Autorenweltのプラットフォームを使ってより健全な資本主義社会の形を模索したいと思っています。これまで多くのポスト資本主義的なプロジェクトが試行錯誤されてきましたが、既存の枠組みや規制との兼ね合い、環境や雇用等の観点からも、なかなか成功例が見いだせていないのが現状です。株主資本主義や、リスクと資本のアンバランス、利益追求等によって阻まれているからです。
しかし私たちはこのAutorenweltのプロジェクトを通して、よりインクルーシブな価値を実現し、特定の存在(著者)を搾取しないようなモデルの実例を目指しています。ですから、ゆっくりでも持続可能な形で、さまざまな作家とともに成長できたらと考えています。
日本の読者の皆さんに再考していただきたいと思うのは、本がそもそも作家によって作られた文化的作品であること。哲学、物語、童話など、すべては作家が生み出したアートです。もちろん、今日注文した本が明日届くことが大切なときもあるでしょう。でも、本当に明日必要なのか、作家のためにより良い選択肢は何か、自分の消費を通して何か良い影響をもたらすことができないか。ぜひそんなことに考えを巡らせていただけたらと思います。
また、先ほどお伝えしたように、日本の出版業界の仕組みは価格規制もあり親和性が高く、私たちの次のマーケットとして大きなポテンシャルを持っているので、もし協働に興味がある方がいらっしゃったらぜひコンタクトしていただきたいですね。
編集後記
30 歳のウィルヘルムさんは、自分がまさか母の小さな出版社を継続する形でAutorenweltに関わるようになるとは夢にも思わなかったという。
オンラインブックストア兼プラットフォームという形で、ポスト資本主義を体現しようとするAutorenweltの事業は、持続可能な経済が、非常に自由な形で実現できるということを示唆しているのではないだろうか。消費者として、日々の消費活動に少しの思いやりと時間をかけることで、作者との距離が縮まり、何気ない消費がずっと、優しいものになる気がした。
※1 公益社団法人 全国出版協会 出版科学研究所 – 日本の書店数
※2 インプレス総合研究所 – 電子書籍ビジネス調査報告書2021
【追記:2022/4/19】記事公開当時、文中で「年商500万ユーロ」とご紹介しておりましたが、正しくは「年商5,000万ユーロ」でした。訂正し、お詫び申し上げます。
【参照サイト】Autorenwelt