沈みゆくNYの小さな島に誕生した、気候危機のリビング・ラボ

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ニューヨーク市は水に囲まれた島だ。大小さまざまな島が集まり、自然と文明がダイナミックに交わり発展してきた。超高層ビルの摩天楼も、氷河期がつくった頑丈な地盤により実現したものである。

しかし2023年5月、ニューヨーク市が地盤沈下しているという研究結果が学術誌アースフューチャーで発表された。ビル群の重さによる沈下と、氷河期のリバウンドが現在も地盤に影響を及ぼしており、自然と人工的要因が複合し、温暖化による海面上昇を予期せぬかたちで増大させる可能性があるという(※1)

実際に近年、市民は水害に悩まされている。ニューヨーク市は洪水による資産リスクが世界第3位で(※2)、海面上昇は世界的な速度の2倍以上だ。2050年までには最大で約76センチメートル、今世紀末までには約177センチメートル上昇すると予想される(※3)。マンハッタン・ダウンタウン(南端)が浸水する危険性があり、市はデンマークのビャルケ・インゲルス・グループと、オランダのOne Architectureとの共同プロジェクトで、沿岸部に大規模な防波堤を建設している。

このように山積する課題に対処するため、ニューヨーク市長のエリック・アダムス氏が主導して気候危機を専門に扱うリビング・ラボが設立された。マンハッタン南端からフェリーで5分ほどの位置にあるガバナーズ島に設置される予定だ。水害リスクに加えて、2050年までのカーボン・ニュートラル達成に向けた、再生可能エネルギーへの変革を推進する役割も期待されている。構想から20年を要したこの計画には7億ドルが投じられ、The New York Climate Exchange(ニューヨーク気候取引所)と名付けたコンソーシアム(共同事業体)のキャンパスも開校すると発表し、話題を呼んでいる。

完成予定図 

完成予定図 Image via SOM | Miysis

リビング・ラボでは、研究から社会での実践までを担うため、コンソーシアムは異業種で構成される。海洋大気科学とエネルギー研究で有名なニューヨーク州立ストーニーブルック大学を中心に、ワシントン大学やIBM、ボストン・コンサルティング・グループなどが選ばれた。他にも、ハーレム環境活動WE ACTなどのNPO団体、アメリカ自然史博物館を含む地域パートナーなど、30以上の団体が参加する。環境に配慮した次世代エネルギー開発や、海洋を利用したテクノロジーによるグリーン・ブルーテック産業セクターで、10億ドルの経済効果も見込み、最終的に国家モデルをつくることを目指している。

桟橋、公共広場、木造校舎・研究施設の完成予定図 

桟橋、公共広場、木造校舎・研究施設の完成予定図 Image via SOM | Brick Visual

ソーラーパネルと地熱を利用して電力を生産し、ハイブリッド電気フェリーにより、毎年600人の大学生、4,500人の幼稚園から高校生、6,000人の職業訓練生、250人の教員や研究者が集まる場となる。また、年間30社のビジネスも支援。キャンパスは2028年に開校予定で、学生寮、教員寮、大学ホテルも建設される。

リビング・ラボの活動には、NPO団体、起業家、スタートアップ企業を対象とした実証実験の公募もある。島という地形を活用した自由課題と、テーマのある公募が毎年実施される。今年は「Water Abundance(水の豊かさ)」だ。最大5つの受賞者に、1年間の実験場所、1万ドルの賞金、10万ドルの援助金と、技術支援が提供される。

公共の散歩道沿いのオープン・ラボと研究所の完成予定図 

公共の散歩道沿いのオープン・ラボと研究所の完成予定図 Image via SOM | Brick Visual

実はガバナーズ島は複雑な歴史を持っており、元はネイティブ・アメリカンのレナペ族の島、オランダ西インド会社の拠点、イギリス総督邸、アメリカ南北戦争時には南軍兵士の監獄であった。その後、米陸軍駐屯地となり、95年に軍事利用が終了。住宅地にはしないという条件のもと2003年にニューヨーク市に譲渡された。最近のNASAによる研究では、ガバナーズ島は地盤沈下が急速に進む場所であると指摘されている(※4)

市は長らく活用方法を決めかねていたが、その間、海水浄化作用が強力な牡蠣をニューヨーク港に10億個再生するプロジェクトの実施、アーバン・ファーミング(都市農業)、気候変動美術館の開催などが市民により実施されてきた。2010年には海洋科学専門の公立高校が島内に開校した。また、今後は旧陸軍官舎を利用して、文化のハブとしても発展させていくという。

しかし、現在すでに10万人の市民が大雨や高潮による洪水で慢性的に浸水被害を受けており、多くは低地に住む貧困層だ(※5)。気候変動の影響を受けている地域への公平性と気候正義もリビング・ラボの重要なテーマに掲げられており、さまざまな問題にどう対応していくのか、今後の活動が注目される。次世代のためにも、人間同士のより良い絆と社会を作っていってほしい。

※1 The Weight of New York City: Possible Contributions to Subsidence From Anthropogenic Sources
※2 A global ranking of port cities with high exposure to climate extremes
※3 Resiliency FAQ Newsletter #11: Sea Level Rise in New York City
※4 NASA-Led Study Pinpoints Areas of New York City Sinking, Rising
※5 Living in a Neighborhood That Floods, Rain or Shine

【参照サイト】ガバナーズ島公式サイト
【参照サイト】Governors Island to Be Site of $700 Million Climate Campus
【参照サイト】Mayor Adams, Trust for Governors Island, Stony Brook University Unveil Transformational Vision for New, Nation-Leading Climate Research, Jobs Hub on Governors Island
【参照サイト】PlaNYC: Getting Sustainability Done
【参照サイト】Governors Island getting $700 million climate center for green research, Adams announces

Edited by Erika Tomiyama

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