日本一高価な石と言われ、別名「花崗岩のダイヤモンド」との異名を持つ「庵治(あじ)石」をご存じだろうか。香川県高松市の北東部に位置する庵治町・牟礼(むれ)町を産地とする庵治石は、古くは石清水八幡宮の再建に、現在でも首相官邸など様々な場所に使われている。
その素晴らしさに魅了された20世紀を代表する彫刻家、イサム・ノグチは1969年から牟礼町に住居とアトリエを構え、以来20年以上にわたってニューヨークと行き来する生活を続けながら制作活動に励んだ。
そんな庵治石の産地に、2022年11月にサーキュラーエコノミー(循環経済)をテーマとするライフスタイル発信・創造拠点が誕生した。それが、庵治町の老舗繊維商社・メーカーの中商事株式会社がオープンした「AJI CIRCULAR PARK(アジサーキュラーパーク)」だ。
AJI CIRCULAR PARKのコンセプトは、「つどう、つながる、めぐる。」。地産地消とロス削減をテーマとするカフェ、地元・瀬戸内産のプロダクトや国内外から厳選されたサステナブル・プロダクトを購入できるライフスタイルショップ、衣類や雑貨などの製造過程で出てくる余剰資材やハギレの販売、0円古着交換など、地域に根ざした循環型の暮らしを楽しむための様々な出会いが生まれる場所になっている。
また、週末には廃材を活用したアートワークショップなども開催されており、購入だけではなく体験を通じて地域の人とつながり、結果として地域資源がめぐり合う仕掛けが用意されている。「PARK(パーク)」の名のつく通り、子どもも楽しめる空間となっているのが特徴だ。
今回IDEAS FOR GOOD編集部では、AJI CIRCULAR PARKをオープンした中商事株式会社の代表・中貴史さんに、拠点開設の背景や思い、今後の展開についてお話を伺ってきた。
きっかけは瀬戸内海のマイクロプラスチック
AJI CIRCULAR PARKを運営する中商事は、今年で創業100周年となる庵治の老舗企業だ。大正12年(1923年)に木田郡庵治町にて呉服小売業として創業、昭和26年(1951年)に株式会社中商店が設立。現在の中商事・代表の中貴史さんは、祖父から会社を引き継ぐ3代目となる。
中さんは東京の大学を卒業後、4年間大阪の繊維商社に勤めた後に中商事に戻り、平成26年(2014年)に代表に就任した。プライベートでは釣り好きな2児の父親でもある。
設立時から展開している繊維問屋の事業に加え、自社ニット製品の企画・製造・小売も手がける中商事は、兼ねてから国内生産と天然素材にこだわりオーガニックコットンを軸とするファッションブランド「nofl」の展開や再生可能エネルギーの導入など、サステナビリティに取り組んできた。
そんな中さんは、なぜ「サーキュラーエコノミー」というテーマに興味を持ち、AJI CIRCULAR PARKの開業に至ったのだろうか。
中さん「環境問題に興味を持ったきっかけは、マイクロプラスチックの問題です。瀬戸内海が身近にある環境で育ったこともあり、海ごみの問題が自然と気になり始め、ボランティアで海の調査に何度か参加したのですが、その中でマイクロプラスチックや廃棄物の現状を知りました。ボランティアには子どもも一緒に参加していたのですが、景色も綺麗で自然も豊かな瀬戸内海の素晴らしさを子どもたちにどうすればつないでいけるかをずっと考えていました」
「また、アパレル業界でもサステナビリティが世界的な流れとなるなかで、アパレルが石油業界に次いで環境に負荷が高い業界だという話も耳にしました。そこで、自社としても何かをしなければいけないと思い、社内で世界のサステナビリティについて学ぶワークショップなどを行っていたのですが、その中で初めて『サーキュラーエコノミー』という言葉を知り、関心を持つようになりました」
モノも情報も溢れる時代に、何を「つなぐ」のか?
瀬戸内海のマイクロプラスチックごみの現状を知り、自社としての取り組みを模索する中でサーキュラーエコノミーの概念に出会った中さんは、なぜこれまでのような商社やモノづくりではなく、AJI CIRCULAR PARKのような場づくりを始めるという発想に至ったのだろうか。
中さん「もともと中商事の始まりは問屋なのですが、モノが不足している時代にはいかに商社が間に入り、モノや情報を効率よく流していけるかが地域の繁栄において重要であり、それが私たちの仕事でもありました。しかし、モノが余り、情報も簡単に手に入るようになってくると、今まで私たちがやってきた問屋としての役割はあまり意味がなくなり、私が会社を引き継いだときは業績も厳しい状態でした」
「その後、次の成長を考えるなかで、中商事はこれまでも何かを『つなぐ』ことで世の中を良くしてきたのだから、そうした先々代である祖父の時代からの会社としての役割や価値を引き継いでいきたいという思いがありました。ただ、昔はモノや情報をつないできたのですが、今はつなぐものが変わってきたのかなと思います。ある意味、今やろうとしていることは、地域を成長させ、地域をよりよくするために中商事が昔からやってきたことを、形を変えてやろうとしているだけなのかもしれません」
拡大と成長を追求し続けた結果、モノも情報も、そしてゴミも溢れてしまった現代。私たちは、便利さと引き換えに多くのものを失った。それは、リアルな空間や時間の共有を通じてしか得られない人と人とのつながりや、生産者と消費者のつながり、そうしたつながりの中で大切に守られてきた地域文化や自然環境だ。
AJI CIRCULAR PARKは、モノが溢れた反動として大量に発生したゴミや地域に眠る未利用資源、古着の交換会やワークショップといった体験を媒介とし、人と人や生産者と消費者、人間と自然など、いつの間にか分断されてしまった様々なつながりを取り戻そうとしている。
中さん「循環は、一人や一社で実現できるものではありません。つながる場所が必要です。また、子どもたちにこの美しい瀬戸内海を残していくためには、直線型の経済ではなく循環する経済の仕組みを作らなければいけません。だからこそ、AJI CIRCULAR PARKをつくったのです」
実際に、地域の中で資源を循環させようと思えば人と人とのつながりは欠かせない。違うモノサシや好みを持つ人同士が集まれば、誰かのゴミが誰かの資源として価値を見出される可能性も高まっていく。そして、そうした経験が人々に新たな創造性を呼び起こし、さらなる循環のエンジンとなっていく。よりよい社会や地域を創っていく上で今足りていないのは、こうしたつながりなのだ。
子どもも大人も楽しめる場所に
AJI CIRCULR PARKのコンセプトは、「つどう、つながる、めぐる。」だ。「循環」をテーマに据え、人が集まり、つながり、結果として様々なモノがめぐっていく場づくりを目指している。
カフェでは美味しいコーヒーや地元産の素材を使ったベーグルが楽しめ、ショップではLocal、Recycle、Reduce、Reuse、Universal、Naturalという6つのテーマをもとに選定された、地元・瀬戸内産のプロダクトや国内外のサステナブル・プロダクト、書籍、古着やサステナビリティに配慮されたアパレルブランドの商品が購入できる。
衣服エリアには衣服の回収コーナーや無料の古着交換コーナー、地域の人から集めたリユース品を買えるメルカリのリアル版のような棚もあり、シェアリングからリユース、リサイクルまでそれぞれのスタイルでサーキュラーエコノミーに参画できる仕組みになっている。古着と新品の衣服が一緒に陳列されている点も興味深い。
ショップを訪れて一際目を引くのが、庵治石の魅力を伝える「AJI PROJECT」を展開する庵治石職人の二宮力さんが手がけた庵治石のスツールだ。また、中商事のニット工場や県内のモノづくり企業の製造過程から出る端材や廃棄資材の販売も行っており、プロダクトをただ買うだけではなく廃棄物を使って何かを作りたいというクリエイターの感性も刺激する。
さらに、AJI CIRCULAR PARKでは陳列棚や試着ルームなどの什器類にもサーキュラーデザインの原則が適用されている。未活用だった倉庫の構造材を再利用しており、解体後は再び元の用途として利用できるようになっている。空間を取り囲んでいるのも不要となった木材パレットだ。
中さん「公園のようにいろんな人がそれぞれの目的で集まってきて、各々が好きなことをしている感じがとても良いなと思い、『パーク』と名付けました。また、マルシェでは生産者と消費者をつなぐ場所を作りたいなと思っています。食もそうですし、瀬戸内にたくさんあるモノづくりの会社と消費者がつながることで、何か違う関係が生まれるのではないかと。ワークショップでは、純粋に楽しんでもらえる企画でありながら、実は廃棄生地を使っているなど、循環や環境に興味を持つきっかけとなるものをやりたいですね」
IDEAS FOR GOOD編集部が訪れた日は、キメコミアート作家イワミズアサコさんによる廃棄・余剰資材を活用したアートワークショップが開催されていた。たくさんの子どもたちや大人が夢中になって参加しているのが印象的だった。このワークショップの参加券は、いらなくなった古着を持ち込むことだ。お金ではなく資源循環への協力を参加チケットとする点もユニークだ。
中さん「名前には『CIRCULAR(サーキュラー)』と入っていますが、サステナブルやエコが好きな方だけをターゲットにするのではなく、そうしたことを知らなくても楽しい、面白いと感じていただける場所を意識して作っているので、気軽に家族などで遊びに来てほしいなと思いますね」
食べたい人、買いたい人、作りたい人、つながりたい人。循環型ライフスタイルへの興味の有無に関わらず、それぞれが思い思いに時間を過ごし、楽しめるのがAJI CIRCULAR PARKの魅力なのだ。
半島や島は、効率の外にある。だからこそ、やる意味がある
中さんが庵治という場所で「サーキュラーエコノミー」をコンセプトとする拠点を始めた裏には、もう一つの思いもある。
高松市から突き出た半島部にある庵治町から瀬戸内海を挟んですぐ左上には、かつて90年にもわたる国策の中で強制隔離されたハンセン病患者を受け入れてきた大島、さらにその上には日本最大級の産廃不法投棄事件の現場となった豊島(てしま)がある。こうした歴史を背負う場所だからこそ、サーキュラーエコノミーへの移行を発信する意義があるというのだ。
中さん「庵治町は半島ですし、大島も豊島もそうなのですが、半島や島という場所は常に『効率』からはみ出る場所であり、結局はそうした場所に『効率』の負の部分が持ち込まれるのです。だからこそ、この庵治で循環をやる意味があるのかなと思います」
効率的なシステムを作ろうとすると、型に合わない人や処理が大変な廃棄物などはシステムの外に弾かれる。そうした負の外部性を背負って来たのが、半島や島の歴史なのだ。一方で、そうした負を「外部」に押し付けきれなくなり、それらが気候変動や格差といった様々な問題として表面化する中で、外部性を内部化する新たなシステムとしてのサーキュラーエコノミーが求められているのが現代だ。
そう考えると、新たな循環型経済・社会システムへの移行を目指して庵治町に誕生したAJI CIRCULAR PARKというスポットは、歴史の転換を象徴する場所としても大きな意味を持つ。
中さん「効率に外れたところにあるからこそ、現代の流れにはない空気や生き方が残っているのかなという気もしています。効率を考えれば、庵治の集落で暮らすよりも街中に出たほうが絶対に便利です。コンビニも一つしかなくて、食事するところもほとんどない。それでもみんな庵治で暮らしているということは、効率や資本主義の流れではないところに身を置きたいのかなという気もしますし、そちらのほうが心地よいのかなと。資本主義から少し外れたところに、本来の人間の営みに戻れる場所や空気、感覚があり、その一つが庵治なのではないかなと思います」
「また、大島も豊島も本当に綺麗で、そういう場所ほど美しいのです。そうした場所が『負』を背負うのは何でなんだろうと思います。美しいものは経済の真ん中から外れたところに存在しているのかなと思いますね」
地域の循環を突き詰めると、地域らしさが出てくる
中商事が設立以来取り組んできた「つなぐ」という価値を現代の時代・社会背景に合わせて再定義し、循環を通じて地域を盛り上げ、よりよくするという新たなビジョンともに始まったAJI CIRCULAR PARK。中さんは、この場所を通じてこれからどんな未来を作っていきたいのだろうか。
中さん「昔からそうなのですが、自分で何か大きいことをしたいとか、名を残したいとかはなくて。自分で終わりではなく、次のバトンをつないでいけるような役割をできたらなと。この地域がいつまでも豊かであってほしいですし、子どもたちや次の世代まで美しい瀬戸内をつなげていってほしいなと」
「ただ一つ、こんな世の中だったら面白いなと思うのは、それぞれの地域に個性がある世界です。AJI CIRCULAR PARKには『地域内循環』という考え方があります。循環させるのであればできる限り近いほうが良いという意味なのですが、地域にはその地域ならではの資源があるので、地域での循環を突き詰めていくと、自然とその地域らしさが出てくるのかなと思います。私は旅行も好きでいろんな地域に行くのですが、やはりその地域独自の文化に触れ合うのはとても楽しいですし、日本がその集合体になっていくというのはよい未来だなと思いますね」
何かを「成す」というよりも、次世代に瀬戸内の豊かさを「つなぐ」役割を果たしたい。地域における循環を突き詰めていくことで、自然と地域の個性が生まれ、土地土地の文化や食といった個性を楽しめるようになる。中さんが描くサーキュラーエコノミーの未来はとても地に足が着いており、常にその中心に地域と子どもたちの存在がある。
「伝える」のではなく「一緒に考える」場所に
理想とする未来の実現に向けて、これからAJI CIRCULAR PARKではどんな人とどんなことに取り組んで行きたいのだろうか。最後に中さんに聞いてみた。
中さん「モノを作っている企業がサーキュラーに取り組むというのは、製造の否定まではいかないにせよ、それに近い感覚があり、私たちもジレンマを抱えながらやっています。製造業は新しいモノをつくることで収益を上げるという仕組みで動いている部分もあるので、もうモノが溢れているからこれ以上作らなくてよいとなると、従業員の生活もある中で、事業自体の在り方が問われてくるなと」
「正解もないと思いますし、会社も自分自身も本当にサーキュラーな取り組みができているかと言えば、まだまだできていない部分もあります。だからこそ、こちらが『伝える』というよりも、どのように行動すればつながり、めぐっていけるのかを一緒に考えていける場所にしたいので、何か日本中でもそうした取り組みをしている方とはぜひつながりたいですね。ご連絡をお待ちしています」
取材後記
取材を通じて一貫して感じたのは、自分自身が何か大きなことを成すというよりも、事業を通じて大切な地元を盛り上げたい、未来の子どもたちのために豊かな自然を残したい、という中さんの誠実さと純粋な想いだ。
そんな中さんが製造業のジレンマやサーキュラーエコノミーという正解のない問いと真正面に向き合いながら作り上げた「AJI CIRCULAR PARK」には、地域に根ざした循環型の経済社会システムを創造する余白と可能性に満ちている。
AJI CIRCULAR PARKを拠点に、個人や企業として何か地域循環に向けたプロジェクトやワークショップを実験してみたい方。庵治とは全く別の地域に住んでいるけれども、循環型のプロダクトやサービス、拠点運営者として悩みや課題を共有し合いながら、ローカルから始まる新しい未来を一緒に模索したい方。まずは家族や友人、一人でもふらりと遊びにきて、おいしいベーグルを食べたり、ショッピングを楽しんだりするだけでもよいだろう。
少しでも興味を持った方は、ぜひ庵治石の産地、庵治町の街並みを味わいながら、この新しい公園を訪れてみてほしい。どんな人でもきっと新たな発見や出会いがあるはずだ。
【参照サイト】AJI CIRCULAR PARK(アジサーキュラーパーク)
【参照サイト】中商事株式会社
【参照記事】環境とアートと地方創生。瀬戸内の島々で学んだ、私たちが日常で見えていなかったものーE4Gレポート