「英語がうまくないと、評価されない」アカデミアに根づく“流暢”バイアス

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学校で多くの人が学ぶ外国語も、道路標識に併記される外国語も、駅での外国語のアナウンスも、なぜ英語なのだろうか。世界で多くの人が話す言語なのだから当たり前かもしれないが、それではなぜ英語は国を超えて広く話される共通言語になったのだろうか。

その背景には、17世紀以降、イギリスやアメリカが世界の覇権を握った歴史がある。彼らが拡大した経済圏、または植民地化した土地で強いられた英語教育や、覇権国が英語をベースとして開発したテクノロジーなどが今日まで根付いていることで、英語は世界の共通言語として機能しているようだ。

一見すると、英語が共通言語として存在することによって人の繋がりが生まれ、国際経済が発達するなど、多くの恩恵が生まれているようにも感じられる。しかし同時に、英語が過度に優位な言語として位置付けられることで、英語を第一言語とする人とそうでない人の間で、機会の格差が生じているのも事実だ。

この事実に光を当てた生物学者・天野達也氏の研究をもとに、英語が持つ特権を理解し、言語から社会の権力構造を捉え直してみたい。

「英語が流暢ではないけれど質の高い研究」は世界で評価されるのか

情報収集をしていると、それが国際的な話題であるほど、英語の論文に行き着くことは多くなる。アカデミアにおいて共通言語は主に英語であり、英語の質が高いほど学術誌や国際会議でより正確に自分の意見を伝えやすいとも言えよう。

世界で第一言語として最も話されているのは標準中国語(マンダリンチャイニーズ, 約11.5%)であり、スペイン語(約6%)と英語(約4.7%)が続くが、第一言語にかかわらず最も話されている言語は英語であり、世界で15億2,000万人(約18.2%)が使用しているのだ(※1)。そのため、英語が世界の共通言語であることも妥当に思えるかもしれない。

しかし実は、英語が共通言語とされる社会は、英語を第一言語としない人に対し「仕方がない」では決して済まされない障壁を突きつけると指摘する研究がある。中でも、“流暢な英語”が求められるアカデミアの世界では、第一言語の違いによる差が浮き彫りになっているようだ。

英語が流暢ではない研究者は英語を第一言語とする研究者と比較して、言語の観点から論文が却下される頻度が2.5〜2.6倍高い(※2)。さらに同研究では、同じ比較対象において、英語を第一言語としない研究者は、英語論文の読解に1.91倍、執筆には1.51倍の時間を要し、英語を理由とした論文の改訂要求の頻度は12.5倍、英語での研究発表の準備・練習には1.94倍の時間がかかることも判明している。

この研究を牽引したのは、生物学者の天野達也氏。環境科学における言語の壁をなくすため「translatE project」を立ち上げ、調査や研究を継続的に行っている。同氏は、自身が科学者として英語での研究に苦労してきた中で、英語を第一言語としない研究者の仲間が同じ課題に直面していることに気づき、現在の研究テーマに至ったそうだ(※3)

2023年7月に同研究が公開されると、世界各地から支持の声が集まり、天野氏のXの投稿は118万ビューを超えている(2025年3月現在)。

ここで課題として認識すべき点は、研究者個人の英語力や英語学習の不足ではない。現時点で研究者の言語課題は個人の責任とされやすいが、英語優位の世界的な構造は、個人で乗り越えるには高すぎる壁である。英語が共通言語になることで、全体が得る利益もあるが、それに伴う不利益が一部の個人に課される現状は不公正と言えるだろう。必要なのは、英語力にかかわらず社会に資する課題提起や発見が評価される構造や環境作りなのだ。

残念ながら、現在その壁を越えるための言語サポートは十分とは言えない。736の学術誌を対象とした天野氏の調査によると、英語以外での論文発表を許可している学術誌は7%未満、「英語の基準だけを理由に原稿を却下することはない」と明言したのは2誌のみである一方、研究者に無償の英語メンタープログラムを通じて言語支援を行う学術誌はわずか1%、査読者と編集者に対し英語の質のみに基づいて原稿を評価しないよう指示している学術誌はそれぞれ6%と4%にとどまる(※4)

英語の質を理由とした掲載可否は、学術誌側が「poor, substandard, acceptable, insufficient(貧弱な、標準以下の、許容範囲の、不十分な)」英語の使い方だと主観的に受け取るかどうかが基準になりうる(※5)。学術誌からの言語支援、および学術誌の掲載判断における英語の質に伴う偏見抑止に向けた構造的な改善が求められるのだ。

天野氏は、translatE projectを通じて、研究者および学術界に対して10のアクションを取るよう呼びかけている。

  1. 複数の言語で研究を広める
  2. 複数の言語から得た科学的知識を活用する
  3. 英語以外の言語による科学の認知度を高める
  4. 科学用語を翻訳する
  5. 非ネイティブスピーカーに真のサポートを提供する
  6. 言語スキルと科学的な質を区別する
  7. 科学活動における言語バランスを考慮する
  8. 言語の壁を乗り越える努力を認知する
  9. 非ネイティブスピーカーへの理解を
  10. 既存のリソースと機会を活用する

共通言語が存在することで、私たちは多大な恩恵を受けてきた。ただし、その恩恵が一部に偏った時間的・心理的負担によって成り立つことがないよう、改善すべき構造がまだ数多く存在するのだ。

脱・英語偏重と、多言語化がもたらすこと

このように、学術界には「流暢な英語」という掴みどころのない壁が存在する。世界で意思疎通を図るための言語として英語の有用性は明らかだろう。ただし、英語優位の社会が、英語を第一言語としない人に偏った負荷を強いる構造であってはならない。英語は、相互理解や議論を支えるツールとして有効に使用されるべきだ。

科学が多言語化することは、研究者にとって公正な環境を生むだけではない。これは天野氏が指摘する点で、多様な言語の科学を利用することは生物多様性のデータ源地域の多様化にも繋がる可能性があるという(※6)。多言語化は、研究の視点が英語圏偏重に陥ることの防止にも繋がるのだ。

そして、英語偏重の仕組みは学術界に限らず、日常生活の中にも、私たちの思考の中にも潜んでいるかもしれない。英語が一部の人の壁になるのではなく、異言語の橋渡しとして、人々の学びや交流を豊かにする存在となることを願う。

※1 What is the most spoken language? | Ethnologue Free
※2 論文が却下される頻度は、英語を母語としない研究者のうち英語力が中程度だと38.1%、英語力が低いと35.9%であるのに対し、英語が母語であると14.4%であった。英語能力は国別のEF英語能力指数に基づく|Amano T, Ramírez-Castañeda V, Berdejo-Espinola V, Borokini I, Chowdhury S, Golivets M, et al. (2023) The manifold costs of being a non-native English speaker in science. PLoS Biol 21(7): e3002184.
※3 Breaking language barriers: ‘Not being fluent in English is often viewed as being an inferior scientist’|Nature
※4 Henry Arenas-Castro et al. (2023) Academic publishing requires linguistically inclusive policies
※5 B Nolde-Lopez, et al. (2023) Language Barriers in Organismal Biology: What Can Journals Do Better?, Integrative Organismal Biology, Volume 5, Issue 1, obad003, https://doi.org/10.1093/iob/obad003
※6 Amano T, Berdejo-Espinola V, Christie AP, Willott K, Akasaka M, Báldi A, et al. (2021) Tapping into non-English-language science for the conservation of global biodiversity. PLoS Biol 19(10): e3001296.

【参照サイト】Breaking language barriers: ‘Not being fluent in English is often viewed as being an inferior scientist’|Nature
【参照サイト】translatE project
【参照サイト】Ten tips for overcoming language barriers in science|translatE
【参照サイト】英語の壁を超える責任は、あなた一人で負わなくていい【前編】〜クイーンズランド大学 生物多様性・保全科学センター副所長、天野達也氏インタビュー
【参照サイト】英語の壁を超える責任は、あなた一人で負わなくていい【後編】〜クイーンズランド大学 生物多様性・保全科学センター副所長、天野達也氏インタビュー
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