廃棄物を多く生み出している産業をご存じだろうか。環境省が発表した2018年のデータで、3位にランクインするのが「建設業」だ(※1)。建物は他の商品やサービスに比べて、使用されるスパンが長い。100年後の解体と再利用を考えて作られた建築は多いとは言えない状況だ。
解体・廃棄までの時間が特に短い建築としては、イベントや演劇などに用いられるブース・舞台・装置があげられる。その舞台に合わせた仕様で資源を加工するため、他の場面での再利用が難しくなり、結果的に使用された資材をそのまま廃棄してしまうというリニアなシステムが問題になっている。
そうしたイベント・エンタメ業界のリニアなシステムを、地元で解決できないか?──そうして立ち上がったのが、英国スコットランドに拠点を置く「Re-Set Scenery」だ。彼らは地元であるグラスゴーから、現在全英にコネクションを広げ、「循環するエンタメ」の普及を目指している。
Re-Set Sceneryが立ち上がった経緯や、彼らが循環する仕組みを形成する上で大切にしていることとは?創設者の一人であるサイモン・クック氏に話を聞いた。
話者プロフィール:サイモン・クック
Re-Set Scenery共同設立者。舞台技術者、大道具方、大工として、28年以上クリエイティブ・エンターテイメント業界に携わる。最近は、スコットランド王立音楽院の制作施設のワークショップマネージャーを務める。スコットランドの劇場やイベント部門にサービスを提供する舞台芸術製作者および製図者としても活動。
エンタメ業界から埋立地に運ばれるものを減らしたい
Re-Set Sceneryは、スコットランドのエンターテインメント業界を「循環」させることを目的に、それまでクリエイティブ産業に携わってきたサイモン・クック氏とマット・ドゥーラン氏によって2017年に設立された非営利団体だ。現在は3名のスタッフと共に運営されている。
エンターテイメント業界のリニアなシステムを打破する難しさについて、クック氏は以下のように語る。
「自分自身がかつてクリエイティブ業界にいたからこそわかることですが、企業の多くは、資源を管理する時間的リソースもないし、専属のスタッフも配属されていません。そして、『再利用するより捨てた方が安い』という経済的な理由もあり、『廃棄』という選択をすることが度々あります。エンタメ業界では『廃棄』を前提としたシステムが当たり前になってしまっている部分があるため、そのマインドを変えるのは非常に難しくなっています」
そうした業界での前提と常識に加え、イベントや舞台などの催事を循環させることに関してはさらに高いハードルがあるという。
「例えばイベントは『いつ開催するか』ということが決まってから、プロジェクトが走り出しますよね。そうした『締め切り』があることで、システムを循環型にするのがさらに難しくなります。なぜなら、プロジェクトに関わる全員が何事も『期限=終わり』から考えるマインドセットになるからです。期限に間に合わせるために、できるだけスピードの速い選択肢を取るようになります。そうすると、例えば素材を選ぶにしても『いかに早く壊し、処理することができるか』という観点が重視されるようになってしまいます」
また、企業同士のつながりが薄いことも、資源を循環させる上でのハードルになっているとクック氏は語る。いまどこで何が必要とされているかが可視化されないまま、資源がひたすら埋立地に運ばれているという現状があるのだ。
サービスはセットの貸し出し・再利用・CO2計測まで
そうした問題を解決すべく、Re-Set Sceneryはグラスゴーに倉庫を持ち、イベントや舞台で使うための装置を貸し出すサービスを始めた。企業や教育機関などに対して行う展開するサービスは下記のようなものだ。
舞台・イベント装置の販売と貸出
装置を一から製造するよりも、45%ほど安い価格で購入またはレンタルができる。現在すべての装置は倉庫に保管されており、利用できるものは、在庫ページからチェックすることが可能だ。
イベント後の会場の撤収補助
ツアーの最後の会場、サウンドステージや、店舗などで、使わなくなった装置を処理し、再利用できるものを回収する。
再利用のために、素材を分解
特定のアイテムがそれ以上使用されなくなった場合、それを分解し、材料を分離。可能な限り多くの「素材」を回収する。
次世代のアーティスト育成
小規模なコミュニティや学校のグループがRe-Set Sceneryの資源を最大限に活用できるよう、工具の使用、建設技術、舞台の基礎などに関するトレーニングを提供する。
イベントによって排出されるカーボンの計測
既存のセットがどれほどのCO2を排出しているかを計算。よりサステナブルな材料調達ができるように支援する。
これらのサービスのラインナップから、Re-Set Sceneryは単に自分たちの持っている装置を貸し出すだけではないことがわかる。教育事業によって次世代を担う人材を育てたり、カーボンを計測し、環境負荷を意識する機会をつくることで、根本的に業界の常識を変えようとしているのだ。クック氏は「実際にイベント後の現場を見に行って、状態の良いものは我々のほうで保管し、そうでないものはリサイクルできるようにしています。そして現時点で、約70%のごみを減らすことに成功しています」と話す。
本気で変化を起こしたいと思っている人に、幅広く手を差し伸べたい
そうしたRe-Set Sceneryの姿勢に魅力を感じ、サステナビリティの考え方に共感する人から声がかかることも多くなった。実際に声をかけてくる人々は、建設・まちづくり・コンテンツ制作などをする企業から、地元の劇場・学校まで幅広い。また新型コロナのパンデミックが、Re-Set Sceneryの事業の需要を高めることにつながったとクック氏は言う。
「パンデミックは私たちにとって大きな契機になりました。ロックダウンを経験して、『現在のシステムが本当に良いものなのか』を考える時間が誰しもに与えられたからです。そして、現状より少しでも良いことがしたいと思う人が増えた印象があります。」
そのように「社会や環境に良いことがしたい」と思っている人々に対して、Re-Set Sceneryはなるべく経済的なハードルを設けないようにしているという。それはなるべく多くの人にまずは循環型の仕組みを体験してもらいたいという想いから来るものだった。
「私たちが非営利団体であり続ける理由は、より多くの人にこの活動を知ってもらい、その一部になってもらうためです。せっかく人々がRe-Set Sceneryを訪れてくれても、『自分たちの資源からお金を稼いでいる人がいる』と感じてしまうと、その人々をサステナビリティから遠ざけてしまうことがあります。Re-Set Sceneryでは、そうしたことはしたくありませんでした」
「また『サステナブルな選択肢は高価ではない』ことを感じてもらうのも重要だと思っていました。Re-Set Sceneryでは、あらゆる装置を未使用のアイテムよりも約50-60%安い価格で提供できるように意識しています。つまり利用者には、環境負荷を減らせるというメリットの他に、私たちのサービスを利用する金銭的なインセンティブがあるのです。材料費を節約し、税金を節約し、労働時間も節約することで、利用者は他の芸術を生み出すために時間とお金をかけることができます」
「正直、現時点ではRe-Set Scenery側はかなりの労力と費用を要しています。システムが確立されるまでの数年間は、短期的にはコストが高くなる可能性がありますが、最終的には回収できると考えています。今後はごみを燃やし続けることはできませんし、それらを埋めるスペースがもうないため、『物を捨てるコスト』が上がることが考えられるからです」
全英の機関と連携し、DXを使った解決策を
Re-Set Sceneryの活動はスコットランドにとどまらない。2022年、サステナビリティのエンジニアリングを手掛ける企業・Buro HappoldとRe-Set Sceneryを含むエンタメ業界に関わる他の組織によって、Theatre Green Bookがリリースされた。これは劇場をはじめとする施設での持続可能ななプロダクション、建築、オペレーションの基準を定めたものだ。劇場がサステナブルに運営されるようになることに対しては、DXが鍵になるとクック氏は話す。
「業界を横断して取り組まなければならないのは、まずデジタルの技術を使って、すでにある資源をできるだけ可視化することです。何がどこにあるかが把握されていないと、それらを効率的に活用することができませんし、『探す』作業に膨大な手間と時間がかかってしまいます」
「また技術を駆使して、家具や装置を3Dで見られるようにすることにも力を入れています。例えば、ロンドンにある装置を使ってみたいと思ったとしても、その人がグラスゴーにいたとしたら長時間移動する必要があります。(※ロンドンとグラスゴーは、東京と青森に相当する距離。)3Dで見学をすることができればそうした移動にかかる環境負荷さえも削減でき、手間も省けるのです」
2022年6月にはロンドンのナショナルシアターにて、プロダクション産業をサステナブルにしようとする団体が集う「Making Theatre Green」の会議が開催された。いまやクック氏らのネットワークは全英に広がっていると言える。
サステナブルなイベント・エンタメを形成するために必要なこと
現在サステナブルなイベントなどを企画しようとするものの、Re-Set Sceneryのような組織が身の回りにないために、どうしたら良いのか悩んでいる人もいるかもしれない。クック氏は最後に下記のようなアドバイスをくれた。
「まずは時間をきっちり割き、使える資源を探すためのメンバーを確保すること、そして最終的に何を成し遂げたいのかをチームで十分に会話することが大切です。システムが構築されていない場合、自分の使える資源がどこにあるのかを探すのには時間がかかります。そして、それを探している間に本来の目的を見失うことがあります。そうしたことを防ぐために大切なのはやはり『会話』なのです」
「私たちは現在エディンバラで映画のミニシリーズ撮影を行っています。そのチームには、サステナビリティ責任者がいて、彼女が膨大な量の情報を持っています。そして彼女が最近、活動に協力してくれる小さな社会的企業を見つけたのです。その企業は、メンタルヘルスに障害を持った高齢の(引退した)男性たちが集まる企業で、そこに行くことで彼らが扱う木材などの材料を確保することができました」
「気づかないだけで、意外と地元にたくさんの資源が眠っているものです。重い資源を運ぶのは大変ですし、環境負荷もかかるので、できるだけ地元で確保できた方が良いですよね。そのためにはまずチーム内で時間を割くことが大切だと思います」
編集後記
スコットランドの地元で実際にイベントやエンタメの現場に携わる人々に寄り添いながら、そこで得られた知見を全国に広めていく──これはそう簡単な作業ではないはずだ。しかし、例えばグラスゴーの学生がRe-Set Sceneryが提供した機会のなかで循環型のイベントが可能であることを知り、数年後に彼らが企業でより大規模なイベントを実装するケースを考えると、より広い範囲の人々に選択を開くやり方は可能性に満ちたものに思われる。
クック氏がインタビューでも話していたように、実際に「締め切り」があるイベントを循環型にすることは非常に難しい。備品一つをサステナブルにするだけでも、リサーチの時間がかかり、通常のものを使用するよりも多くのオペレーションを考える必要があり、再利用する場合にはさらに多くの人を巻き込む必要があるからだ。そうした過程のすべてに携わっていると、あまりのコストの多さにめげそうになってしまう人も多いだろう。
だからこそ、困ったときに相談できるRe-Set Sceneryのような団体や彼らが持つネットワークがあるのは、業界の人々にとって心強いことだ。今後も、多くの英国企業・教育機関・エンタメ施設がその存在に励まされていくに違いない。
※1 産業廃棄物の排出及び処理状況等(平成30年度実績)について
【参照サイト】Reset Scenery
【参照サイト】Theatre Green Book
【参照サイト】Making Theatre Green
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