「印刷とは、紙にインキをつけることではなく、人々の課題を解決すること」大川印刷インタビュー

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自然環境の危機から生物多様性の危機、食料の危機、安全保障の危機、人権の危機まで……さまざまな危機をもたらしている気候変動。この問題に立ち向かうために、人々をワクワクさせる創造的なアイデアや、人々に新しい視点を提供する創造的な表現とコミュニケーション、デジタル技術を活用した創造的なビジネスモデルの創出といった一人ひとりのクリエイティビティ(創造性)が必要なのではないだろうかと考えている。

そうした想いから、IDEAS FOR GOODは株式会社メンバーズとのシリーズ「Climate Creative」をスタートした。今回は第3回目として、株式会社大川印刷代表取締役社長の大川氏への取材記事をお届けする。

話者プロフィール:大川 哲郎(おおかわ・てつお)

“大川
1967年横浜生まれ 幼少期から生き物や植物、自然が好きで、自然と触れ合いながら育つ。大学に入学した直後、父親を医療ミスで失う。大学卒業後3年間、東京の印刷会社で修行後、大川印刷へ入社。2004年、本業を通じて社会課題解決を行う「ソーシャルプリンティングカンパニー®」というビジョンを掲げ、現在に至る。使命は、仕事を通じて世の中に1つでも多くの幸せを生み出すこと、そして、横浜の印刷の歴史と文化を社内外に伝承していくこと。

以下は、株式会社メンバーズ萩谷氏による、大川氏へのインタビュー。

原動力は、子供時代の体験とバブル崩壊、理不尽な人種差別を知ったこと

Q. 大川印刷は環境に配慮した経営を以前から進めていますが、そこに取り組むようになったきっかけは何ですか?

自然が好きだからということが挙げられます。私は横浜生まれですが、自宅の周辺は自然が豊かで、大雨のあとは庭に多くのサワガニが現れるような場所でした。子どもの頃は、草花や虫が友だちでした。

19歳の時に、医療事故で父親を失ったことが原因で人間不信に陥り、その後、アメリカ南部の音楽に憧れて一人旅をしました。現地で本場のブラック・ミュージック(黒人系の人々が持つ音楽文化)に触れることで改めてアメリカ南部の音楽に魅了されることになりましたが、調べれば調べるほど、否応なく黒人差別の歴史と向き合うことになりました。しかし、つらく苦しい過去を抱えながらも、彼らはたくましく生きていました。そんな姿を見て当時の私は、このままではいけないと我に返ることになります。

大学を卒業して3年間は現職とは別の印刷会社で仕事を学び大川印刷へ入社しましたが、自然が好きで環境問題に関心があった自分にとって、大量に使われる紙やインキ缶に疑心を抱きました。そして、バブル崩壊直後に売上が激減したことをきっかけに、持続可能な経営というものを考えるようになりました。当時は他社との競争優位性を確保するためにも、環境問題を経営にも取り入れるべきだと考えていました。

このように、自分自身の自然に囲まれて育った子供時代の体験、そして理不尽な扱いを受ける黒人系の人たちを知ったこと、会社の売上が激減したことが今の会社経営の原動力と言えます。

Q. ブラック・ミュージックへの憧れは、「ブルーズクレド」(従業員の行動指針)として、名刺にも活かされていますね。

ジミ・ヘンドリックスやB.B.キング、マイルス・デイヴィスなどの黒人系ミュージシャンの名言を調べ、会社の理念に合致するものをピックアップし、13の「ブルーズクレド」として整理しています。すべてが、大川印刷の考え方として説明できるものとなっており、私の名刺も各クレドを記載した13種類を作成しています。

13のブルーズクレドを記載した名刺の画像

13のブルーズクレドを記載した名刺

“PEOPLE ALL OVER THE WORLD HAVE PROBLEMS. AND AS LONG AS PEOPLE HAVE PROBLEMS, THE BLUES CAN NEVER DIE.”
(世界中の人々には問題があります。人々が問題を抱えている限り、ブルーズは決して死ぬことはできません)
一B.B.King

【大川印刷 クレド】
印刷とは、紙にインキをつけることではなく、人々の課題を解決することである。
人々が問題を抱えている限り、印刷は決して死ぬことはできない。
─大川印刷 クレド(Webサイトより引用)

印刷業界にメッセージを投げかける

Q. バブル崩壊後、環境経営へ舵を切ったことに関して顧客からの反応はいかがでしたか?

2004年からFSC認証など環境ラベル対応商品の提案をしてますが、その当時は「環境経営はお宅がやりたいことでしょ」といった反応で全く理解されず、話も聞いてもらえませんでした。しかし、やっとここ3~4年でお客さまにも興味を持っていただき、お問合せもいただけるようになりました。

また、私たちの印刷物は、石油系溶剤ゼロ%のインキが全体の99.9%を占めています。インキの環境ラベルはメーカーごとに作られ、その基準もおそらくばらつきがあると考えられるため、自社独自のラベルを作りました。なぜ独自のラベルを作るかと言うと、業界全体で足並みを揃えないインキメーカーに対するメッセージ性を持たせるためです。残念ながら、現時点では、溶剤などの配合割合は企業秘密であることを理由に開示してくれないメーカーがほとんどなのです。

そして、私たちは、2025年までにスコープ3までを含めたカーボンゼロ目標を掲げています。しかし、その達成にはパートナー企業(サプライヤー各企業)との連携が必要です。最近は、インキメーカーと連携し、カーボン・オフセットされたインキを使用することが実現しました。これにより、当社の印刷物を使用するお客さまのCO2排出量、つまりスコープ3の排出量を削減できることになります。CO2排出量削減は、サプライチェーン全体で取り組むことがとても重要です。

オフセット印刷の際には、刷版と呼ばれるアルミ製の版が必要となりますが、こちらもメーカーによってカーボン・オフセットされています。

CO₂ゼロ印刷の図 大川印刷Webサイトより

CO₂ゼロ印刷 大川印刷Webサイトより

Q. 以前から取り組む環境経営にやっと時代が追いついてきたということですね。

先駆者のように言っていただけるのはとてもありがたいです。しかし、気候危機の状況は、楽観視はできない状況にあります。そして、いま最も気になることは、ロシアによるウクライナ侵攻です。エネルギー政策は、安全保障の面からも真剣に考える必要があります。

カーボンゼロ目標の前倒しは社員の声によるもの

Q. 社内では、「SDGs経営計画策定ワークショップ」を開催し、社員自らが発案した様々なプロジェクトを立ち上げられていますね。

毎年、いくつかの検討テーマを決め、取り組みたいテーマに社員がそれぞれ自主的に参加し検討を進めています。年度末に120分のワークショップを4回実施し、テーマ毎にリーダーが誕生しています。参加したチームに対して、必ず何かしら貢献するということを約束するルールがあります。チームへの参加は自由ですが、毎年全社員が参加しています。

Q. 具体的にはどのような検討がなされていますか?

当社は元々、スコープ3まで含めたカーボンゼロ目標を2030年に定めていました。しかし、会社のビジョンを策定する有志のチーム内で、その目標を2025年に前倒ししようという声が社員から上がり、現在では新しい目標達成のための検討が進められています。

また、働き方改革に関連するプロジェクトも毎年立ち上がっています。まだ幼い子どもを育てる共働きの社員も多いなか、会社としての改革を求める声が多く上がります。時間休の制度も社員の声を反映し制度化されました。

ワークショップを通して立ち上げたプロジェクトは、うまく進められることもあれば、失敗することもあります。そして、プロジェクトは単年度を期限として進めることを基本としています。年度が変わり一旦白紙に戻すことで新たな気持ちでプロジェクトをスタートすることができます。

Q. コロナ禍前の2019年には最高益を達成していらっしゃいますが、環境経営やパーパス経営が成果に貢献していると考えていますか?

今では多くの企業が「社会課題解決」を、そのミッションやパーパス(存在意義)として掲げるようになりましたね。

私たちは、2004年に、本業を通じた社会課題解決を実践する「社会的な印刷会社」として、「ソーシャルプリンティングカンパニー®」をビジョンに掲げました。2018年には、以前からの取り組みが評価され、日本政府が主催するジャパンSDGsアワードにて「SDGsパートナーシップ賞(特別賞)」を受賞することができました。その後、社会全体で環境や社会課題への意識も高まり、当社も注目されました。

注目された理由は、さまざま要素が複合的に絡み合っているとは思いますが、パーパス経営は業績に貢献していると考えています。今も新規のお問い合わせを数多くいただいていますが、その要因の1つはパーパス経営やサステナブル経営を貫いていることにあるでしょう。

サステナブル経営は、「平和を創出する」経営

Q. 印刷工場への太陽光パネルを設置など、再生可能エネルギーの導入も積極的に進めています。今、大川さんはサステナブル経営という言葉をどう捉えていますか?

脱炭素社会への向かう中、投資家の目線が気になるのもわかりますが、カーボンニュートラルやSDGsを掲げること自体が目的となり、本来目指すべき地球そのものの持続可能性や人権など様々な課題をきちんと考えていない企業が一定層いることを危惧しています。

私は、サステナブル経営とは「平和を創出する経営」であると考えています。平和な世界があってこそ、幸せな社会や安心があり、企業の持続可能性も実現することができる、つまり、サステナブル経営が目的ではなく、本来の目的はその先にあります。手段の目的化には注意が必要です。また、サステナブル経営を継続して進めるためには、社員はもちろん、ステークホルダーの皆さんの共感が求められます。そして、サステナブル経営は、企業のサステナビリティ部門だけが取り組むことではありません。

SDGsをテーマに講演させていただくことが増えていますが、もっとも多くいただく質問が「SDGsをどうやって社内浸透させるのか?」というものです。しかし、その考え方自体がうまくいかない原因となっているのではないでしょうか。社内に根付かせるためには、経営や担当部門の掛け声で突然上から落とすものではなく、関係者すべての共感・共有が最初に来るものです。繰り返しますが、浸透ではなく、共感・共有が重要なのだと思います。

また、私たちはお取引先の企業の皆さんをパートナー企業と呼んでいます。「下請け」「外注」は社内のNGワードです。そうした言葉自体が相手を蔑視している、と私は考えています。黒人系の人々に対する差別用語が許されないように、こうした言葉は差別用語であると考えています。

サステナブル経営を継続するには、楽しくなければ続かないのです。環境に「やさしい」から「正しい」へ、そして「楽しい」へ、
という考えを日本環境設計の岩元会長から教えられたと語る、大川 哲郎 氏

事業を通して紙や印刷の文化や歴史に対して責任を果たす

Q. 従来の紙への印刷はデジタル化やペーパーレス化が進められています。印刷や紙媒体の価値をどのように考えていますか?

ペーパーレス=SDGsと単純に考える企業が多いことを残念に思います。短絡的な考えが思考停止を生むと考えており、誰ひとり取り残さないというSDGsの重要な理念を掲げながら、企業は情報リテラシーや情報アクセス弱者のことを切り捨てているとも感じています。

紙は4~5回リサイクル可能です。LCA(ライフサイクルアセスメント)など、科学的根拠に基づく議論をせず、安易に「紙よりもデジタルデバイスの方が環境にやさしい」とするのは疑問です。

しかし、印刷物のCO2排出量の大部分は紙の生産で占められていますので、脱炭素を進めるうえで、紙の削減は重要です。しかし、そうした「デジタルな情報にアクセスがしにくい人」に対してどのような配慮をするのかを真剣に考える必要があります。そして、私たちは事業を通して、紙や印刷の文化、歴史に対して責任を果たすことが求められます。

紙の価値に加えて、デジタルにも多くの価値があるのは確かです。検索性や可変性の高さはデジタルに軍配が上がりますが、一方で紙は一覧性に優れているという特徴があります。また、ある研究では、紙の印刷物の方が人の記憶への定着率が高いということが証明されています。ページをめくる触覚が記憶の定着を助けているようです。

明治時代に発行され、当社で印刷をした「開国小史」という本があります。1899年5月30日に印刷され、6月2日に出版されたことが奥付に記載されています。つまり、120年以上前に出版された本が今も手にとって読むことができるわけです。今のデジタルデータが120年後に再現できるかと言えば、現在の電子機器とは別のデバイスや手段が必要になるはずです。紙は減っては行きますが、印刷の文化や価値はこれからも失われてはいけないと考えています。

Q. 最後に、将来の脱炭素社会に向けて、他企業や社会に向けてメッセージをお願いします。

持続可能な経営は持続可能な社会、そして持続可能な地球環境が前提であることを理解しなければなりません。単純に、「儲かるのか?」といった尺度だけでは判断できない時代を迎えています。すべての企業は社会的責任があり、気候変動に対しても取り組む責任があるということです。

あなたにとっての幸せとはなんでしょう?社会に対しては、そうした問いかけをしたいと思います。本当の幸せは何か?を社会全体で考えるべきであり、一人ひとりが自分なりに考え行動する必要があります。私にとっての幸せはできるだけ多くの人が幸せになることです。

【参考記事】環境印刷で刷ろうぜ。横浜の100年企業・大川印刷に学ぶサステナビリティ経営

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