私たちは成長し続けなきゃいけないの?資本主義への疑問を歌う音楽アルバム

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年々加速する気候変動や、拡大し続ける格差。この原因が絶え間ない経済成長を目指す資本主義のシステムそのものにあるとし、そこから脱却することでより良い社会を目指そうとするのが、「脱成長論(デ・グロース)」という考え方だ。

脱成長論では、これまでの大量生産・大量消費やGDPの成長に価値を置くのではなく、資本主義が支配する世界の中で疎外されてきたもの──生態系を含めた人間のウェルビーイングや社会的公正など──の価値を再評価・模索していこうとする。現実的ではないと反論する声もあるものの、最近では、世界で最もサステナブルな銀行の一つとして知られる、オランダのTriodos Bank(トリオドス・バンク)が、成長から脱した経済である「ポスト成長経済」を支持するなど、徐々にその必要性が広く認識され始めているように見受けられる。

そんな中、この脱成長論を牽引するイギリスの経済人類学者ジェイソン・ヒッケルの書籍「LESS IS MORE:脱成長はどのように世界を救うか」にインスパイアされたという音楽アルバムが、イギリスのスコットランドを拠点とするレーベルから登場した。

アルバムの名は、「Radical Abundance(過激な豊富さ)」。制作したのはイギリスのシンガー・ソングライター、ヴィクトリア・ヒュームだ。全部で9曲からなるこのアルバムには、「Steady State(定常状態)」「Bad Lover(悪い恋人)」「Oblivious Structures(無自覚な構造)」といった、意味ありげなタイトルの楽曲が収録されている。ヒュームは、書籍「LESS IS MORE」から脱成長の考え方を学び、さらにヒッケルと同じビジョンを持つ4人のアーティストや活動家たちとの対話に基づいて、このアルバムを作成した。

Image via Lost Map:Radical Abundanceのカバーイラスト。イラストを描いたアーティストDaisy Moss(デイジー・モス)も、ヒュームが対話した4人のうちのひとりだ。

「Why should we keep growing?(なぜ、私たちは成長し続けなければいけないのか?)」

独特の雰囲気、そしてゆったりとしたテンポの中でひときわ耳に残るこのフレーズは、2曲目の「Bad Lover」に出てくるものだ。この曲では、「残虐で搾取的、分断的、約束したにもかかわらず大切なものを壊す資本主義やGDPの特徴」が、「虐待的な恋人」になぞらえて歌われている。

一方、4曲目の「Oblivious Structures」は、「菌糸体のネットワーク」について歌った曲だ。菌糸体、それは「『自然の相互依存関係』や『生と死のサイクル』のシンボルであり、同時に『強力な構造(=資本主義経済)があるにもかかわらず、その周りに存在している社会運動とネットワークの特性』をも反映したものだ」と、ヒュームはアルバムの掲載ページで語っている。

ヒュームは、ミュージシャンとしての活動のほか、医療分野の研究者やアートマネジャーとしての顔も持つ。彼女は、人々の「健康」と「ウェルビーイング」について考える中で、何度も「経済」というキーワードにぶつかるようになったという。そして、今の資本主義経済がいかに不健康で、気候変動を促進し、さらにはそれが社会の中で話しにくいものであるかを考えるようになっていった。

「アルバムを作ったのは、より多くの人々に脱成長というアイデアについて話し合ってもらいたいと考えたからです。私たちの(社会)システムとそれが機能していない理由について話し合うときに、経済をもっと中心に持ってくること。特に、気候の崩壊について。(略)これらの曲を聴くことで、曲にインスピレーションを与えた人々の仕事について知るきっかけになれば最高です」 ヴィクトリア・ヒューム

筆者がアルバムを聴いてみて特に印象に残ったのは、例えば曲のバックでたゆたうように流れ続ける軋むような弦楽器の音や、絡まってもがくようなエレキギターの音。今の資本主義経済が、どこかおかしく、それ自体に不調をきたしており、もうすでに壊れかかっている。そんなことを表現しているのではないかと感じた。難解になりがちなトピックだからこそ、頭ではなく心に直接伝わる音楽という表現方法が存在する意味は大きいのかもしれない。

「音楽は歴史の落とし子だ」というも言葉がある。このアルバムもまた、歴史の1ページとして後世に残っていくのだろうか。Radical Abundanceは、2024年1月19日からオンラインで再生、購入可能だ。気になった方は、聴いてみてはいかがだろうか。

【参照サイト】Radical Abundance
【参照サイト】LESS IS MORE
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