自宅から出る生ごみをコンポスト(堆肥化)し、その土で育った野菜を食べる。そうした食の循環を、都市にいながら農業生産者とともに共創できるプラットフォームがある。生産者と消費者がつながるCSA(地域支援型農業)とコンポストの概念を掛け合わせた新しい循環の仕組み「CSA LOOP」だ。
消費者は1年分の野菜の代金を前払いすることでユーザーとなり、受け渡し拠点となる地域のカフェやファーマーズマーケットなどで、定期的に農家から野菜を直接受け取る。消費者、農家、受け渡し拠点の三者でのコミュニティだ。野菜の受け渡しの際、自宅でコンポストをしている人は、コンポストの土を農家に渡すこともできる。さらに、農家とユーザーは畑での農業体験やオンラインのチャットなどのコミュニケーションで交流を深め、コミュニティの絆を育んでいく。
株式会社4Natureが2022年2月から開始した同サービスは、現在は表参道駅や学芸大学駅、荻窪駅など約15拠点で展開され、会員数は200名弱。今年度の目標としている1,000名へ向けて、会員数を伸ばしている。
サービスの開始直前、CSA LOOPの仕組みや、込められた思いについてインタビューを行った際には、食の循環をきっかけにして、地域にコミュニティを形成し、最終的には「社会寛容性」のある世界を実現したいと語ってくれた4Natureのお二人。
CSA LOOPの始動から約半年、果たして実際に食の循環、コミュニティ、そして社会寛容性は生まれているのか。今回は、CSA LOOPの東品川エリア拠点・NOG COFFEE ROASTERSにお邪魔し、Microbe -Natural Farmers-とユーザー間で行われた野菜の受け渡しの現場を取材すると同時に、担当者の宇都宮裕里さんに、CSA LOOPで生まれたと感じる価値や、参加者の声、そして現在直面している課題について、赤裸々にお話を伺った。
話者プロフィール:宇都宮裕里(うつのみや・ゆうり)
米国オレゴン州のポートランドに留学し、都市の循環や多様性を受け入れる寛容な社会を肌で感じる。プラスチックの代替品としてのヘンプ(大麻)の可能性を模索するなか、さとうきびストローなどを通して循環の街づくりを行う株式会社4Natureに出会い、入社。現在は1.2 mile community compostおよびCSAループの運営を担当。
消費者にとっては新たな扉を開くきっかけ、農家にとっては効果的な営農の助けに
現在のCSA LOOPのユーザーは、拠点によって傾向の差はあるものの、年代は30~50代、都心ではご夫婦が、郊外では3人以上の世帯が多いそうだ。安心できるおいしい野菜を近所で入手できることや、都市に住みながら農家と直接のつながりが持てること、生ごみを減らす目的で始めても都市部では使い道が少ないコンポストの土を有効活用できることに魅力を感じ、参加に至った方が多いという。
実際にCSA LOOPに参加してみた感想としては、受け取った野菜のおいしいレシピを農家の方に聞いたり、参加者同士で共有したりすることで新たな世界が開かれたという声や、野菜の受け取りの際に農家の方と会話することで、今まで知らなかった農家の苦労に触れることができ、価値観が変わったという声が特に多く寄せられている。もちろん、野菜のおいしさも好評だ。
宇都宮さん:「今まで嫌いだった人参を、子どもがバクバク食べて驚きました!」といった声がユーザーさんから農家さんに伝えられているのは、よく見る嬉しい光景です。また、そんなおいしい野菜を育てるための苦労──例えば、「今年の異常な暑さで、初めてインゲン豆が枯れてしまったんです」といった農家さんのリアルな声を聞くことで、日々の買い物の際の意識が変わったという声をユーザーさんから聞くこともありました。
農家側からは、事前支払いで年間の売上が見通せる点や、消費者とのコミュニケーションをコミュニティという形で集約し円滑化できる点が好評だという。従来のCSAでは、農家は消費者一人ひとりと個別にやり取りをする必要があり、コミュニケーションコストの高さが大きな課題の一つだった。CSA LOOPではその解決のため、農家とユーザー間でのやり取りに自社アプリとチャットツールのSlackを活用し、コミュニケーションの仕組み化と最適化を図っているそうだ。
地域の課題を、当事者が主体的に解決するコミュニティへ
ユーザーや農家からそうした声が寄せられる一方で、宇都宮さん自身は「生産者と消費者の間にコミュニケーションが生まれ、その間にある壁が取り払われていくこと」に、最も価値を感じているという。
昨今、生産者と消費者との距離が離れすぎているがゆえに、生産者の苦労や思惑を知らないまま、消費者が一方的に要望を押しつけてしまう場面も増えている。それに対しCSA LOOPは、生産者と消費者が直接つながることで、両者が相互に理解を深め、課題に対してお互いの納得解を生み出す場として機能しているのだ。
宇都宮さん:CSA LOOPの現場で実際に生まれたのが、野菜の包装に関する議論です。まずはユーザーの方から、プラスチックの包装をもっと減らせないだろうか、という投げかけがありました。一方で農家さん側にも、野菜の包装に関してはそれぞれの事情や考え方があります。一般的には、野菜の鮮度の維持や運搬のしやすさから、包装にはプラスチックが採用されやすいんです。
そうしたお互いの意見や事情は、お互いの距離が離れていると想像さえできません。それゆえ、なぜ環境に悪いのにプラ包装をするのか?という不満にも近い疑問も生まれてしまいます。
しかし対話ができるコミュニティがあれば、「葉物はプラで個包装しないとしなびてしまう」「根菜類は土つきのほうがいいけどどうしよう?」という農家側の事情を踏まえたうえで、「多少しなびてもいいから、プラではなく新聞紙の包装がいい」「包装の代わりになるものをユーザー側が持っていくのはどうか」といった両者の落としどころを見出せるんです。
コミュニティで疑問や課題が浮上した際、最初は宇都宮さんに連絡が寄せられることが多かったという。しかし、コミュニティ内で話し合うことを宇都宮さんが促すなかで、農家とユーザー、あるいはユーザー間で直接のやりとりが行われるようになってきた。
宇都宮さん:ユーザー、農家、拠点…CSA LOOPに関わるすべての皆さんに、「コミュニティの課題をコミュニティの中で議論して解決する」というプロセスに可能性を感じていただけたら嬉しいです。そしてゆくゆくは、CSA LOOPという枠組みに留まらず、それぞれの地域の課題に対して主体的にアクションを取れる、自律分散型のコミュニティが生まれていったらいいなと考えています。
抱えている課題は、地域ごとに様々です。例えば貧困問題と言われても港区ではピンとこないでしょうし、沿岸部以外に住む人にとっては、海洋プラスチックごみ問題は少し遠い問題に感じてしまいやすいはず。だからこそ、地域の課題は住民が自らの手で解決するのが一番なのですが、現状、特に都市部では、そうした地域ごとの自律分散型コミュニティが多くはありません。
そんな社会の仕組みこそが課題なんじゃないか?というのが、実はCSA LOOPの出発点でもあります。地域の課題を解決する自律分散型コミュニティを生成するプラットフォームとして、今後CSA LOOPが機能していけば嬉しいですね。
全員で課題に向き合い、全員にとって心地いいサービスをつくる
現在、コミュニティ運営を行うなかで直面している課題を宇都宮さんに聞いてみると、「正直、課題だらけです」と率直に答えてくれた。
宇都宮さん:今までになかったものを作っているので、課題だらけですね。しかし、だからこそやる価値があると思っています。例えば、「1年分の野菜の料金を前払いする」という購買スタイルはまだ一般的ではないので、CSA LOOPの輪をさらに広げていくためにも、消費者の考え方に選択肢を持たせられるような仕組みでありたいと、試行錯誤をしています。
ユーザーからも、サービスに対する意見は多数寄せられるそうだが、宇都宮さんはそれを大歓迎だと語る。CSA LOOPが目指すのは、主体的に課題を解決するコミュニティの形成だ。だからこそ、意見を踏まえて「じゃあどうすればいいだろう?」をみんなで検討していくのが、CSA LOOPの醍醐味なのだという。
宇都宮さん:農家さんとユーザーさんのコミュニケーションツールである自社アプリも、皆さんにフィードバックをもらっては改善し、の繰り返しです。全員で一緒にサービスを作り上げていく感覚ですね。
参加を検討する方から「運営側が農家に1年分の料金を一括で支払って、消費者側は月払いにできませんか?」という意見をいただいたこともあります。ユーザーとしてのお気持ちは分かるものの、消費者が年間の料金を前払いするというモデルはCSA LOOPが目指すリスクシェアのマインドや社会寛容性にも深く関わる大切な部分です。そうした背景を伝えたうえで、年間払いへのご理解をいただきたい、という対話をしたこともあります。
目指すのは、互いに支え合い認め合う「社会寛容性」の醸成
サービス運営のなかで生まれた課題は、運営側だけが解決に動いたり、リスクを背負いすぎたりするのではなく、サービスに関わる全員でリスクをシェアし、解決するスタンスを大切にする。それは、4Natureが目指す「社会寛容性」の実現にもつながっている。
宇都宮さん:私たちが目指しているのは、「社会寛容性」という価値観の醸成です。社会寛容性とは、先ほど挙げた野菜の個包装のケースのように、互いの意見や状況を踏まえたうえで、互いに歩み寄り、支え合い、認め合えること。
CSA LOOP自体の仕組みも、社会寛容性をベースにして設計されています。消費者にとっての便利さだけを追求するのではなく、関係者全員がお互いに無理しないでいられるような仕組みを目指しているんです。
社会寛容性が育まれた社会とは、リスクを誰かや何かに偏らせてしまうことのない社会だと言えるだろう。近年拡大を続ける格差も、私たち一人ひとりのなかに社会寛容性が育まれた先に、解消されていくのかもしれない。
編集後記
食の循環を切り口に、地域にコミュニティを形成する。コミュニティ内で寛容性が育まれるように、コミュニケーションをデザインする。そうすることで、寛容性のある、誰にとっても心地よい社会を実現する。一見野菜と堆肥の交換を行うだけに見えるCSA LOOPは、決してそれだけに留まらず、社会を変える大きな可能性を秘めたプラットフォームなのだと、今回の取材を経て実感した。
CSA LOOPで生まれたコミュニティがこれからどのように発展していくのか、そしてそのコミュニティが社会に対してどんなアクションを取っていくのか、これからも楽しみに見守っていきたい。
【参照サイト】 CSA LOOP 公式ページ
【参照サイト】 CSA LOOP Instagram
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