英博物館、展示品の「民族的背景」を持つキュレーターを採用へ

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近年、世界の巨大な美術館・博物館では、略奪美術品の返還をめぐる賛否の議論が続いている。また、その展示において、必ずしも正確かつ尊重した形で表現されていないとの指摘もある。原因のひとつは、学芸員の人種に偏りがあることだ。

現在、英国の美術館・博物館のスタッフのうち、非白人はわずか6%しかおらず、来館者も圧倒的に白人が多いという(※)。どんなに学術的に深い知識を取得しても、展示品の民族的背景をすべて理解することは難しい。ましてや、そこにルーツが無い人であればなおさらだろう。そんな中、マンチェスター博物館の画期的なプロジェクトが注目を浴びている。

マンチェスターには、英国最古かつ最大の南アジアコミュニティがある。人口の20%以上が南アジア人であり、少なくとも5世代にわたってこの地域に住んでいる家族もいる。彼らの多くは、英国の支配に直接影響を受けたインドやパキスタンの出身だ。

2023年2月、マンチェスター博物館に、常設展として英国初となる「南アジアギャラリー」が新装オープンした。数百万ポンドの費用と5年の準備期間を経て竣工したこのギャラリーのユニークさは、その展示規模もさながら、プロジェクトの企画からキュレーションにいたるすべての工程で、南アジアコミュニティの意見が反映されたことだ。

ボランティアとしてプロジェクトに参加した30人は、専門知識や博士号を持つ学芸員ではない。コミュニティリーダー、教育者、アーティスト、歴史家、ミュージシャン、作家など、さまざまなバックグラウンドを持つ一般人だ。共通しているのはただ一つ、南アジアにルーツがあるということ。それぞれが、祖父、祖母、または祖先から語り継がれたストーリーをもとに展示物をキュレーションし、聞きなじんだ音や、見慣れた色でギャラリーを作り上げた。

南アジアギャラリーは、新装にあたりマンチェスター博物館や大英博物館などから140点以上の歴史的な遺物を借り入れた。新しく創作を委託した現代アートの中には、インド系移民を描いた17メートルの巨大壁画や、バングラデシュから運んできたリキシャーにコミュニティの人々が装飾をしたものもある。その展示の中核となるのは、多彩な経歴を持つボランティアによるストーリーだ。6つのテーマ(過去と現在、生活環境、イノベーションと言語、音楽とダンス、在英南アジア人、独立運動と帝国主義)で表現される南アジアの生きた声は、ビデオや展示物を通して訪問者に語りかける。

たとえば、あるボランティアは、現代量子科学創始者の一人である祖父について語り、他のボランティアは、インドの分割統治時代に海を渡った祖母の民族衣装の話を語っている。また、他のストーリーでは、1931年にガンジーが訪れたランカシャー州ダーウェンの綿工場の話や、マンチェスターの綿花産業とインド独立運動との関連など、今まで語られてこなかった内容も表現されている。

現在ギャラリーの運営を担っている元ボランティアの一員は、「以前は、あなたの物語は外部の人が語っていました。しかし今、あなたのストーリーはあなたが語っているのです。あなたはそれを内側から見ているのです」と、ジャーナリストAshira Morris(アリシャ モリス)氏のインタビューで語っている。

前述の、略奪美術品の返還に関する議論に関し、大英博物館は、1963年大英博物館法と1983年国家遺産法により、所蔵品の恒久的返還はできない決まりになっていると説明している。返還したところで、その美術品を安全に最高の状態で保存できる保証がないという客観的事実もある。

大英博物館は、「The Object Journeys」という3年間の期間限定のプログラムで、学芸員と民族的背景に沿った人がキュレーションを協力する取り組みを行った。このような動きがもっと広がり、世界の美術館・博物館で展示品の民族的コミュニティを正確かつ尊重した形で表現するようになれば、議論のゆくえも明るいかもしれない。

Arts Council
【参照サイト】The optimist daily”This museum features a gallery curated by the people they represent”
【参照サイト】 The Object Journeys
【関連サイト】植物が人になり、人が昆虫になる。壮絶な「200年後」を体験できる米ポートランドの美術館
【関連サイト】社会とのつながりを。難民による美術館の案内ツアープログラム「Multaka」

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