人新世の“新しい語彙“を生み出す、イタリアの「言語現実局」

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最近、「人新世(Anthropocene)」という言葉が使われだしている。

私たちが生きている時代は、通常「完新世」と呼ばれ、約1万年前から続いている。しかし産業革命以降、人間の活動が地球環境に多大な影響を与えていることから、地質学者や環境科学者など、多様な学術分野の研究者たちは、この新しい時代を「人新世」と呼ぶべきだと提案しているのだ。

こうした新しい言葉の提唱により、人々は人類の活動が重要であることに気づき、新たな行動に移すことができる。「LGBTQ+」という言葉もそうだ。このキーワードは、「ゲイ」や「レズビアン」だけではない多様なセクシャルマイノリティの存在をよく表し、国際的な共通言語ができたことでさまざまなバックグラウンドを持つ人々が団結しやすくなった。

このように、言葉には、世界を概念化し世界観を創り上げ、時には人々の思考や行動までも変えてしまう大きなパワーがある。

そんな言葉のパワフルな性質に注目し、「人新世」に生きる人々の経験を定義するために、ここ10年近くにわたって、新しい語彙を収集・作成しているのが、イタリアの「言語現実局(The Bureau of Linguistical Reality)」というプロジェクトだ。

このプロジェクトは、次の二つの考え方を持っている。一つは、気候変動による激動の時代を表現できる言葉を持たなければ、人々は今何が起きているかさえも完全には把握できない、ということである。

もう一つは、そうした言葉の収集や作成は一般の人も協力する「参加型」であるべきだ、ということだ。環境運動は人々の知識の有無や感覚によって意見が分かれ、分断が起こりがちだが、今、人々のなかにモヤモヤとある感覚──“言葉のタマゴ”は誰しも持っているものだ。そんなみんなが持っている感覚を使わない手はない。

The Bureau of Linguistical Reality

「言語現実局」の公式ホームページでは、“言葉のタマゴ”を提出することができる。

例えば、「ノンナパウラ(NonnaPaura:イタリア語のNonna[祖母]+Paura[恐怖]」という新語。これは三人の子を持つ、ある女性の想いから作られた。「娘が結婚して、孫が産まれるかもしれない。孫がほしい」という想いと、「孫たちが直面するだろう気候変動の深刻さや苦しみを考えると怖くて仕方ない」という想い。そんな希望と恐怖とが混ざった葛藤を表した言葉だ。

こんな言葉はどうだろう。「マルシフィケーション(Marsification:イタリア語のMars[火星]+fication[〜化]」つまり、「火星化」だ。これは、リアルに起こっている地球の問題一つひとつから目を背け、ユートピア的なテクノロジーによって一挙に超越しようと目論むことを指している。

近年、火星を新たな居住地にしようとする宇宙技術開発が進んでいる。そうしたテクノロジーは一見、素晴らしく見えるが、そのテクノロジーによって「すべての人類」が救われるわけではない。そもそも、生物多様性に満ちた地球を置き去りにしてよいのだろうか。「火星に住む」というテクノロジーは、私たちや地球の万能薬ではない。

「火星化」という言葉を得ることによって私たちは、それがいわば「植民地主義の再来」だという見方もできる。地球のあらゆる資源を使い尽くして自らを苦しめた人類は、今度はまた違う惑星に入り込み、「植民地」として使っていく。未知の環境を破壊する可能性もある「火星化」は、人類の過度な自信や優越感を表し、他の生命や環境を尊重しない姿勢の表れだと批判的にみることもできる。

「人新世」では、気候変動と種の大量死という現実を免れることはできない。そうした厳しい現実を直視しつつ(「火星化」せずに)、一人ひとりが現実と向き合うために新しい言葉を手にする必要がある。モヤモヤする現実にハッキリとした言葉があれば、その現実をまた異なった角度から捉え直せるはずだ。「言語現実局」の公式ホームページには、ここでは紹介しきれないほど新たな機知に富んだ言葉たちが掲載されている。ぜひ参照してみてほしい。

【参照サイト】The Bureau of Linguistical Reality(言語現実局)公式ホームページ
【参照サイト】Why we need new words for life in the Anthropocene

Edited by Erika Tomiyama

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