公正な脱炭素を。NY大学法学部が「環境正義研究所」を設立

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廃棄物処理施設や工場、電気網。こうした施設は、現在の社会や経済を維持していくために必要である一方、多くの場合、設置された場所に環境問題や大気汚染を引き起こす。今の社会を維持していくためには“誰かが”この負担を追う必要があるが、それがマイノリティの人々に押し付けられている傾向があるという現実をご存じだろうか。

アメリカでは、「人種」がその大きな要素となっているという。実際に、そうした施設は黒人や有色人種のコミュニティの近くに建設されることが多く、周辺地域の環境の荒廃や、そこに住む人々に慢性的な健康被害を引き起こしている。こうした状況は、「環境人種差別(environmental racism)」と呼ばれ、アメリカでは特に、長年問題になっているという。

例えばその具体例のひとつが、ニューヨーク州・シラキュースだ。ここでは、1960年代に黒人の居住エリアを貫通する州間高速道路「Interstate 81」の高架橋が、州と連邦当局により建設された。これにより、元々その土地に住んでいた労働階級の1,300の黒人家庭が転居を余儀なくされ、道路を通るトラックやディーゼル車の排出する汚染物質により隣接地域の環境は荒廃した。

これが引き金となり、土地の価値は急落。さらなる産業開発が加速し、下水処理施設や蒸気製造工場、電力網などが次々と設置されていったのだ。結果的に、この地域の子どもの6人に1人が鉛中毒に苦しみ、喘息をはじめとした呼吸器疾患の罹患率も白人が多い地区に比べて高いという。(※)。そして、こうした状況に直面するのはシラキュースだけではなく、ニューヨーク、また他の州の黒人や有色人種コミュニティも同様なのだ。

この問題に対処するため、2024年の秋からニューヨーク大学法学部に「環境正義研究所(Environmental Justice Laboratory、EJL)」が設立される。研究所の目的は、脱炭素化された社会を「公正に」目指していくため、有色人種や低所得地域に不平等に負担をかけている環境問題に対処できる次世代の法律実務化や学者、臨床家を育成することだ。学生たちはここで、環境正義の分野で最先端の政策アドボカシーや訴訟、研究に従事する機会を得られる。実際に影響を受けているコミュニティの人々とも協力して方向性の策定や運営を行なっていくという。

研究所設立の資金を提供したのは、弁護士のマリー・ナポリ氏とポール・ナポリ氏夫妻だ。2人は、30年にわたり石油や化学物質などによる土地や水の汚染に関する事例に対処してきた。それらを通して、国内の黒人や有色人種コミュニティが特にこうした問題の負担を強いられていることに直面してきた。

工場の排気ガス

Image via Shutterstock

環境人種差別の原因のひとつは、法整備が不十分であることだった。例えば、ニューヨークでは、環境問題や大気汚染を引き起こす可能性のある施設の建設地を決める際、「ニューヨーク州環境品質審査法(New York’s State Environmental Quality Review Act、以下、SEQRA法)」に基づく検証方法を長らく用いてきた。

しかしこの法は、「そうした環境への影響を避けたり軽減したりする方法を検討することを事業者に要求するが、環境人種差別に対処する点では不十分なものであった」とニューヨークの人種正義センターのディレクターで弁護士のLanessa Owens-Chaplin氏がNew York Law Journal誌にて言及している。「これらのコミュニティは、ゾーニングや環境法の緩やかな執行に基づいて、地域で望まれない土地利用の標的にされています」

こうした環境人種差別は、その原因が法のあり方に埋め込まれているため、「システミック・レイシズム(制度化された人種差別)」とも呼ばれる。これを解決しようと法のあり方を見直していく動きが、近年ニューヨークで起こり始めている。

2019年には、州はすべての住民のために排出量を削減することを目指す「気候リーダーシップおよびコミュニティ保護法」を可決。2022年1月にニューヨーク権利章典の第I条19節として規定された「グリーン修正条項」には、「すべての人には、清潔な空気と水、および健全な環境を享受する権利がある」と記載された。また、2022年6月には州議会が先に述べたSEQRA法に修正を加え、事業者から提案された事業や計画に対し、マイノリティのコミュニティに与える影響を考慮することが強く求められるようになった。

秋から設立されるニューヨーク大学の環境正義研究所も、専門的な問題に対処できる人材を育て、こうした動きを加速させていく狙いがあるのだろう。気候変動や環境問題への対処に公平性が求められる今、これは重要な一歩だと言える。

一方で、この問題の根源は、そもそも特定の人々や地域に汚染や廃棄物といった負担を押し付けなければ維持できないという、社会や経済の仕組みにあるのではないだろうか。スケールを広げて考えてみると、グローバルノースの国々がグローバルサウスの国々に廃棄物を押し付け、生産のための工場・農園などを作るために土地を利用しているのも、社会的に不利な立場の人々に負担を押し付けるという意味では、アメリカで起こっている環境人種差別と類似した構造だと言える。そうしたシステムのあり方そのものを、見直していかなければならないのかもしれない。

New York’s Green Amendment: Curbing Environmental Racism

【参照サイト】NYU law center will address ‘environmental racism’
【参照サイト】NYU Law to launch new initiative targeting environmental racism
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