消費者ニーズの変化の中で、プロダクトの販売を前提としたビジネスモデルから、サービスの提供を通じた顧客価値の提供に重きを置くモデルへの転換が進んできました。また、それを後押しするように、サーキュラーエコノミーへ移行する流れも製品や資源の循環を前提とした「所有から利用へ」というパラダイムの変化をもたらしています。
そのような中で、再生可能な素材の活用、PaaS(製品のサービス化)、リペア、リユースのための回収システム構築といったサーキュラーデザイン戦略が注目されています。では、企業はどのように最適なビジネスモデルを選択し、ユーザーにとって価値のあるサービスを設計すればよいのでしょうか。
今回、気候危機に創造力で立ち向かう共創プロジェクト「Climate Creative(クライメイト・クリエイティブ)」では、「そのサーキュラーデザインは誰のため?ユーザー視点から考える循環型ビジネスのあり方」と題し、17回目となるトークイベント・Climate Creative Cafeを開催しました。(過去のイベント一覧はこちら)
本イベントでは、東京大学大学院工学系研究科・特任准教授の木見田康治さんをゲストにお招きし、環境負荷を低減しつつ顧客価値や経済的価値の向上を実現するサーキュラーデザインについて議論しました。本レポートでは、イベント第一部の様子をお伝えします。
登壇者紹介
木見田 康治(東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 特任准教授)
2011年首都大学東京大学院システムデザイン研究科博士課程修了。日本学術振興会 特別研究員(PD),東京理科大学工学部第二部・助教,東京都立大学システムデザイン学部・助教,東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻・特任講師を経て,2024年より現職。主としてCircular Economy,製造業のサービス化(Servitization,Product as a Service,Product-Service Systems),サービス工学,設計工学の研究に従事。サーキュラーエコノミー特化型創業支援プログラム「Circular Startup Tokyo」アカデミック・アドバイザー。
循環が経済価値の源泉となるビジネスモデルを生み出すには?
最初に、メンバーズの倉地さんから、サーキュラーエコノミーにおけるビジネスモデルの分類やその事例について説明がありました。

サーキュラーエコノミーの観点から見たPaaSモデルの分類
「サーキュラーエコノミーは環境性と経済性と両立させる必要があり、このビジネスモデルをいかに上手に作るかがポイントになります。今までは沢山売ることで利益を出していましたが、今までのビジネスのあり方を見直す必要があります。OECDの推奨するサーキュラービジネスモデルの中でも、製品寿命をいかに延ばせるかを考えることが重要です」
オランダの「Homie」は洗濯機を利用した分だけ課金する制度(pay per use)を採用しています。利用者の洗濯データを分析して専用アプリ「Homie App」で最適で持続可能な洗濯方法を提案してくれるという仕組みです。環境負荷を抑えるポイントとなる洗濯回数と洗濯温度によって課金を変動させるというインセンティブを設定することで、利用コストも環境負荷も少ない暮らしの実現に貢献します。
欧州の洗濯回数の平均は1ヶ月あたり13〜14回、洗濯温度の平均は43℃ですが、Homieの利用者の洗濯回数の平均は12回、洗濯温度の平均は38℃と、環境負荷の軽減に繋がっています。また、洗濯機のような大物家電の購入は、その後のライフスタイルの変化を見据えて躊躇することも少なくありませんが、利用した分だけ課金する制度にすることで価格的に手を出しにくい商品も利用しやすくなるというメリットもあります。
沖縄でさとうきびの搾りかす「バガス」をアップサイクルしてかりゆしウェアを展開する「バガスアップサイクル」の事例はユーザビリティと環境性能を両立する好例です。PaaS(Product as a Service)モデルを採用している点も特徴で、製造者が製品の所有権を持ちながら貸し出し、リペアやメンテナンスによってなるべく製品寿命を延ばし、最終的に炭としてさとうきび畑に戻すという循環を作っています。沖縄に行くと記念に着たくなるかりゆしウェアですが、「その場でしか着ないから買わない」となりがちです。そこでPaaSモデルに基づき貸し出し型にすることで、持ち帰りたくない人も顧客として獲得しながら、廃棄物を削減することができます。
「ここまで好事例を紹介しましたが、未だサーキュラーデザインには複数の課題があります。まず、廃棄の出ない工夫を大前提とするサーキュラーエコノミーではインプットからアウトプットまでの一連の流れをデザインすることが求められるため、今まで直接取引をしていなかったサプライヤーの開拓や連携が必要になります。部門間、企業間を超えた新たなビジネスモデルを創り上げることになるため、いち担当者だけで判断できず、責任範囲が不明瞭なことが課題として挙げられます。
また、サーキュラーエコノミーを構築するには決まった一つの方法があるわけではなく、事業や商品、規模などによって選ぶべき戦略やソリューションの組み合わせ方はさまざまです。サーキュラーモデルに従ったプロセスをそのまま戦略として採用できるのか考える必要がありますし、その商品がヒットとして市場が拡大した場合、利用者が多くなったことで環境負荷が下がらないケースもあります」
循環型のビジネスが環境負荷を軽減しながら、顧客の支持を得て、事業として確立するためには何が必要なのでしょうか。この点の解説として、木見田先生の講義に移っていきます。
投入資源量あたりの利益率をいかに高められるか
東京大学の木見田先生より、環境負荷の測定方法を含めて、循環型のビジネスモデルは環境負荷を軽減する方法についてお話しいただきました。
サーキュラーエコノミーを実現する上で重要なのが、経済成長と資源消費を切り離し、利益を追求しながらもビジネスに必要な資源を削減するというリソースデカップリングの考え方です。洗濯機を顧客に販売するのではなく使用回数に応じて課金するというPay per washの事例はリソースデカップリングの考えに基づくものです。
「いくら環境負荷が低くて性能の良い洗濯機があったとしても、『5倍長持ちするので5倍の値段で買ってください』と言って販売しても消費者は買わないでしょう。環境負荷が低く、性能の良い洗濯機を使用回数に応じて課金するしくみに変え、保守や廃棄などのコストは全てメーカーが負担することで利益を追求しながら環境負荷の軽減に貢献できます」
では、どのようにして環境性と経済性を両立させられるのでしょうか。
「環境性を測定するには、製造時の一台あたりのCO2排出量、使用時において10万km走行した時の一人あたりのCO2排出量、廃棄時の一台あたりのCO2排出量を足して測定します。PaaSの場合、一台の自動車をN人でシェアすることになるので、製造時と廃棄時の計算式は一台あたりのCO2排出量をN人で割ることになります」
「この計算方法に基づき、PaaSのビジネスモデルにおけるドレス、ニット・セーター、ジャケットの環境負荷を測定します。ドレスは元々着用回数が少ないため、複数人でシェアするPaaSの方が環境負荷は下がります。ニット・セーターは一年のうち3〜4ヶ月しか着ない上に二年で製品を入れ替える想定をしたため所有するよりも着る回数が増え、環境負荷が上がる想定になりました。
ジャケットは所有する場合は一年に数回クリーニングするのに対し、シェアする場合は返却されるたびにクリーニングに出すため回数が増え、環境負荷が若干上がる想定となりました。対象ユーザーやシェアの方法を変えることでこの結果は変わるので、ドレスは必ず環境負荷が下がる、ニット・セーターは必ず上がる、というわけではありません。どういうビジネスモデルにするかを考えることが重要です」
顧客にとっての価値を理解し、ビジネスモデルをカスタマイズする
次に、家電のサブスクの場合、利益を高めるために必要なことは何でしょうか。
「サブスク用に投入する台数を極限まで少なくすると利益は上がるため、不足した時だけ新製品を投入するとします。そうすると利用者は中古品ばかり利用することになり、会員数や利益が低下していきます。逆に、新品と中古品が常に1:1で回るように投入すると会員数や利益が安定していきます」
では、家電のサブスクにおいて、製品寿命を延ばすとどうなるでしょうか。
「製品を長寿命化すると、新品と中古が1:2くらいの比率で出回る計算になります。中古品は多くなりますが、サブスクを辞めるほどではないという想定結果になりました。ただし、製品寿命をできるだけ延ばせば良いというわけではありません。製品寿命がある年数を超えると製品の保守や廃棄コストが増え、利益は低下する上にCO2排出量は上がります。適切な製品寿命の設定が大切です」
利益を高めることだけでなく、ターゲットとなる顧客を定めることも非常に重要だと話します。
「たとえば、ミシュランはタイヤの適切な保守や交換のサブスクサービスを展開していますが、B2CではなくB2B向けに展開しています。運送会社は重くて危険な物を輸送するほか、万が一輸送中にタイヤがパンクした時に時間の制約があるためです。誰にどのような価値を提供したいのかを考えないと事業として成り立ちません。
また、サブスクサービスを展開する場合、買うよりも安いことがメリットとして挙げられがちですが、支払方法が変わるだけでそこまでメリットがあるわけではありません。利用者は『壊れない、いつでもアクセスできる、いつでも返却できる』という価値にお金を払っています。この価値を享受できる利用者を定めることで、初めて経済性と環境性が実現できます」
ビジネスモデル転換に伴い必要な、組織体制の変化とは?
PaaSを展開できるような組織体制に変えていくことも重要なポイントです。PaaSを展開する時に失敗しがちなのが、モノを作って売るという能力のままにPaaSを展開してしまうことです。売り切り型のビジネスモデルにおいては、性能や一台あたりの価格がセールスポイントなっていましたが、PaaSでは一回の使用や走行に対する価格をセールスしなければなりません。
つまり、ユーザーにとってどのようなメリットがあるのかを適切に伝えられる販売員の育成、その価値を定量化するデータやプレゼンが必要になります。仮にボーナスの体系が販売個数によって変化するのであれば、PaaSを展開する時のインセンティブがないため、評価できる体制に変えていかなければなりません。一部署だけでなく、経営層のコミットも必要です。
サーキュラーデザインと顧客価値の両立はリアリティの高いシナリオ設定から始まる
第二部では、マーケティングの視点の大切さやペルソナ設定の難しさ、私たちの「所有したい」という欲求もある中でシェアリングモデルは人間の幸福度を下げることに繋がらないかなどの議論が交わされました。
「ドレスのシェアリングサービスは絶対に環境負荷を下げる」「ニットやセーターのシェアリングサービスは環境負荷の観点から逆効果だ」と必ずしもなるわけではなく、条件やビジネスモデルによって適切なサーキュラーデザインは都度変わります。
また、環境性能の訴求よりも、まずはビジネスモデルを固めて「ユーザーが自然とその商品やサービスを購入・利用し、結果として環境負荷を下げることに繋がっていた」という形を考えること必要だと木見田さんは話します。従来のビジネスと同じようにユーザーのニーズやペインを深く理解し、循環型だからこそ成しえるユーザー課題の解決を目指すことがポイントとなりそうです。
Climate Creative Cafeでは、気候危機に立ち向かう実践者や専門家をゲストに招き、そしてご参加の皆さんとともに様々な問いやモヤモヤについて対話することで、アクションにつながる新たな気づきや視点を得ることを目指しています。次回のイベントも、ぜひご期待ください!
