2021年、筆者がパリに移り住んだとき、街でよく見かけたのが「V」というロゴが入ったスニーカーだった。いまとなっては日本でも目にする、フランス発のスニーカーブランド「VEJA(ヴェジャ)」。VEJAの人気ぶりは知っていたものの、その背後にあるブランド哲学を知ったのは、もっとずっと後のことだった。
VEJAは、高校時代から友人同士だったという、フランス人であるセバスチャン・コップ氏とフランソワ=ギラン・モリヨン氏の2人によって立ち上げられたブランドだ。大学卒業後、国際金融の中心であるニューヨークで銀行員として働いていた彼らが、そこで感じたグローバリゼーションの問題を、スニーカーを通して見つめ直そうと立ち上げたのが、VEJAだった。
「VEJAを始めたとき、そのゴールはスニーカーをつくること、ではなく、スニーカーを“解体”することでした」
パリ10区にあるオフィスを訪ね、セバスチャン・コップ氏へのインタビューが始まるや否や、彼はそう話した。つまり、プロダクトがどのように作られるのか──どんな素材が使われているのか、そしてどんな環境で人が働いているのか、どれほどの賃金を得ているのか。そのすべての透明性を明らかにできる製品が、スニーカーだと思ったのだという。
旅を経て、VEJAを立ち上げるまで
VEJAの物語は、共同創業者の2人が銀行員を辞めて世界へ旅に出るところから始まる。中国やバングラデシュからベトナム、南アフリカに至るまで、工場で製品がどのように作られているかをその目で見た。そして、サステナビリティに取り組む企業の話と、これらの企業が実際に現場で行っていることの間に乖離があることを知り、ひどく落胆したという。
「当時、中国やベトナムなど、アジアでは、週に80〜90時間働くこともあるような状況でした。今、VEJAのブラジル工場の労働時間は、週42時間。労働者は家も車も持っています。私たちは、人々が社会的に良好な環境で働き、環境負荷も低いという、そのすべてを見渡せるようなプロジェクトを作りたかった。VEJAは、そのプロセスです」
ブランド名である「VEJA」は、ポルトガル語で「見る」を意味する。VEJAが、スニーカーの先にある未来を「見る」、そしてその製造方法を「見る」存在になるという意思が込められている。
フランスで2005年に設立したVEJAは、ブラジルとペルーで環境再生型農法で育てられたオーガニックコットンや、アマゾンの熱帯雨林にある地元の協同組合によって採取された天然ゴム、リサイクルペットボトルを使用した素材などを使用。アマゾンのゴムの使用は従来のプラスチックでできたスニーカーソールの代替となるだけでなく、新たに人々の雇用を生み出す。そして物流においてCO2排出量が多いという課題に対処するため、主にブラジルからのスニーカー輸送は船を利用。2022・2023年にブラジルで生産されたスニーカーのうち、航空輸送による配送はわずか0.5%未満に抑えられている。
さらにVEJAでは、社会復帰を目指す人を支援する組織「Log’ins」による雇用プログラムを通して、人々にスニーカーを届けている。2020年以降、VEJAの雇用プログラムで働いた後、430名以上の人々が新しい仕事を見つけ、安定した状況を得ているのだという。環境面、社会面、経済的公正にも重点を置いているのが、VEJAの特徴だ。
「現地の生産者からの信頼を得るには?」という質問に対して、「そこに行くこと」だと、コップ氏の答えは即答だった。「シンプルだけど、とても重要なことです。VEJAを創設した当初、1年の半分以上はブラジルにいました」
VEJAがはじまったとき、コップ氏とモリヨン氏の2人は、25歳だった。当時はまだ真似できるビジネスモデルもなかったという。だからこそ彼らは、とにかく自分たちで足を動かして現場に向かった。
「私たちは、オーガニックコットンの畑に行って農家の人々に会い、アマゾンのゴム生産者にも会いに行った。そうしてVEJAが誕生したのです。私たちはいつも畑にいます。アマゾンには12人の大きなチームがあり、ゴムだけを扱っています。みんな、農業や植物などのスペシャリストたちです。アマゾンのゴムについて、オーガニックコットンについて、それぞれの素材のすべてのプロジェクトに関して本を書くことができるほど、現地のメンバーはそれに精通しています。それ自体がひとつの世界です。これがVEJAと他社との違いでしょう」
フィクションではなく現実を。VEJAが「広告費ゼロ」である理由
一般的に、多くの大手スニーカーブランドは、その予算の約70%を広告に充てているという。「代わりにそのお金をサプライチェーンに回したらどうなるか?」それが、VEJAの問いだった。
VEJAのスニーカーを製造することは、フェアトレードの原則や、環境、労働者の権利を尊重する原材料の使用に基づき、通常の5倍ほどの費用がかかる。たとえば、VEJAのオーガニックコットンは、生産者から直接調達され、市場価格に沿わない形で購入価格が設定されている。2022年、VEJAは市場価格よりも約50%高い価格でオーガニックコットンの買取を行っている。VEJAはこのように、削減した広告費用を素材の生産者に回しながら、大手スニーカー企業と同じ価格帯でスニーカーを販売することを実現している。
「私たちは、語るのをやめ、人々に行動を“見せる“ことにしました。他の人々がどう思うかはわかりませんが、少なくとも、私たちは鏡に映る自分たちの姿を見て、サプライチェーンに残虐行為や不平等がないことを知っています。VEJAはストーリーをつくりあげる必要はないのです。すでに素晴らしいストーリーを持っているのですから」
コミュニケーションに関してVEJAから学べることは、その透明性だろう。VEJAの公式サイトでは自社のCO2排出量を全て公開しており、「Limits(限界)」というページでは、彼らがサステナブルになりきれていない部分が詳細に書かれている。「VEJAは絶え間ない変革の中にあり、プロジェクトに内在する限界を自覚している」
とし、そこには、染料、レザーなどのスニーカーの製造プロセスにおいての難しさやジレンマが並ぶ。「天然素材の使用と耐久性の両立」「過剰消費」──野生ゴムで作られたソールは、従来のプラスチック製スニーカーのソールより耐久性があるのか。そもそも、そんなにたくさん靴を買う必要があるのか。VEJAは常に、そう自問自答しながら、いつもそのときの最善策を探している。
企業として新品の購入ではなく「商品寿命の延長」を促す
そうした、ある種の「限界」にも向き合うVEJAのアプローチは、いつもどこか他社と異なる。世間はブラックフライデー(11月第4木曜日の米感謝祭翌日の金曜日)で賑わう11月、筆者がLinkedinのタイムラインを眺めていると、コップ氏のこんな投稿が流れてきた。
Is it possible to cancel Black Friday ?
(ブラックフライデーをキャンセルすることは可能ですか?)
No.
(いいえ。)
Is it possible to create new ways ?
(新しい方法を生み出すことは可能ですか?)
We are trying.
(試みています。)
ーセバスチャン・コップ氏のLinkedinの投稿より引用
「VEJAは、ブラックフライデーを中止します。
今週の金曜日、VEJAはセールの代わりに、スニーカーの修理を無料で承ります。
すべてのスニーカーブランドが対象です」
欧米だけでなく最近では日本でも、このブラックフライデーはセールなどで盛り上がり、小売業にとって重要な年末商戦であるともいえる。百貨店では人々が大賑わいで、どの店にも「セール」の文字が並び、消費者の購買欲を掻き立てる。しかし、VEJAは2017年からブラックフライデーのセールを行なっていない。VEJAが選んだのは世間とは逆のことだった。新しいものを消費させることではなく、今あるものを長く使ってもらうこと、だ。
「新しいスニーカーを買うより、修理して長持ちさせたほうがずっといい。少なくとも、VEJAは10年間履き続けたいと思えるような、良いデザインのスニーカーをつくることを目指している。良いデザインの定義は、商品寿命が長いこと、そしてデザインの耐久性を備えていることです」
2020年6月、VEJAは廃棄を最小限にとどめるため、スニーカーのクリーニングや修理、やむを得ないスニーカーのリサイクルに向けたプロジェクト「Clean、Repair、Collect」を立ち上げている。フランス・ボルドーにあるイノベーション施設「DARWIN」から始まり、2021年7月には、パリの老舗百貨店ギャラリー・ラファイエットにもオープン。現在、ドイツのベルリンやスペインのマドリッドなどにも拡大しており、今後数年間でそれを倍増させることを目標としている。
大事なのは、成長スピード。「その成長は何のため?」を問う
VEJAは現在、70カ国でスニーカーを販売し、店舗数も3,000以上。そして500人以上の従業員が働いている。コップ氏が特に大切にしているのは、単に規模の拡大ではなく、企業のレジリエンスを保つため「成長スピードをゆっくりと保つこと」だという。急速な成長は、サプライチェーンへの妥協や、人々に害を及ぼす決定につながりやすいからだ。
「多くのファッションデザイナーは、良いデザインは頻繁に変わると考えますが、私はそのような考え方は好きではありません。VEJAでは、新しいコレクションを年に2回のみ発表します。これは他の多くのファッションブランドと比べると、かなり少ないです。デパートや百貨店から、『来シーズンは納品スニーカーを2倍にして欲しい』と頼まれることもあります。しかし、私たちの答えは『ノー』です。再入荷を求めてくる人もいますが、私たちは彼らに次のシーズンまで待たなければならないと伝えます」
「大事なのは、成長スピードです。決して、早すぎないこと。今の日本や、欧米の社会はスピードが早すぎると感じます。時に、常識的ではないレベルで。多くの人が成長したいと思っているのは、どうしてでしょうか。それは、何をするためですか?大きくなるのは、何のためなのでしょうか」
そして続ける。「VEJAは、今より10倍以上も大きくなれたかもしれません。けれど、私たちはその道を選びませんでした」と。
「私はいま44歳で、500人のチームを持っています。ものすごい数ですよ。全員が元気でいることを確認するのは、大変なことです。もし、私が30歳のときにこの規模のチームを持っていたとしても、私には到底マネジメントできる数ではありません。今では、VEJAのマネジャーたちがみんな、5年、10年とここにいて、それぞれの社員のことを知っています」
そしてそんなVEJAが何よりも大切にするのは、「従業員の幸福」だという。「VEJAの従業員は、ここで働くことをとても楽しんでいるように見える。彼ら・彼女たちに幸せを感じてもらうことが、私の仕事です」
「夕方6時頃になると、オフィスにはもう誰も残っていません。いい人生、幸せな人生を送るためには、夜中まで働き、疲れ、家族やパートナーに迷惑をかけてはいけない。しっかり休み、オフィスにいるときはテンション高く働くこと。バランスが大事だと思います」
この現代の資本主義の中で、なぜVEJAはここまで、彼らのペースを保つことができているのだろうか。
「私はVEJAのスタイルが大好きなんです。常に成長を望む投資家もいない。VEJAはLLC(有限責任会社)で、株主は創業者の2人だけです」
VEJAは資本主義の圧力によって社内の民主性が希薄になるのを防ぐため、外部投資家を入れない仕組みを創業時からずっと保っている。そうすることで、自分たちのアイデンティティや、そのペースを守っているのだという。
「もともとVEJAは会社ですらなく、プロジェクトでした。何もないところから、VEJAを作ったんです」とコップ氏は言う。
「旅が好きで、いろいろな人に会うのが好きで、語学を学ぶのも好きでした。常に好奇心があります。だから25歳のとき、VEJAを始めることに恐れはありませんでした。だって、最初はたったの5,000ユーロ(約80万円)しかなかったんですよ。VEJAは、社会正義やエコロジーの観点から、私たちにできることの証明であり、これまでとは違う道をつくることができるという証です。それが、私にとってのVEJAです」
編集後記
「ゴールはスニーカーをつくること、ではなく、スニーカーを“解体”することでした」
一連のインタビューを終えたとき、冒頭でのコップ氏の言葉を振り返りながら、彼の言葉とVEJAのブランド名の意味(ポルトガル語で「見る」)も、すべてつながっていたのだと思った。人々がブランドをうみだすとき、「作りたいプロダクト」が先に来ることが多いが、VEJAの場合は逆だった。解決したい世界の課題が先にあり、その後に誕生したのがプロダクトだったのだ。
だからこそ、彼らのアクションは常に、人々に本質的な問いを投げかけるようなものが多い。「広告費に使うお金を、関わる人に回したらどうだろうか?」「その新しいスニーカーは本当に買う必要がある?」「今履いているスニーカーは修理したらまだ履けるのでは?」「お金ばかりを追い求めて、成長し続けるのは何のためなのか?」と。
そんなVEJAには、今でこそ世界中にファンがいるが、多くのスニーカー購入者は、VEJAにこれほど魅力的なバックストーリーがあることに気づいていない人も多いだろう。広告を打たないだけでなく、VEJAのスニーカー売り場を見渡しても、「環境」や「エコ」「フェアトレード」などのメッセージを大々的に発しているわけでもない。そしてコップ氏の言葉を思い出し、納得する。
「少なくとも、私たちは鏡に映る自分たちの姿を見て、サプライチェーンに残虐行為や不平等がないことを知っています」──彼らは、他の人がどう思うかは気にしていない。真っ直ぐに、自分たちが信じる正義に向かって、ただ行動し続けるだけだ。
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【参照サイト】VEJA公式サイト