小さな芸術を探そう。パリを“歩きたくなる街”にする、ストリートアート「Flash Invaders」

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「flâneur(フラヌール)」という言葉をご存じだろうか。目的もなくただただ歩く人を意味するフランス語であり、日本語では「遊歩者」と訳される。パリでは昔から、歩くこと自体が芸術行為とみなされ、芸術家や詩人の多くが遊歩者として都市の風景を楽しみながらインスピレーションを得ていたという話がある。歩く行為こそが、人々のクリエイティビティを育ててきたのである。この概念について、ヴァルター・ベンヤミンは著書『パサージュ論』の中で、「遊歩者」という存在を生み出したのはパリそのものであると述べている(※1)

この「遊歩者」という言葉が象徴するように、パリはもともとコンパクトで歩きやすい都市であったとも言えるだろう。加えて、パリが世界的に「ウォーカブルシティ」として評価されるようになった背景には、アンヌ・イダルゴ市長による「15分間都市計画」の提唱がある。この計画は、市内のあらゆる必要な場所へ徒歩や自転車で15分以内にアクセスできることを目指したもので、市内のモビリティを大幅に改善し、自動車依存を減らすことに成功した。現在、パリでは歩行者が全体の65%を占めているという事実も、この施策の成功を示している。

こうした都市インフラの整備は、ウォーカブルシティを作り上げる上で欠かせない要素であるが、それだけでは街が人々を引き寄せ、歩きたくなる場所にはならない。パリが特徴的なのは、活気が街の隅々にまで行き渡っている点である。カフェのテラスやマルシェ、路上のアーティストや街中の様々な場所に置かれるベンチでくつろぐ人々──筆者がパリに住んで実感しているのは、この「賑わい」こそが、人々を自然と歩かせる力を持っているということだ。

そして、そんな街の賑わいを生み出すうえで重要な役割を果たしているものの一つに、ストリートアートが挙げられる。パリの街には、数多くのユニークなアーティストが存在しているが、その中でも特に際立つ存在がフランスの匿名アーティスト「インベーダー」である。

インベーダーは、1998年から活動を開始し、1978年のビデオゲーム『スペース・インベーダー』にインスパイアされたピクセル風モザイクアートを制作している。彼の作品は、パリの建物や壁に巧妙に配置されており、都市の風景に溶け込みつつも、目を引くものとなっている。現在、パリには約1,430点、世界中には3,700点以上の作品が点在しており、これらは「small urban viruses(小さな都市ウイルス)」とも呼ばれている。

インベーダーの作品 

インベーダーの作品 Photo by Erika Tomiyama

ユニークな点として「Flash Invaders」というアプリが存在し、彼の作品を見つけて写真を撮り、ポイントを稼ぐことができるようになっている。ポイントはアート作品の大きさや場所、見つけやすさによって異なり、現在では約40万人のプレイヤーがこのアプリを利用しているという事実からも、その人気の高さが窺える。パリの街中で、作品の前に人が集まる光景を目にすることも多い。

Flash Invaders

Image via Flash Invaders

インベーダーのプロジェクトは、アートは博物館やギャラリー、あるいは富裕層の家だけにあるべきではないという信念に基づいている。作品が描かれる場所は、壁や歩道、橋、さらにはエッフェル塔の頂上にまで及ぶ。これにより、人々はこれらのアート作品を見つけるために、街のさまざまな場所を探索するようになる。その過程で、普段とは違った視点で街を楽しむことができ、都市の新たな一面を発見することができるのだ。インベーダーの作品は、街を歩く人々に思わぬ発見を提供し、都市の「賑わい」を一層豊かにする要素となっている。

パリ市は比較的ストリートアートに寛容であり、公共空間の美化や文化的価値の向上を目的として、特定の場所にストリートアートを描くことをアーティストに許可することがある。パリ市のウェブサイトでもストリートアートの魅力が紹介され、市庁舎でも関連展示が行われているほど、広く市民に支持されていることがわかる(※2)

この背景には、「公共空間はみんなのもの」という意識がパリの都市計画に深く根付いていることが挙げられる。ここはアートを楽しむ場であり、誰もが消費を強いられることなく自由に過ごせる空間だ。パリの街はまるで、家の中で人々が集う賑やかなリビングルームのようである。

※1 パサージュ論 岩波文庫
※2 Où voir du street-art à Paris ?

【参照サイト】Invader
【参照サイト】Mystery Paris street artist ‘Invader’ glues up new work to celebrate Olympics and delight fans
【参照サイト】遊歩者・記憶・集団の夢(福岡県立大学人間社会学部紀要)
【関連記事】自称「歩道の外科医」。街をカラフルにする道路補修アーティストEmemem
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画像出典元: Here Now / Shutterstock.com

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