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まちの魅力はさまざまな切り口から語られる。「住みたいまちランキング」なるものを見ていると、重視されているのは治安・交通の便・飲食店の多さ・公園へのアクセスなどだ。あなたはどんなまちを魅力的に感じるだろう。
都市の現状を捉え、環境を改善していくために、今までさまざまな指標がつくられてきた。暮らす人のウェルビーイングを測定する指標、市民の幸福度や都市環境のサステナビリティを測定する指標、あるいは社会的なニーズと環境へのインパクトの両方を捉えたドーナツ経済学の指標などだ。このような指標は、私たちに新しいレンズを与え、なにが「豊か」なのかを改めて問い直す機会を与えてくれる。
2023年11月、財団法人台湾デザイン研究院(Taiwan Design Research Institute、以下TDRI)がさらに新たな指標を発表した。それが「City Design Index(以下、都市デザイン力指標)」だ。TDRIは世界デザイン機構の協力を得て、この指標を開発し、その研究成果を11月上旬に東京で開催された「WDO世界デザイン会議東京2023」にて発表した。
この新しい指標はどのようにつくられ、今後どのように活用されていくのだろうか。今回は、TDRIの院長を務める張基義(Chi-yi Chang)氏と、研究開発長を務める劉世南(Shyhnan Liou)氏の2名に話を聞いた。
話者プロフィール:張基義 Chi-yi Chang(台湾デザイン研究院 院長)
台湾デザイン研究院 院長、World Design Organization理事、国立交通大学建築学部教授、学学基金会副理事長、台東デザインセンター代表を務める。台東県副知事、国立交通大学総務担当副学長、国立交通大学建築大学院院長、A+@建築スタジオ代表を経て、『現代建築:美学の概念』『ヨーロッパの魅力』などの著書を出版。また、「現代建築:美学の概念」、「ヨーロッパの魅力:新しい建築」、「北米の現代建築に焦点を当てる」などの著書がある。1994年にハーバード大学デザイン大学院でデザイン学修士号(MDes)を、1992年にオハイオ州立大学で建築学修士号(M.Arch.)を取得している。
話者プロフィール:劉世南 Shyhnan Liou(台湾デザイン研究院 研究開発長)
台湾デザイン研究院 研究開発担当副院長、国立成功大学の創造産業デザイン学院の教授兼所長、香港中文大学名誉教授、香港中文大学と国立成功大学が提携するポジティブ・ソーシャル・サイエンス・センター所長、科技管理学会アカデミシャン。複数の研究開発センターのコンサルタントを務める。デザイン思考、文化と創造性の相互影響のダイナミクス、R&D機関とクリエイティブ産業のチームと組織イノベーション、および統合研究における学際的なコラボレーションに焦点を当てている。数百の論文と5冊の書籍を執筆。政府のR&D機関の予測研究、組織設計、および評価支援を専門としており、台湾の国家省庁コンサルタントとしての支援や、都市の設計システムの促進などに取り組む。
都市のデザイン力を測定する「City Design Index(都市デザイン力指標)」とは?
「都市デザイン力指標」はその名の通り、特定の都市がどのような「デザイン力」を持っているかを測定するものだ。この指標を生み出す上での研究は、まず過去に提唱されたデザイン指標とデザイン力に関連する理論を振り返るところからスタートした。さらにそこからデザイン力の構成要素を特定し、デザイン力が都市全体にどのようにインパクトを生み出すかを探求。指標の信憑性は専門家へのアンケートなど通じて担保された。都市デザイン力指標ができるまでの研究の流れは以下の通りである。
研究1:国際的な指標の収集及びチェック
国内外の既存のデザイン力を測定する方法論を理解するために、都市のデザイン力に関連する18の国際的な指標研究を収集・整理し、108の指標をフォーカス・グループ法でまとめ、カードソーティング法でクラスター分析をした。
研究2:デザイン力理論のレビュー
デザイン力の構成とデザイン力が都市の発展にどのように影響を及ぼすかをさらに探求するために、15のデザイン力に関連する理論をレビューし、ABCプロセスモデルを提案した。
研究3:専門家に対するアンケート調査
指数システムの国際的な適用性を確認するため、8ヶ国から17名のデザイン専門家を招き、オンラインアンケートを実施。ABCプロセスモデルや都市デザイン力指標の9つのレイヤーの定義に関する助言や、108の指標が属するレイヤーとの関連における適切性の評価を行った。
そうして出来上がった都市デザイン力指標モデルには「デザイン開発戦略」「デザイン活動」「デザインの成果」という3つの要素が含まれている。
都市デザイン力指標モデルは、都市のデザイン力の構成要素を記述することで、その都市の経済競争力、社会的幸福、サステナビリティなどへの影響を説明できる構成となっているのが特徴だ。また、各都市における政策決定者が指標を活用しやすいよう、TDRIは台北科技大学の都市科学ラボと共同で、都市デザイン力指標のダッシュボードを開発した。このダッシュボードは、都市デザイン力を視覚的に表現できる仕様になっており、今後の応用及びプロモーションのヒントを提供する役割も果たしている。
都市デザイン力指標の新しさについて、劉氏は以下のように語る。
劉氏「デザインとは一般的に、個人の力、あるいは産業の力だと思われがちです。今回の取り組みは、そんなデザインの視座を都市に導入するというものです。デザインを導入すると、都市にはどのような結果がもたらされるのか──私たちはその『インパクト』に注目しています」
都市デザイン力指標が生み出されるための研究は、そもそも都市のデザイン力とはどのようなものか、どのように測定するのかという前提部分の探求にとどまらない。それをどのように活用すれば都市に良い効果があるのか、そしてどうすればデザインの力を拡張していけるのかというところにまで考えを深めているのがポイントだ。
劉氏「デザインは基本的にソフトパワーだと思われており、測るのが難しいと考えられてきました。そこで私たちはできるだけ汎用性の高いモデルをつくるべく、ある程度数字に基づいてそれを測れるようなシステムを設計しています。都市デザイン力の指標になるのは、例えばデザイン関連のエクスポの開催数、そこへの来場者、美術館の数、デザインファームの数などです」
「デザインの力が可視化され、一般の人々がもっとデザインに関心を持つようになれば、それは都市の幸福度やウェルビーイング、経済、そして民主主義にとってもプラスになると私たちは考えています。政府や産業だけではなく、一般の人も対象です。都市デザイン力指標を、そこで暮らす人々が『どんな都市にしていきたいか』を考える機会にできたらいいなと思っています」
劉氏は都市デザイン指標およびそれにまつわる研究の貢献として「デザインの持つ力について理解を促進すること」「デザインの力を促進する要因を特定すること」「政策をつくる人々や市民がデザインの力を認知すること」を挙げている。劉氏がそう語る背景には、デザインの持つ力が存分に認知され、理解されていないのではないかという問題意識があった。
都市をデザインの視点から捉え直す「新しい指標」ができた理由
劉氏「デザインは、絶対に必要なわけではないが、あった方がいい『ラグジュアリー』なものだと思われがちです。台湾でも『デザインいいね!』と思う人は多いのですが、『で、デザインで何をするの?』という使われ方のところまで問われると、イメージできる人は非常に少ないのが現状です」
TDRIでは、以前にイギリスのDesign Council(※デザインを通じてイノベーションと経済成長を促進する非営利組織)を訪れ、ディスカッションをしたことがあったという。イギリスでは、デザイン思考など構造化されたものがある程度社会に浸透してきた段階だ。台湾ではそこからさらに一歩進んで「誰でも簡単に使えるデザインツール」をつくりたいと思ったそうだ。
劉氏「根底にあるのは、すべての人に、自分のまちをより深く知れるようになってほしい、そして自分のまちの物語をよりよく語れるようになってほしいという思いです。そのためには、ビッグデータに基づくエビデンスがまず必要で、さらにはそれをわかりやすく可視化する必要がありました」
しかし、都市と一言で言っても、経済状況からインフラの整備状況、そこに暮らす人々の属性まで状況はさまざまだ。そこで、なるべく色々な都市に対応できるよう、TDRIはインデックスを複数パターン作成したという。
劉氏「都市デザイン力指標には、『都市バージョン』と『地方バージョン』があります。前者は、インフラが整い経済的にかなり成熟しているまちを前提としています。ここでは、デザインが経済的に寄与する場面が多くなります。一方、後者の地方のまちでは、デザインが地域の新たなカルチャーを生み出したり、コミュニティのつながりを深めたりと、より文化的・社会的な側面で力を発揮します。地域の文脈をよりよく反映した指標があることで、人々はまちの物語を理解しやすくなるはずです」
こうした思いのもと、より多くの人々に開かれた「都市デザイン力指標」がブラッシュアップされていった。
台湾政府も重視する「デザインの力」。市民にも理解してもらうには?
現在、TDRIでは、都市デザイン力指標に基づいた「シティマップ」を作成中だ。これは通常の地図に、インテリアデザインやプロダクトデザインに関わる場所、美術館、デザインファームなどの位置を示したものだ。
このシティマップは、台湾政府からの情報(オープンリソース)を使用して作られた。台湾では特にここ10年で政府がデザインの重要性を認識するようになったと張氏は語る。
張氏「台湾政府は、デザインをイノベーションの要、そして物事を進める駆動力として重要視するようになりました。パブリックサービスや政府の戦略にもデザインが活用されるようになり、最近は政府関係者がよくTDRIを訪れて知見を学びにくるほどです」
台湾では政府機関においてデザインへの理解が急速に進んでいるようだ。その背景の一つには、各省庁および自治体において、デザインのバックグラウンドを持った人々が活躍していることがあげられる。
張氏「台湾には、デザインを統括する省庁はありませんが、デザインやデザイン思考はすべての省庁に紐づいています。そのため各省庁が理解を進めるために、それぞれTDRIを訪問しているのです」
「また、デザインのバックグラウンドを持った人が、内務省で政策決定者になっていたり、台湾北部の基隆市の市長になっていたりするなど、デザインと行政が出会う機会は多くあります。色々なステークホルダーと協業する職ほど、デザインのバックグラウンドを持った人が必要だと私も考えていますね。台湾政府は独立した部門で構成されているのですが、もっと機関を超えた横のつながりがつくられるべきであり、かつ政府の対応や決定を迅速に行うために、より素早く動くことができるシステムが必要なのです」
さらに、政府だけでなく、台湾の市民にもデザインの力を認知してもらうためには、どんな取り組みをしているのだろうか。張氏は「イメージしやすい形でサンプルを提示すること」が重要であると語る。
張氏「大きな地図を見せたとしても、それが日常生活に影響のないものであれば、興味を示さない人も多くいるはずです。私たちは『教育』『公共交通』『買いもの』など細かな単位でデザインの力を提示するようにしています。最近は、選挙のデザインや裁判所のデザインにも携わっていますよ」
比較するのではなく、特徴を知るための指標
最後に、今後の都市デザイン力指標の使われ方について、展望を聞いた。デザインの面で自信のない都市にとっては、あえてこの指標を使うことに一定のハードルがあるかもしれない。そうした「デザイン格差」についてはどのように考えればいいのだろうか。劉氏は以下のように語る。
劉氏「指標を使うことで情報がオープンになるので、各都市がどのくらいデザインに自信を持っているかということは、たしかに考慮しなければいけない視点です。一方、都市デザイン力指標は『ランキングをつくりたいわけではない』ということも強調しておきたいと思います。異なる都市は、異なるデザインのバックグラウンドを持っています。そのため、都市の歴史や文脈を無視して簡単に比較することはできません。都市デザイン力指標は比較するよりもむしろ、都市の特徴がどこなのかを知るツールとして使われてほしいなと思っています」
今後は、台湾のすべての都市の参加はもちろん、台湾以外の都市にも積極的に使ってほしいと語る劉氏。あなたのゆかりのあるまちはどんな「デザイン力」を包含しているだろう。都市デザイン力指標がまちの新たな魅力に気付く機会を与えてくれるかもしれない。
編集後記
華やかなまちのネオン、シンプルながら遊びがあるグラフィック、新旧の生活様式を反映した建築……台湾のデザインにはどこか心惹かれるものがある。都市デザイン力指標はそのようなデザインを生み出す実践者を支援し、後押しするものなのかと想像していたが、TDRIが捉える「デザイン」は個人、企業、そして行政まで、かなり広範囲であることに驚いた。
今回の取材で、張氏と劉氏は特に「政府」と「市民」がデザインの重要性を認知する大切さについて語ってくれた。デザインとは、グラフィックや建築など「作品」が成果として残るものだけではなく、社会のシステムであり、私たちの生活そのものなのだ。TDRIはそうしたデザインの根本を捉えた上で、できる限り多くの人々をステークホルダーとして巻き込める仕組みを「都市デザイン力指標」を通じて構築しているように見えた。
【参照サイト】都市のデザイン力を測定する「City Design Index(都市デザイン力指標)」を開発
【参照サイト】Taiwan Design Research Institute Announcing First City Design Index Research in Tokyo, Japan, for World Design Assembly
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