芸術と科学よ、ヒューマニティが必要だ。NY気候美術館「化石燃料の終焉」展

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ニューヨークのNPO団体の人権弁護士として、ミランダ・マッシーは20年を訴訟活動に費やした。そして特定のコミュニティが受ける環境汚染の被害と、原因を加速させている人間の問題意識の低さを目の当たりにした。

2012年のハリケーン・サンディーによる未曽有の自然災害をきっかけに、マッシーは弁護士のキャリアを捨てた。アメリカ初の、環境の美術館を始めることを決意したからだ。

感情こそが問題を解決へ導くと確信し、2014年にNPO法人として「The Climate Museum(気候美術館)」を設立する。恒久的な場所はまだないが、各地で8つの展示、300以上のイベントや教育プログラムを実施し、10万人以上を動員してきた。

その最新展「The End of Fossil Fuel(化石燃料の終焉)」が、ニューヨークのソーホーで2024年4月28日まで開催されている。高級ブランド街の一角で異彩を放ち、会期が延長になるほど話題だ。

化石燃料産業は、住民の政治参加が積極的ではないエリアなど、被害者が出てもリスクが低いと判断した地域を拠点とし、利益を得てきた。そういった犠牲地帯には黒人など有色人種が多く、公害により、住人はがんや呼吸器などの病気で死んでいく。がんのリスクが他の地域に比べて、50倍も高い地域もあるという(※1)。政治と企業の利権は根強く、マッシーはこれを「植民地主義の究極の表現」であると話す。

本展はそのような社会的な不平等から生じる犠牲地帯と、改善を求める動きである環境正義を主要テーマとした展示である。

気候美術館

Photo: Sari Goodfriend

ギャラリー入り口には、「Two Worlds(二つの世界)」というタイトルの世界地図がある。

右側から見た地図と左側から見た地図ではその見え方が変わり、両側から見ると、炭素排出量が多い国(産業革命以降の総排出量)と、気候危機による被害が大きい国(対応能力も含む)が一致しない矛盾に気がつく。アメリカは排出最大国だが、実害は少ない。日本も例外ではない。同美術館の理事であり、NASAゴダード宇宙科学研究所のローゼンツヴァイク博士は、気候危機問題の70%は化石燃料であると指摘する(※2)

その後も、国と地域、集団と個人、科学とアートの視点をシフトさせながら、各地の犠牲地帯の現状を突きつける。例えば1930年代のマンハッタンにおいては、行政は地区の人種構成に基づき環境投資額を決定していた。見捨てられた地区の歴史は、現在の住人の健康にも影を落としている。

気候美術館

Photo: Sari Goodfriend

展示の中心には、絵本「ハーレムの闘う本屋」などで知られるアーティストのR.グレゴリー・クリスティによる壁画「Making Tomorrow(明日をつくる)」がある。壁画は社会の共通の目標を表現する手法だ。モノクロの化石燃料の世界から、自然と一体化した巨人が大きな手で種を蒔く世界へ変容するビジョンは、気候危機はヒューマニティの問題であることを示唆する。

クリスティはマザー・ジョーンズ誌で、「アートはもはや生きていない人々の代弁者であり、表現者である」と語った。そして、これから生まれてくる人間を想い、絵本を描くという。この世界を引き受ける人間へ、どのようなメッセージを残せるのか。クリスティにとってアートはそのような美しく神聖な手段であり、エリートやオークションの世界から、人間に取り戻したいと願っている。

気候美術館

Photo: Sari Goodfriend

ギャラリー内では、化石燃料の歴史、偽の解決策、環境・気候正義など、最新の情報に触れることができる。来場者は、改善策のマニフェストを作るワークショップに参加したり、ステッカーを壁に貼ったり、政治家にはがきを送ることもできる。国内外の誰に送ってもよく、美術館が送料を負担し発送する。

注目すべきは、展示内で紹介されているさまざまな成功例だ。

ニューヨーク州の環境団体連合NY Renewsは行政へ働きかけ、2050年までにニューヨークを化石燃料から完全に脱却させ、州の気候関連予算の40%を環境正義に割り当てる法案を可決させた(※3)。また、先住民の連合NDN Collectiveにより、西洋科学だけでは補えない視点を環境に生かすため、先住民が何千年をかけ土地と触れ合い獲得したTraditional Ecological Knowledge(伝統の生態学的知識)の活用も進められている。この連合は政府からの一部土地の譲渡にも成功し、昔は不可能と思われたことも、今は実現できることを示している。

気候美術館

Photo: Sari Goodfriend

70年代まではソーホーはアートが生まれる街であった。そしてジェントリフィケーションが起こり、今は物買いの街だ。クリスティがアートに望むことは環境問題と似ている。そして自国の負の歴史や困難な問題に向き合うことは、誰にとっても心理的に過酷である。しかし壁画の横に掲示された小説家ジェイムズ・ボールドウィンの言葉が来場者に語りかける。

「If you don’t look at it, you can’t change it. You’ve got to look at it. (直視しなければ変化は起こせない。直視するんだ。)」

優しい巨人がいる世界をイメージしながら。

※1 First slavery, then a chemical plant and cancer deaths: one town’s brutal history
※2 Climate Museum Pops Up in SoHo, Capital of Buying Stuff
※3 Climate Leadership and Community Protection Act (2019)

【参照サイト】The Climate Museum公式サイト
【参照サイト】This new Climate Museum pop-up in NYC aims to replace climate despair with action
【参照サイト】Picturing the End of Fossil Fuels: Inside the First Climate Museum
【関連記事】小さな瞳が捉える気候危機の最前線。先住民族の子どもたちにカメラを渡してみたら?
【関連記事】気候変動を食い止めるカギは女性?ジェンダーと環境問題の深すぎる関係

Edited by Erika Tomiyama

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