現在、カナダは世界有数の多民族国家として知られている。国の基盤を作ったのは、1867年に初代首相に就任したジョン・A・マクドナルド卿だ。多文化・多民族背景の市民からなるカナダという国を、他に類を見ない規模で作り上げたマクドナルド卿の功績は、大きく称賛されることもある。
一方で、先住民族に対する迫害の歴史も数多く存在する。当時の先住民族に対する同化政策や強制収容などにより、子どもたちを含む多くの人々が虐待や文化的喪失を経験し、コミュニティに深い傷を残した。そしてその後遺症はいまだに残っている。
そんな過去にしっかりと向き合い、その事実を保存しようと立ち上がった取り組みの一つが、オンタリオ州キングストン地区の壮大な敷地内にある首相官邸Bellevue House(ベルビュー・ハウス)の改築だ。
2018年から6年間閉鎖されていたベルビュー・ハウスでは、大規模な修復とリニューアルが行われた。その改修期間において、ベルビュー・ハウスを管轄するParks Canadaは、その場所で初代首相の功績を讃えるだけではなく、多角的な視点を盛り込むことが重要だと考えたのだ。
そして2024年5月18日、ベルビュー・ハウス国立史跡ビジターセンターが再開した。新しい展示の一部として、切妻屋根には大きな壁画が飾られていた。
先住民のグラフィックデザイナー兼アーティスト、クリス・ミッチェルによる「クリエイターの太鼓」と呼ばれるこの壁画。これは、先住民族であるミクマク族の生みの親であるグロオスキャップが、母なる大地の鼓動を表す太鼓を打ち鳴らしながら歌でコミュニティを導く様子を描いたものだ。
「晴れの日」を示す大きな虹と、人々を囲むようにして描かれた2匹のキツネは、人間がすべての創造物と調和して生きていたことを表しているという。この壁画は「歓迎と団結」の象徴だ。
そして、ベルビュー・ハウス内上層階の展示に足を踏み入れると、焦点はカナダの植民地史へと移っていく。各部屋には、先住民、女性など、社会から疎外されたコミュニティの視点が盛り込まれている。この展示を訪れた人々は、「植民地権力」と「特権」というテーマに向き合うこととなる。
カナダの初代首相であるマクドナルド卿は、1880年代から先住民の子どもたちを家族やコミュニティから強制的に引き離し、キリスト教の全寮制の学校に送る政策を始めた。先住民の子どもたちは自分たちの文化を実践することを妨げられ、自分たちの言語を話すことを禁じられただけでなく、精神的、肉体的、性的虐待を受けた。そして、その期間に推定6,000人もの先住民の子どもたちが命を落としたという(※)。
またマクドナルド卿は、1885年に完成した大陸横断鉄道建設に中国人移民を一般労働者よりも低い賃金で酷使したあと、彼らを排除するために「中国人頭目税」という人種差別的な政策を打ち出したことでも知られる。
マクドナルド卿の植民地化政策の内容が明らかになるにつれて、カナダでは彼の銅像が撤去されたほか、マクドナルド卿の名を冠した企業や道路が改名された。それに伴い、ベルビュー・ハウスも、カナダの歴史に欠かせない存在であるマクドナルド卿の歴史的シンボルではありつつも、単にその功績を美化し、植民地主義の歴史を一方的に祝うだけの場所としては継続できなくなったのだ。
ベルビュー・ハウスは現在、自らを「カナダ初代首相の複雑な遺産を探求し、カナダの歴史について語り合う場所」と考えている。リニューアルされたベルビュー・ハウスが複雑な歴史の上に成り立っているように、カナダという国を一つの瞬間、文化、人物で要約することはできない。
ベルビュー・ハウスが行った脱植民地化の取り組みは、負のイメージを「消し去る」のではなく、植民地化の歴史を正面から顧みつつ、先住民や女性など、今まで見過ごされてきた人々の視点でも歴史を捉え直すというものだった。彼らは複数の視点から歴史を語る重要性を、その展示を通して世界中に問いかけたのではないだろうか。
※ Canada: 751 unmarked graves found at residential school
【参照サイト】Parks Canada: Bellevue House renewal
【参照サイト】National Parks Traveler: Decolonizing The Former Home Of Canada’s First Prime Minister
【参照サイト】Glooscap Myth and Folklore Wiki
【参照サイト】Residential Schools
【参照サイト】Canadian Wrongs: The Historical Context of the Chinese Head Tax
【参照サイト】The New York Times: How Thousands of Indigenous Children Vanished in Canada
【参照サイト】Canada: 751 unmarked graves found at residential school
【参照サイト】脱植民地化のためのポータル
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Edited by Megumi