環境負荷を下げ、社会を公平にするデジタル通貨とは?英テック「Nano」が開く、新たな金融の可能性

Browse By

暗号資産などの「デジタル通貨」に対して苦手意識を持つ人もいるのではないだろうか。無形の価値がさまざまな操作によって生み出されたり変動したり……周りに暗号資産に投資をしている人がいたとしても、自分で挑戦するには怖いということもあるだろう。

そうした親しみづらさから、デジタル通貨を使うのは世界人口の4.2%しかいないという。デジタル通貨は運用に必要なリテラシーを持つ限られた人たちの間で、主に利益を出す目的で利用されているのが現状だ。

そんな中で誕生したのが、金融インフラ格差を埋める、サステナブルなデジタル通貨・Nano(ナノ)だ。Nanoは従来の暗号通貨の難点を改善しながら、親しみやすく、安全で環境負荷の少ないデジタル通貨を生み出したことで、現在イギリスで注目を集めている。そんな彼らの活動の背景を探るべく、今回はNanoの共同代表・George Coxon(ジョージ・コクソン)氏に話を伺った。

潜在能力を十分に活かせておらず、環境負荷も大きい?デジタル通貨の現状

実は、世界共通の価値を持つデジタル通貨は、不公平な権威集中を公平なシステムに変える可能性を持っているとジョージさんは語る。それは取引の参加者が自律的に取引履歴を記録できることで、システムの中央管理者が必要ないという特徴を持つからだ。しかし、現状のデジタル通貨の使われ方を見ると、本来デジタル通貨が持つ機能や潜在能力を十分に活かせていないことがわかる。

さらにビットコインをはじめとしたデジタル通貨の環境負荷は実はとても大きい。特に「マイニング」という通貨の新規発行と取引の承認に不可欠な、複雑な計算式を解く作業の電力使用量は非常に多いことで知られる。一度の取引にかかるエネルギーは日本の一般的な2・3人世帯の6ヶ月分相当(約2,200キロワット)にもなるという。

気候変動が大きな課題である今、環境負荷の大きさに疑問を抱く声があがりつつある。そんな中、非営利団体・Nanoはデジタル通貨の本来の目的に立ち返り、従来の問題を解決した通貨「Nano」を作り上げたのだという。

世界一サステナブルで効率の良いデジタル通貨の仕組み

「Nanoは世界で最もサステナブルで効率良く送金ができるシステムを作りました。Wi-Fiとスマートフォンさえあれば、誰でも元本100%の金額を送ることが出来ます」と話すジョージさん。

例えば、国が価値を保証する円やドルなどの通貨を取引する際、その取引を担う銀行が最大20%ほど仲介手数料を受け取る。つまり、80%の金額が取引参加者である私たちの手元に届くシステムだ。

それに対し、世界中どこでも共通の価値を持つデジタル通貨を利用する場合、取引の参加者が自律的に取引履歴を記録することでシステムの中央管理者が必要ない。この場合、論理的には100%の金額を取引参加者が受け取れることになる。

しかし、現在多くのデジタル通貨の取引に必要となる「マイニング」は、その参加者すべての人が行えるような簡単な作業ではなく、結果的に不公平を生んでしまっている。また、その取引偽造を防ぐための「プルーフ・オブ・ワーク」のアルゴリズムは、ジョージさんいわく無駄が多いという。

そこで、Nanoは通貨取引の承認を、参加者自身が専門的な技術を持っていなくても参加できる「ORV(Open Representative Voting)」システムにすることで、利権の集中から生まれるさまざまな格差や親しみづらさを取り除いた。

実はこのORVは古くから存在します。その公平なデザインを取り入れるだけでなく、スピードや電力消費などの効率が最大限に良い取引が可能になるよう、Nano独自のシステムを作りました」

Nano

Image via Nano

人々の経済的自由を奪わないための技術

そもそも従来のマイニングは「ハッシュ関数」という関数を使い、複雑な計算から答えを導く、非常に難易度の高いものである。ブロックチェーン技術を活かし、非中央集権型の仕組みを保つ反面、取引記録が増えると計算速度が遅くなり、効率が悪くなるという側面も持ち合わせている。そのため、一度の取引が行われるには平均1〜1.5時間ほどかかると言われている。

「マイニングは高度な専門的知識を要するシステムで、すべての人の手に届きにくいものです。Nanoでは、ビットコインなど多くの暗号通貨が基礎として使用するブロックチェーンや『プルーフ・オブ・ワーク』という共通規格を使わず、自らデザインした『ブロック・ラティス』規格を使い、マイニングをせずに即時に取引ができるので、1回の取引エネルギー消費量を0.000111キロワットまで抑えることができるほか、一度の取引をわずか0.2秒で完結することが出来ます」

こうしてNanoはただ環境負荷を抑えただけでなく、本来のデジタル通貨の意味を問い直し、公平に「経済的自由を奪うことなく」取引が出来るシステムを作り上げた。

「私たちが当たり前のように使い、生活する上で欠かせない銀行口座や金融管理に必要なインフラ。実は世界中で銀行口座を持っていない人は14億人もいます。そこで、例えば海外で働いている人が自国へ送金する際にNanoを使えば、稼いだ金額の100%を届けることが出来るのです」

Nanoが非営利団体である理由と、これから

そんなインクルーシブな技術を生み出したNanoが掲げる理念とこれからの展望は、果たしてどのようなものなのだろうか。

「Nanoの目的は一時的な資産形成ではなく、多くの人の日常における一つの手段として、経済的な自由の選択肢を提供することです。送金は日常生活の上で必要な行為であるにもかかわらず、毎度かかる手数料が足かせになっている状況があります。私たちが非営利団体である理由も、手数料を取らずにサービスを提供する理由もすべて、その信念に基づき導かれた答えです」

「また、私たちがNanoの基盤をつくりあげた暁には、中央管理者がいなくても機能するよう、数年後の戦略を練っています。Nanoは『公共のもの』であるべきで、特定の誰かが私有するものであってはなりません」

これは、Nanoのチームがあまりメディアに顔を出さないようにしている理由でもあり、従来のデジタル通貨とNanoが色々な意味で異なるということがわかる。しかし、このように本来のデジタル通貨が秘める可能性を最大限に活かすNanoにも、まだ大きな挑戦が残されている。

「Nanoが本当のお金として受け入れられるためには、日常的に利用される必要があります。そのために、信念に沿ったテクノロジーの使い方をし、便利かつ利用しやすい技術を提供し、コミュニティの成長や教育分野にも貢献していく必要があります」

その言葉通り、現在世界各地でNanoを取り入れたプロジェクトが誕生している。例えばナイジェリアのいくつかの孤児院では、寄付金をNanoを通して受け入れることが可能になっている。世界中から元本100%の金額が直接的に送られてくるということで、寄付をする側もされる側も安心できる仕組みだ。

また、ウガンダの配車サービス・SafeBodaは、高い取引仲介料や支払いの滞りなどから生じる問題を、Nanoを取り入れることで軽減出来ないか検証している。

そして手数料無料という側面でビジネス界からも注目されている中、彼らの信念に賛同する数々の企業と、大規模な普及に向けて計画が進行中だそうだ。

編集後記

Nanoがチームとして大切にしていることを聞くと、「人」というシンプルな答えが返ってきた。

「私たちは、Nanoにかける情熱と間違いを恐れない勇気を持っています。忙しい日々で、壁にぶつかることもありますが、私たちはNanoの可能性を信じていますし、なによりこの世にNanoを送り出せた事をとても誇らしく思っています」

「チームひとりひとりのさまざまな経験やクリエイティブな発想、素晴らしい努力なしでは今日はありません。新しいことをやる中で間違えるのは当たり前。むしろそれをどう次に生かすかに焦点を当てて、日々挑戦し続けています。そのすべての根源には人を想う力があります」

進化人類学を学び、違う文化や条件下における人々の行動の奥深さに魅了された彼女らしい答えで、インタビューを締めくくったジョージさん。男性比率が圧倒的に高い金融テクノロジー業界で挑戦し続ける女性共同代表の、優しい笑顔と頼もしい姿勢に、心を打たれる人は少なくないだろう。

デジタル通貨の可能性を問い直すことで、公平な社会づくりを目指す彼らの熱意が伝わってきた、真っ直ぐな想いがあふれるインタビューだった。お金という利権とは切り離せない分野で現状を問い、社会問題の解決に役立つ最先端テクノロジーを提唱する彼らの今後から目が離せない。

【参照サイト】Nano
【関連記事】コロナ禍で地域経済の活性化を目指す、チェコのデジタル通貨「Corrent」

Edited by Megumi

FacebookTwitter