人通りの少ない道で、怪しい服装をした人とすれ違うとき。暗い夜道で、後ろからコツコツと靴音が響いてきたとき。「こっちに向かってきませんように」「つけられていませんように」と願いながら、いつでも助けを求められるようスマートフォンを握りしめたことがある人もいるだろう。
そんな恐怖をより強く、日常的に感じなければならないのが、インドの女性たちだ。
インドでは、公共スペースや公共交通機関の安全が確保されていないことが大きな問題となっている。2012年には、首都ニューデリーで、バスに乗った当時23歳の女子学生を複数人の男がレイプしたのちに殺害する事件が発生。国内外から強い抗議の声が上がったが、同国では今でもレイプ事件が頻発しており、その数は平均1日に86件にも及ぶ(※1)。
こうした状況は、日常生活における女性たちの意思決定にも影響している。経済学者ギリヤ・ボーカーが行った2017年の調査によると、女子学生は、通学時間が短く安全であれば、ランクの低い大学を選ぶことがわかったという(※2)。
女性たちの安全を守るため、現状の改善に取り組んでいるのがインドで生まれた「My Safetipin(マイ・セーフティピン)」というスマートフォンアプリである。このアプリの特徴は、他社の地図アプリのように「最短ルート」や「混雑回避ルート」を提示するのではなく、「目的地まで最も安全にたどり着けるルート」を教えてくれることだ。
ユーザーがMy Safetipinアプリ内で行きたい場所を入力すると、そのスポットの安全性が表示され、危険の少ないルートが表示される。使いたいルートを選択すると画面がGoogleマップに遷移し、目的地までユーザーをナビゲートしてくれるのだ。
このアプリの要は、一般市民による街の安全監査システムにある。アプリのユーザーは、公共空間がどの程度安全に感じられるかを評価し、アプリ上で共有。評価の対象項目は、照明、開放性、視認性、周囲の人の数、警察や警備員の数など9つだ。これらのユーザー評価に基づいて街の安全スコアが算出されている。
また、アプリには、ユーザーが危険を感じた場合、友人やパートナーに自分の位置情報を追跡するようリクエストを送信するトラッキング機能も備わっている。危険な場所にいる場合、長時間停止している場合、選択したルートから外れている場合に、追跡者に通知が届く仕組みとなっている(位置情報に友人やパートナーがアクセスできるのはユーザー自身が招待したときのみ)。
同アプリを提供するSafetipin社では、ユーザーによる安全監査のほかに、車のドライバーのスマートフォンを使用して街の様子を撮影するツールや、公共空間に関する情報を収集・分析するツールなどを活用し、都市の安全性についてのデータベースを構築。必要に応じて蓄積されたデータを政府や企業、NGOなどに提供している。これらのデータは実際に、改善が必要な照明を特定したり、デリー警察がパトロールルートを見直したりするために活用されているという。
しかし、すべての地域において同じようなインフラやサービスが提供されているわけではないこと、男女間のデジタルデバイドが存在することも事実だ。Safetipin社ではこのことも認識しており、スマートフォンを持っていない女性でも安全監査に参加できるよう、グループでデータを収集するよう呼びかけたり、NGOなどと協力し、最も疎外されている人々の声をデータに反映させたりといった工夫を行っているという。
Safetipin社のWEBサイト内のある女性のインタビューでは、 「『Yeh Delhi hai’(ここはデリーよ)』という言葉は、故郷で、しばしば私の行動を制限する言葉でした」
と語られている。「ここはデリーよ」という言葉が、「こんな場所なんだから、あきらめなくちゃ」ではなく、「こんな場所だからこそ、何でもできる」という意味になる日を目指して、私たちは進んでいかなければならない。
※1 Cases Registered under Rape (Section-wise) – 2022
※2 Safety First: Perceived Risk of Street Harassment and Educational Choices of Women∗
【参照サイト】SAFETIPIN
【参照サイト】Safetipin is on a mission to “build a world where everyone can move around without fear, especially women.”(Atlas of the Future)
【参照サイト】インドのレイプ殺人犯が責任転嫁 「まともな女性は夜外出しない」(AFP)
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