インド最下層カースト女性たちが立ち上げた新聞社の“闘い”を描く映画『燃えあがる女性記者たち』

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「(この地では)警察も信用できない。被害届も受理されない。頼れるのはカバル・ラハリヤだけだ」映画の冒頭で、レイプ事件の被害者家族である男性が、そんなことをつぶやいた。

インドのカースト制度のなかでも最下層、被差別カースト(※)の「ダリット」である女性たちが運営する新聞社カバル・ラハリヤ。そんな新聞社で働く女性たちの闘争と葛藤の日々を描いたドキュメンタリー『燃えあがる女性記者たち(英語:Writing with Fire)』を、国際女性デーの今日、紹介する。

※ インドのカースト制度は、4つの身分と、カースト外の身分に分けられており、ダリットはカースト外、他の身分の人が近づいてはならない「不可触民」とされている。動物の加工や、汚物処理などの仕事に就いていた。

2023年9月16日から、渋谷ユーロスペースほか全国にて公開されている映画だ。

「燃えあがる女性記者たち」チラシ

映画の舞台はインド北部のウッタル・プラデーシュ州。カバル・ラハリヤは、30人ほどの若い女性によって運営される新聞社だ。彼女たちのなかには、家庭がとても貧しかったり、もともと劣悪な環境で働かされていたり、読み書きが苦手でアルファベットを読めなかったりする者たちもいる。被差別カースト、かつ女性が記者として活躍する。そんな幻想のような話を少しずつ現実にしてきたのが、現地の言葉で“ニュースの波”という意味を持つカバル・ラハリヤなのだ。

映画の前半では、2002年の発刊以来、14年続けてきた紙媒体から、スマートフォンを使った動画発信への移行を考えたカバル・ラハリヤの様子が描かれる。スマホを触ったことがなく不安を抱える女性や、使い方がわからず「なぜ移行が必要なのか」と問いかけるような女性に、主任記者のミーラは「これからはデジタルジャーナリズムの時代。私たちも変わっていくべき」と伝える。

「燃えあがる女性記者たち」ワンシーン

(c) Black Ticket Films

動画の撮影方法のレクチャーを受け、そこからは体当たりの日々。マフィアが違法操業を行う採石場や、レイプ被害者の自宅、殺人現場、暴力を伴うヒンズー自警団、さらには現インド首相モディの熱烈な支持者が集まる場所などに、勇気とスマートフォンだけを持って乗り込んでいく。

ニヤニヤ笑う男たちに囲まれながら取材を続けたり、まともに話を取り合う気がない権力者に根気よく質問をしてみたりと、主任記者のミーラや他の記者たちは奮闘する。

その姿勢は複数のSNSプラットフォームを通じて注目を集め、カバル・ラハリヤの発信する情報は、毎月500万人にリーチするようになっていった。すべてスマートフォンで撮影された動画は少し低画質で、それが妙なライブ感を醸し出す。コメント欄には、踏み込んだ取材の姿勢を賞賛する声から、「フェミ(フェミニスト)たちはそうやって毎晩寝る男を変える」といった誹謗中傷までが届いた。

インドでは、2014年から40人もの記者が殺されている。不都合な真実の報道は常に報復と隣り合わせだ。実際に、女性たちが不安に感じている様子も映される。そして、独身でいることで周囲から家族への風当たりが強くなることを心配し、結婚を決めてカバル・ラハリヤを退職するメンバーも出てくる。

映画の後半で出てくるのは、イスラム教住民を敵視し、現在圧倒的な勢力を持つヒンズー至上主義(ヒンドゥー・ナショナリズム)。支持者たちは「ラーマ神を讃える」「私たちにとって神聖な牛を大切にしたい」というが、実際は宗教の政治利用ではないかとミーラは問いかける。そんな問いも、はぐらかされる様子が映っている。インドという国の片鱗が、映画を通して少しだけ見えてくる。

「燃えあがる女性記者たち」ワンシーン

(c) Black Ticket Films

デジタル媒体は、多くの人に広く影響を与える。そして誠実な事実は、より熱狂的な情報や、ゴシップ・炎上などの扇状的な情報にかき消されやすい。それでも、偏見や女性軽視に怯まず、彼女たちの目で見た真実を追っていく。『燃えあがる女性記者たち』は、日本で報道の姿勢に注目が集まる今こそ見たい、インスピレーションにあふれた映画だ。

【参照サイト】映画『燃えあがる女性記者たち』公式サイト
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