なぜ、戦争は起こるのか?
ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、およそ半年以上が経った。その間、難民として他の地域や国へと逃れた人は1,100万人以上(※1)。今も緊迫した状況は続いている。
だが、今回のウクライナ危機に限らず、アフガニスタンやシリア、イエメン、リビア、南スーダン……その他にも、人権侵害や紛争によって長く不安定な情勢が続いたり、内戦が長期化したりしている国々はたくさんある。
争いが起こるのは、最近に限った話ではない。今も昔も、この世界では「争い」が絶え間なく続いている。
なぜ人は争うのか。どうすれば争いはなくなるのか。そして、争いにより傷つく人を減らしていくために、私たちは何ができるのか──。
そんな問いの答えを探すべく、ある人たちを取材した。77年前に原爆が投下された広島から、平和の大切さを発信している「NPO法人Peace Culture Village(以下、PCV)」だ。主に20代、30代の若者たちが中心に活動する団体で、日本はもちろん、世界中の人たちに対して、さまざまな平和学習プログラムを提供している。
「広島に原爆が落とされた瞬間から、それまでの日常は失われ、一瞬にして人々の人生が変わってしまいました。それでも、広島の人たちは復讐ではなく、『平和』を選んだのです。だからこそ、私たちは『平和の循環』をつくりたいと思いました」
そう話すのは、PCVの立ち上げメンバーの一人であり、アメリカのボストンから2016年に広島に移住したメアリー・ポピオさん。メアリーさんは、こう続けた。
「ただ、平和という言葉から連想されるものは特に広島では人それぞれで、この言葉を定義するのは難しいです。平和という言葉が嫌いな人、平和アレルギーがある人もいます。だからこそ、PCVは平和を定義しようとせず、代わりにこの言葉を『道具』として使っているのです。『平和』という一つのテーマを通して、プログラム参加者の価値観や生きがい、世界をよくするビジョンなど、人々の深い部分に触れることを目指して活動しています」
混沌とした世界で、多くの人々が、先の見えない不安を抱えて今を生きている。そんな今、77年前に核の脅威を経験した広島の地に生きる人たちは、そして広島を訪れる人たちは、何を感じ、何を想うのだろう──。
今回編集部は、PCVが企画した小学生~高校生向けの研修ツアー「ピースキャンプ」に同行した。本記事では、ツアーのなかで印象的だった場面やPCVメンバーの想い、そして子どもたちと過ごすなかで垣間見えた、平和への「希望のかけら」をお届けしたい。
価値観に触れて出会う、ピースキャンプ
広島には、年間を通して多くの人が訪れる。特に、平和学習を目的に訪れる学生は多く、子どもたちは戦争の爪痕を残す平和記念公園や資料館などで広島や戦争の歴史を学ぶ。
だが、多くの場合、そうした平和学習は「学んで終わり」になってしまっている──PCVのメンバーであり、ピースキャンプの企画者の一人である南知仁(みなみ・とものり)さんは、そのように言う。そして、「そんな平和学習のあり方を変えたいんです」と続けた。
修学旅行生など、広島を訪れる人々への平和記念公園のガイドから、被爆者による講演、AIアプリやGoogle Earthなどのテクノロジーを使った学習ツールまで、多様なプログラムを通して、平和について考える機会を提供しているPCV。訪れる学生たちに、「自分たちにも何かできるかも」と感じてもらい、それぞれの好きな分野で積極的に「平和文化」をつくってもらいたい──そんな想いで活動している。
そこで、従来の平和学習のあり方を変えるべく、そして平和の循環をつくるべく企画されたのが、今回のピースキャンプ。2022年8月4日~6日の2泊3日で開催されたこのツアーには、愛知県名古屋市の英語学校「クレイン英学校」の生徒20名が参加した。
テーマは、「生徒たち一人ひとりの“変容”」。その特徴は、戦争や広島のことを学ぶインプットの時間に加えて、自分自身の考えと向き合う「自己探求の時間」や、一緒に参加する仲間、そして広島で活動する人たちの「価値観」に触れる時間があることだ。
ツアー初日は、資料館の見学や平和記念公園のガイドを通して戦争の歴史を学んだあと、「価値観ワーク」というワークショップが行われた。「100年後の世界は平和ですか?」という問いをもとに、100年後にどんな世界に生きたいか、生徒たちが自分と向き合いながら考える時間だ。
「自分にとっての平和」を考えるためには、まず、一人ひとりが、155個のキーワードが書かれたリストの中から、大切にしたい価値観を10個選ぶ。それから5個、最終的には3個にまで絞り、その後グループでシェアし合う。そして、出し合ったキーワードがある世界の実現のために必要なことをみんなで考えていく。
これは、自分が心の中で大事にしたいと考えている「潜在価値」に一人ひとりが気付くための作業だという。
「平凡な日常」こそが平和であり、幸せ
そんなふうに、自分や仲間の価値観や考えに触れた翌日は、地域の資源や自分の強みを生かしながら、広島を盛り上げている人たちと出会う日。単に話を聴くだけでも体験するだけでもなく、山奥の川でのアクティビティや牧場でのチーズ作りといった体験を入り口に、広島で活動する人たちの価値観や想いに触れる。
ツアープログラムのなかに、こうした「自分や周りの人の価値観に触れる体験」を盛り込む理由について、南さんはこう話す。
「人生に影響を与えるのは、人と旅と本だと聞いたことがあって。たしかに、自分自身が変わった瞬間を思い返すと、誰かとの出会いのタイミングだったんです。そんなきっかけを提供できたらいいなと思い、『人に出会える旅』をつくりました」
しかし、人との出会いが刺激になるとしても、単に人に出会うだけでは気付かないことも多い。そのときに大事なのが、「自分の価値観を知ること」だと南さんは続ける。
「今回のツアー初日のワークショップのように、一人ひとりが自分の価値観を考える時間を大事にしています。それは、まずは自分の『価値観』やその意味をなんとなく分かったうえで他の人の価値観に触れることで、より心が動いたり、誰かの想いを自分自身とつなげられたりすると考えているからです」
そんなピースキャンプの最終日、8月6日の朝は、参加者とPCVメンバーみんなで平和記念公園で黙とうを捧げた。それから、最後に3日間の締めくくりとして行われた振り返りでは、「自分にとっての平和とは?」という初日と同じ質問を改めてそれぞれが自分自身に問いかけ、その答えを一つずつ出してもらう。
その時間、子どもたちは皆、思い思いの言葉を綴っていた。笑顔、自由、家族……そのなかで印象的だったのが、何人かの子どもたちが書いていた「へいぼんなくらし」「平凡な日常」という言葉だ。一瞬にして「当たり前の日常」がなくなり、変わり果ててしまった広島の地で、「平凡な日常こそが平和であり、幸せである」ことを感じたのかもしれない。
たった3日間のプログラム。それでも、子どもたちのなかには、大事にしたいことや考えが少し変わったという子もいた。高校2年生のある子は、「これからは、みんなを笑顔にするために、よく笑うことを意識したい」「平和記念公園でデモをしている人たちを見て、たとえ人と違う意見であっても、自分の考えを発言することの大事さに気付いた」と、旅の感想を話してくれた。
広島の歴史を考えることから。「いつかきっと花開く」と願って
それぞれの心の中にある素直な想いや、他の人たちの想いに触れたこと、そして原爆の日を広島で過ごしたことは、上辺だけでなく、一人ひとりの価値観を根幹から揺さぶる経験になったように思われた。
そんな、自分や周りと向き合うことで、平和への一歩を踏み出すための「新たな平和学習」。中心となってツアーの企画を進めてきたPCVの坂光夏海(さかみつ・なつみ)さんに、その想いを尋ねてみた。
「広島の歴史を通じて平和を考えることって、実は一つの“ツール”でしかないなと思っています。きっと修学旅行にくる学生たちのほとんどが、広島を選んだというよりも、修学旅行だから広島に来る、そこで平和学習をするといった感覚だと思うんです。そんな生徒さんたちにとっては、最初で最後の平和学習になるかもしれない。だからこそ精一杯ヒロシマのことを伝えるし、彼らにとって今後の人生が変わるきっかけが一瞬でも作れたらいいな、と思っています」
「私たちPCVは、生徒たちに学んでもらうという感覚はなくて、一緒に学ばせてもらっていて、いつも子どもたちから刺激を受けています。本当の共創って、一緒につくっていくことだと思うので。伝えていくとか教えるというよりも、何でも一緒に楽しんで、『幸せだね、美味しいね』といった気持ちを共有したり、相手の価値観を否定せずに受け入れたり……『ありのままでいいよ』ということを感じてもらえる環境をつくりたいと思って活動していますね」
「ツアーに参加したから、すぐに劇的に何かが変わることって少数だと思うんです。だけど、子どもたちの芽はいつ出るか分かりません。今この瞬間に何も持ちかえっていないように思えても、一人ひとりがどこかのタイミングで人生を振り返るとき、広島での経験や平和学習を通じて考えたことや感じたことは、きっと何かのヒント、いつか花開くときの“タネ”になる──そう信じています」
また、今回のツアーの約1年前からPCVと一緒に企画をしてきたクレイン英学校の原田貴之(はらだ・たかゆき)先生にも、今回のツアーへの想いを伺った。
「僕は広島で生まれましたが、小学生の時にあった学校の平和教育は『怖い』イメージが強くて嫌だったんです。それから中学で大阪に引っ越してからは関西の方が好きでしたし、広島への想いはそんなになくて。ただ、オーストラリアの大学院に通っていた28歳のとき、あまりにも戦争のこと、原爆のことが現地の人や海外の留学生たちに知られていないと気付いて、『伝えないと』と思いました」
「その後、日本で教師として働いているなかで、2019年にアメリカを視察する機会がありました。そのときに偶然訪れた現地のスミソニアン博物館では、原爆を落とした爆撃機が展示されており、そこには「最後の一撃」という言葉が書かれていました。想像はしていたものの、原爆の悲惨さが強調されている日本と、原爆で世界を救ったというアメリカで、全く別の伝え方をしているのを目の当たりにして、改めて驚いたんです」
「それから教員をやめて独立するタイミングで、何をやりたいんだろうと考えたときに出てきたのが、『平和』というキーワードでした。英語を勉強して海外に行き、視点の違う人たちと出会うこと。そこで違いを認識して、行動できる人を増やしたい──そんな想いで、『クレイン(英語で鶴の意味)』という名前の英語学校を立ち上げることにしました」
そんな原田先生の想いから今回のピースキャンプも企画された。
「どれほど教科書で勉強したとしても、1日の体験の方がインパクトがある。100話すより1行動した方がいいと思っています。平和な世界にしよう、戦争をなくそう。と言葉だけで伝えてもなかなか伝わらない。小学生から高校生の生徒たちに、どうやって平和を考えるきっかけをつくれるか……?そう考えて、『体験』を軸にしたツアーの構想を思い付いたんです」
「どうしても避けたかったのは、自分が小学生のときに感じたような、悲惨さだけを伝えること。もちろん、それも知らないといけないけれど、知ったうえで、“旅が終わった後に少しだけ心が温かくなるようなキャンプ”にしたいと思ったんです。そのために、去年の8月6日に広島を訪れてから1年かけて、プログラムの内容をPCVさんと一緒に考えてきました」
「平和のハードル」を下げること
PCVメンバーや原田先生の平和への想い。それは、未来を担う子どもたちにきっと届いたはずだ。最後に、「平和」について思うことをPCVの坂光さんに伺った。
「私は広島出身ですが、もともと平和というキーワードに強い想いがあったわけではなく、コロナ禍になって地元に戻ってきたときに、『なんとなく地域に貢献したい』と思い、PCVにかかわるようになりました。平和って色々な角度から見ることができると思っていて。広島の歴史はもちろん、スポーツ、ファッション、音楽、メイクなど、身近なところにも平和を考えるタネがあります。そうした『平和への入口』を広げることが私の役割だと思っています」
「また、『出口』としても、それぞれの平和を自由に表現し体現できたら、それは平和な世界じゃないかなと思うんです。平和って本当に私たちの近くにあるものなんです」
平和学習という言葉を聞いたり、学校などで実際に体験したりしたことがあったとしても、どこか「意識高いもの」というイメージを持つ人もいるかもしれない。しかし、本当は、平和はもっと身近なもの。だからこそ、平和への入り口や出口を広げることで、「平和のハードルを下げたい」と、坂光さんは話していた。
では、平和な世界をつくっていくため、私たち一人ひとりに何ができるだろう?
「日常生活における“ちょっとした優しさ”からも、平和を考えることができると思っていて。今回のツアーのワークショップでやったように、自分以外の『誰か』にとっての平和や、そう考える背景を知り、相手の立場に立ってみることができれば、世界はほんの少し平和に近づく気がします。もちろん戦争はあってはならないこと。ですが、一概に『戦争はだめ』と言うだけではなく、自分と対極にいる人の想いを想像してみることも大切かもしれないと思うんです」
「私は、平和って日常から変わっていくんじゃないかと思っていて。日常の積み重ねが平和につながる。だからこそ、少しでも多くの人たちが、日々の生活のなかで『平和だな』『幸せだな』と感じられる瞬間が増えたら──それがきっと、世界の平和につながっていくんじゃないかなと思うんです」
編集後記
「これはアメリカ人とか日本人の問題ではなく、人類の問題だ」
メアリーさんと一緒にPCVを立ち上げた、代表のスティーブン・リーパーさんが言った言葉だそうだ。「人類」というと、なんだか大げさな言い方な気もするが、スティーブンさんの言葉通り、「平和」は国籍や年齢、性別といった立場や置かれた状況によらない、すべての人にとって大切なものであることは間違いないだろう。
そんな平和とは、一体何なのか?
この記事で何度も問いかけてきたこの問いに、即答できる人はおそらくそう多くないだろう。だけど、その答えのない問いに対して、自分なりの答えを探してみること──それが、平和への一歩かもしれないと思う。そして、自分なりの答えを見つけるために必要なのが、自分にとって大切なものを考える、つまり「自分のことを知る」ことではないだろうか。
平和と聞くと、何かとてつもなく大きなもののように感じる。しかし、すべての人にとって大切なそれは、本当はもっと個人的で、身近なところから生まれるのかもしれない。
「平和のためにどんなアクションがあるかと聞かれたら難しいけれど、隣の人に優しくするとか、大切な人にありがとうと伝えるとかもそうだと思うんですよね」と坂光さんは言った。
すれ違った人にちょっと微笑んでみたり、いつも近くにいる人に「ありがとう」と言ってみたり。そんなちょっとした行動が、きっと平和につながっている。その小さな一歩から、平和が循環していくと信じて……一緒に歩きだしてみよう。
※1 国連UNHCR協会より
【参照サイト】NPO法人 Peace Culture Village