私たちの生活の中で当たり前のように埋め込まれてきた言葉や態度、考え方やデザインが「今の時代にふさわしくない」ことはよくある。しかし、それらは私たち一人ひとりに染み込んだものであるからこそ、脱するのはなかなか難しい。
例えば、東洋・西洋という呼び名。これは、イギリスのグリニッジ天文台を世界の中心とした位置関係を基準に名付けられた。また、経済の指標であるGDP(国内総生産)は、イギリスの経済学者が19世紀に原型を考案し、アメリカの経済学者サイモン・クネッズが構築したものである。
しかし「東洋・西洋」という呼び方や、「GDP」は今の世界を表すのに最も適した言葉および指標なのだろうか。私たちが日常的に使っている概念や言葉の一部は、もしかしたらアップデートが必要かもしれない。
そういった問いかけが、現在世界各地で「デコロナイゼーション(脱植民地化)」という動きとしてみられる。西洋を世界の発展の中心とした「ユーロセントリズム(ヨーロッパ中心主義)」に警鐘を鳴らすと共に、植民地支配の歴史と向き合うことで、現在私たちの使う言葉や考え方を再考していこうという動きだ。
難しいと思われがちなトピックである脱植民地化について、今回は、ロンドンの大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(以下UCL)が行う事例を見ながら、具体的にどのような動きがあるのかを紹介していきたい。
そもそも「脱植民地化」とは?
脱植民地化とは、「過去に植民地支配を受けた地域や人々の文化や考え方、経済の仕組みなどが、植民地支配者の目線や価値観に基づいていることを捉え直し、それを解体しようとする」ことを指す。
現在の世界経済や文化は、歴史的に優位な地位を得ていた西洋的な考え方に大きく影響を受けている。例えば、侵略や支配、人種差別、文化抹殺、資源の略奪など、植民地化によって生じた搾取や不平等は、今日でもその影響が残り、社会の様々な側面に影響を及ぼしている。
いま起きている「脱植民地化」の動きは、文化的、言語的、宗教的な多様性を破壊し、人々や文化を同化しようとした歴史が、現代においても依然として残っていることを認識し、平等と多様性を尊重しようとするものだ。
かつての「帝国主義国家」が動く。教育機関での脱植民地化の動き
かつて植民地化を推し進めた国々の中には、過去の反省を受けて、近年自ら脱植民地化を進めているところがある。イギリスもその一つだ。イギリス・ロンドンにあるUCLも、2018年にカリキュラムにおける植民地主義の影響を取り除くための提言をまとめた「脱植民地化レビュー」を発表し、それに基づいたいくつかの取り組みが行われている。
具体的には、負の遺産を反映している科目やその教え方の見直し、多様な文化や思想を取り入れた新たな教育プログラムの導入、脱植民地化を専門とする人材の確保などだ。また、さまざまな背景を持つスタッフや学生の採用にも力を入れている。今回は、その中でも印象的な3つの取り組みを見ていきたい。
1. 優生学に関連する建物の名前が変更に
2020年6月、UCLの歴史的な建物の名前が「優生学と関連する」という理由で変更された。優生学とは、進化論と遺伝学に基づいて、人類の遺伝的素質をコントロールすることで、悪質の遺伝的形質を淘汰し、優良なものを保存することを研究する学問だ。1883年にイギリスの科学者フランシス・ガルトンによって提唱され、科学者カール・ピアソンらが研究を進めた。
健康的で丈夫な体づくりなど良い目的で使われる場合もあれば、選民思想と交わり悪質な目的で使われる場合もある。植民地支配に使われたこの学問は、いわば植民地主義の「負の遺産」だと現在は捉えられている。
そんな中、UCLは優生学と大学との歴史的なつながりを認識し、その対処措置の一環として、優生学者の名前が付けられた「ガルトン講堂」「ピアソン・ビルディング」「ピアソン講堂」という3つの建物の名前を変更する判断に至った。
2. 科学が人種差別を助長しないために。学問の概念や基礎理論の見直し
また、歴史的に西洋にて基礎を築き上げてきたSTEMといわれる科学・技術・工学・数学などは、脱植民地化が一層必要な教育分野だとされている。
例えば、19世紀前半に活躍した科学者サミュエル・モートンは、科学と宗教の観点によって人種差別を助長した。収集した頭蓋骨の研究結果を「最も容積の大きな白人は知能が高く、神の定めた階層構造の頂点にいる」と述べ、白人至上主義を交えた疑似科学研究を進めたのだ。DNA遺伝子学が進む現在は「遺伝的にも科学的にも人種という概念に根拠がない」ことが証明されている。
しかしながら、その間に影響力のあった彼の理論をもとに進んだ研究や、発展していった学問、そして、ほかにもこのように植民地主義の概念が反映されている分野がある。そのため、学問のそもそもの概念や基礎理論などが、必ずしも正しいわけではなく偏った見方であるかもしれないのだ。
UCLでは、こうした概念や基礎理論の見直しは各学科で使用されるべき最適な言語の話し合いや職員の実践トレーニング、学生たちが中心となって行われる意見交換会、研究結果について定期的に情報を得られる会議など、さまざまな形で設けられている。
3. 教育カリキュラム全体の見直し
教育は、次世代の若者の考え方を左右するため、私たちの社会をつくるうえで大切な要素であることは言うまでもない。カリキュラムの内容だけではなく、授業の行い方や使用する言語、テーマに向き合う態度についてもオープンな議論を促進することで、誤った概念の普及など植民地主義の影響を解体していくことができる。
「脱植民地化に関する取り組みを進め、多様な文化や価値観を尊重する教育環境を提供していくことは、世界的な教育機関として大切である」
とUCLは述べ、カリキュラムの内容である概念、情報、考え方がそもそも必ずしも正しくないのではないかと自ら問う姿勢を見せている。
その他、ブリストル大学も、脱植民地化についてのオンラインの授業を開講するなど、全英の大学で動きがみられ、今後さらにこの運動が盛んになっていくことが考えられる。
脱植民地化の幅広さと難しさ、私たちにできること
「基準」や「ルール」は、公平な世界をつくるために必要である。しかし「特定の考え方が、すべての状況において正しい」という考え方に疑問を持つことは、今後私たち一人ひとりに必要な態度だろう。
「私たちが何気なく使っている言語は、実は私たちの思考や、物事の捉え方、行動、文化をつくっている」と認知科学者ボロディツキーは言う。私たちが使う言語は、色や形の捉え方、音や時間の感じ方、さらには数の数え方や位置感覚まで影響しているというのだ。
つまり、この世界には多様な概念があって当たり前。脱植民地化は、社会全体で努力が必要な、長期的で複雑なプロセスであって、文化や考え方、発明、使用言語など、影響は非常に大きい。
本当の意味で平等と多様性を尊重することは、まず、さまざまなことの前提を見つめ直すことなのかもしれない。
【参照サイト】Cultures of Decolonisation
【参照サイト】Blog post – why decolonise the curriculum?
【参照サイト】Decolonising Education: From Theory to Practice
【関連記事】デコロナイゼーション(脱植民地化)とは・意味
Edited by Megumi