アイルランドのミュージシャンが、自転車で国外ライブツアーを決行した理由

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イギリスの隣の小さな島国アイルランドは、音楽を愛する国だ。筆者が住む首都ダブリンの街にはライブミュージックを聴けるパブが無数にあり、人々は深夜まで歌ったり踊ったりして楽しむ。道を歩いていればあちこちからギターを手にストリートライブを行うアーティストの歌が聞こえてくる。

そんなアイルランドが生んだミュージシャンかつ映画ディレクターのニック・ケリー氏が、アイルランドから隣国イギリスへのライブツアーをすべて自転車移動で決行するというプロジェクトを2022年に行なった。

ケリー氏は、ミュージシャンの排出するCO2の80パーセントがライブイベントにかかる移動に起因するという統計を耳にし、大きなショックを受けた。なんとかしてこの環境負荷を減らせないだろうか。こう考え始めた彼は、試しに2019年にダブリンで出演した音楽フェスの会場に、ギターをくくりつけた自転車で行ってみた。すると、この移動方法が想像していたよりも簡単であることに気づいたという。そこから国外ツアーをこの方法で行うというアイデアを思い立つ。さらにはその様子を映像に収めたドキュメンタリー映画を制作することに決めたのだ。

彼はお気に入りの自転車に、ギターとライブに必要な道具をくくりつけ、アイルランドの首都ダブリンからその旅を始めた。

ニック・ケリー氏と自転車

左:ニック・ケリー氏 右:ショーン・ミラー氏

まずはイギリスへの渡航のため、アイルランド南部の港ロスレアへ。そこからフェリーを利用しイギリスのペンブルックに渡り、その後カーマーゼン、スウォンジー、カーディフ、ブリストルを巡り、各地でライブを開催。最終的にはイギリスのピルトンで毎年行われる世界最高峰の野外ロックフェスティバル「グラストンベリー・フェスティバル」に出演した。彼が自転車で走った距離をざっくり見積もると400キロメートルにもなり、これは東京から大阪を一直線に結んだ距離にあたる。旅の様子は、彼と共に音楽活動を行うミュージシャンのショーン・ミラー氏が、公共交通機関と自転車でケリー氏を追いかけながら撮影した。

この旅は、5日間に渡り続いた。彼によると、特に最終日は暑く、ブリストルへ向かう登り坂で重さ80キロにも及ぶ荷物を運ぶのが非常に困難だったという。

ニック・ケリー氏の自転車ツアーの様子

グラストンベリー・フェスティバルのロゴの前に立つニック・ケリー氏。

筆者は学生時代に音楽を本格的に学んでいたが、人前で演奏するには観客の想像をはるかに超えた体力と精神力が必要である。そのため、移動や宿泊はなるべくスムーズで心地よいものにしたい……なんて思いがちだ。一方で環境への配慮から身体を張ってこのプロジェクトを決行した彼の体力とチャレンジ精神には驚かされた。

ケリー氏はこのドキュメンタリー映画を「The Song Cycle」と名づけ、制作資金を集めるためのクラウドファンディングを2023年10月1日から行っている。

ミュージシャンが環境に対してアクションを起こした事例として記憶に新しいのが、世界中が知るロックバンドColdplay(コールドプレイ)の取り組みだ。彼らが行ったのは、数年の活動休止を経て2022年にライブに関連する環境負荷を削減することを目標に掲げた「クライメート・ポジティブなワールドツアー」。改めてコールドプレイの挑戦を見てみると、移動方法やステージ上で使うエネルギーの改善、グッズの素材変更、ライブにかかる環境負荷の全体の測定と、多岐に渡る取り組みからは彼らの本気度がうかがえる。

一方でケリー氏の見せたソリューションは非常にシンプルで、ある意味原始的な方法とも言える。しかし、だからこそ伝わりやすくもあり、自分にも何かできることがあるのでは、と思わせてくれる。

私たちは、ライブという魅惑的な体験をどうやって未来に残すことができるだろうか?(ニック・ケリー)

あなたが未来に残したいものはなんだろうか?まずはそれを守るために、自分らしい方法でできることをやってみる。そんな風にシンプルに考えてみても良いのかもしれない。

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【参照サイト】Ride on: Nick Kelly’s musical road movie with a green message
【参照サイト】The Song Cycle(Kickstarter)

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