「もっと成長」を追い求める時代の先にある、地域の豊かさとは何か──気候危機や物価高騰など生活に影響をきたす課題が増え、経済成長が万能薬とは言い難くなりつつある。
この現状に対し、次なる指標として注目されているのが「ドーナツ経済モデル」だ。自然環境を破壊しない範囲の上限(外側の円)のなかで、エネルギーや水、食料、住宅といった健康な生活、ジェンダー平等、政治参加といった社会の基盤となるニーズ(内側の円)を満たした繁栄を目指す考え方を指す。
このモデルを政策へ本格導入した、スウェーデンの小さな町がある。同国南部にある、人口約7,000人のトメリラ市(Tomelilla)だ。現世代だけでなく将来世代の幸福も見据えた開発のためのツール・指標として、2021年からドーナツ経済モデルを取り入れている。暮らしに重きを置く北欧の視点から「人と自然のちょうどよいバランス」を目指すその歩みに、世界が注目している。
政策の大枠は「生活の質プログラム(Quality-of-life program)」と「気候プログラム」。生活の質プログラムでは、住民が現在および将来にわたって、それぞれの意思に基づき生活の質を改善できることを目指す。気候プログラムでは、2045年までに温室効果ガス排出量のネットゼロ達成と、それ以降のカーボンネガティブ達成を目標に、2030年を期限とした7つの中間目標が設定されている。
具体的な施策として、若者の公共交通利用を支援する「ユースカード」の導入によるCO2排出量の削減や、地元生産者の流通効率化と余剰食品の活用を促す「共同配送」などを実施している。中でも注目されるのがドーナツ経済モデルに基づいた学校の建設計画だ。トメリラ市と建築事務所・Wingårdhs、デザインエージェンシー・When!When!が主体となり、提言段階ではカーボンニュートラルな建材や、敷地内で栽培する麻の活用、太陽光発電とバッテリーを活用したオフグリッド発電施設の使用などが検討されている(※)。

トメリラ市における2024年度のドーナツ経済指標別の評価|出典:City portrait of Tomelilla 2024
トメリラ市はこうした取り組みの成果を、社会基盤と生態学的上限、さらにそれぞれを地域(Local)と地球(Global)に区分し、計4つの象限で分析。各象限について、市の目標や国際目標と照らし合わせて、-5から+5のスケールで評価され、年度ごとに報告書を公開している。
英メディア・The Guardianが2025年7月17日に同市について取り上げると、ドーナツ経済モデルの提唱者であるケイト・ラワース氏も反応。自身のSNSで記事を投稿し「これは新たな未来を創造しようとする多くの町や村にとってインスピレーションになるだろう」
とコメントしたことでさらに注目を集めた。
実際に、自治体がドーナツ経済モデルを採用する動きはイギリス・グラスゴーや、スペイン・バルセロナなどから広がり、日本にも及んでいる。例えば、群馬県の「新・群馬県総合計画」では将来世代の幸福を考える指針としてドーナツ経済学が用いられ、計画に基づき策定された「グリーンイノベーション群馬戦略2035」にも反映されている。
トメリラ市の政策推進は、世界的にも先駆的な取り組みだ。今後は、AIによるエネルギー・水使用量の管理や少数民族との協働など、地域計画へのさらなる反映などが予定されている。同市の挑戦と成果に、引き続き注目したい。
【参照サイト】Climate adaptation, preparedness & the doughnut|DEAL
【参照サイト】‘It feels cool to be a cog in change’: how doughnut economics is reshaping a Swedish town|Environment|The Guardian
【参照サイト】City portrait of Tomelilla 2024|Tomelilla Kommun
【参照サイト】City portrait of Tomelilla|Tomelilla Kommun
【参照サイト】Wingårdhs and When!When! develop the school of the future in Tomelilla|Wingårdhs
【参照サイト】Building a future school: A strategy on how to create a learning environment for children based on Doughnut Economics|When!When!
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