ドーナツ経済学を、地域の変革に落とし込む。英国で注目の市民団体「CIVIC SQUARE」

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最近、生活をしていて不便に思ったこと、不快に思ったこと、不条理に思ったことはあっただろうか。そしてあなたはそれに対して声を上げただろうか。

世界中、規模の大小を問わずどんなまちにも問題は存在する。大気汚染、物価・地価の高騰、過密化と過疎化、地域でのマナーの低下、治安の悪化、公共交通機関の混雑。

それらを体験するたびにもちろんストレスは蓄積されていくのだが、私たちのストレスの根源はそれらの問題自体よりも「不快な状況を自分の声で変えることが(おそらくは)できない」という無力感から来ているのかもしれない。不条理な状況を飲み込むことにすっかり慣れてしまった人も多いのではないだろうか。まちの問題は自分の手の届くところからは遠くへ行ってしまい、この「手触り感のない暮らし」はあらゆるところで常態化している。

ヨーロッパではそうした状況を受けて各地域で「小さな改革を始める」運動が起こっている。以前IDEAS FOR GOODで取材した、イギリス・トットネスの「トランジション運動」もその一つだ。

同じくイギリスで、地域のコミュニティ主体でシステムの転換を図る団体が生まれた。それがバーミンガムを拠点とする「CIVIC SQUARE(シビック・スクエア)」だ。誰もが安心して暮らせるまちはどんなところか、気候変動や社会の不平等にいかにして立ち向かうのか。住民の対話のなかから、変革のうねりを生み出す、CIVIC SQUAREのチームに話を聞いた。

CIVIC SQUAREとは?

産業革命時代には「世界の工場」とも称され、いまも美しい運河が残る街・バーミンガム。イギリス中部に位置するこの街のレディエットという地区で、2020年にCIVIC SQUAREが誕生した。CIVIC SQUAREは行政と連携し、自然環境と市民のために公共インフラを改善していくための市民組織であり、住民が自らの街や家の気候対策や改修を行えるよう、設計・所有・運営まで一貫して力を注ぐ。

現在15名のメンバーがCIVIC SQUAREに所属しており、レディエット地区での新しいパブリックスペースの創生、ワークショップやセミナー、近隣住民とのディナー会の開催、大通りでのイベントの開催などを行なっている。彼らがつくるオリジナルのプロジェクトとして代表的なものは下記の3つだ。

1. ドーナツ経済学を使って地域のリソースと未来を再考する

どうすれば自然環境に負荷をかけず、社会的正義を実現し、全員が豊かに繁栄できるのか。その問いを考えるモデルが「ドーナツ経済学」だ。イギリスの経済学者であるケイト・ラワース氏によって生み出されたこの概念は、CIVIC SQUAREが活動する上でも重要な概念になっている。

ドーナツ経済学のモデル。ケイト・ラワース氏の公式サイトより引用

彼らはこのプロジェクトを「Neighbourhood Doughnut(ネイバーフッド・ドーナツ)」と呼んでいる。「生態的に安全で社会的に公正な地域」はバーミンガムでどのように作れるのか。いままでケイト・ラワース氏やDoughnut Economics Action Lab(以下DEAL)の協力のもと、数々のワークショップが行われてきた。

CIVIQ SQUARE

ケイト・ラワース氏がCIVIC SQUAREを訪れている様子|Image via CIVIC SQUARE

そしてCIVIC SQUAREは実際に18ヶ月にわたるプロジェクトの様子を「Neighbourhood Doughnut Workbook」として発行した。その中には、参加者それぞれがドーナツ経済学を理解するまでの過程と、実際にレディエット地区にそれを落とし込む工程が描かれている。さらにCIVIC SQUAREは、ストーリーテリング(※主張に説得力を持たせたり、情報やメッセージを聞き手に印象づけたりする目的で、体験談やエピソード、既存の物語などを利用して伝えること)専門のスタッフを配置しており、「自分たちが向かっていく方向性は従来の資本主義システムの中にあるのか?」という問いのもと「新しい経済」の可能性にまでディスカッションを広げている。

2. 「ネイバーフッド・トレード・スクール」で地域のスキルを民主化する

CIVIC SQUAREが地域の人々の知識をより広い範囲に共有しようと取り組むのが、「Neighbourhood Trade School(ネイバーフッド・トレード・スクール)」だ。これは、地域レベルでの転換に対応するための学びの場であり、自宅や通り、地域全体の気候転換とリフォームを設計、所有、運営するために必要な技術や知識を交換するところだ。

レディエットの地域社会では、自分と他者の能力を使い、困難な時期にお互いの面倒を見るという「共同作業」の機会がある。持続可能な建築技術の実現可能性を危ぶむシステム的な圧力と労働力不足、技術不足にそうした「共同作業」が可能性を発揮するというのだ。

CIVIQ SQUARE

Image via CIVIC SQUARE

「ネイバーフッド・トレード・スクール」は、社会、生態系、経済、気候の転換をリードするために必要なスペース、ツール、リソース、インフラへのアクセスを住民が共同で構築するため、そして長期的には、バーミンガムの中心部での再生公共広場の建設に貢献するために、準備されているものでもある。

3. 地域全体で使う「公共スペース」を構築する

CIVIC SQUAREはいま、住民が自由に使うことができる「公共スペース」を準備中だ。これは現在彼らが地域の行政やデベロッパーとともに取り組む一番大きなプロジェクトでもある。

現在CIVIC SQUAREは貸し倉庫をリノベーションし、住民が集ってイベントをしたり、ふらっと立ち寄ったりできる空間を構築している。その空間で交わされる議論を通じて、地域住民が持っているスキルや地域に存在するリソース(場所や団体など)を可視化することで、地域全体の財産を保存しようとしているのだ。

すべては住民主体の新しいシステムをつくるために。CIVIC SQUAREの現在地を聞く

様々な専門性を持った人々が集い、新しいプロジェクトを打ち立てるCIVIC SQUARE。その内部の人々はどのような想いで活動しているのだろう。それぞれ日本で暮らしたこともあるという、ビンさん、チャーリーさん、シャーロットさんの3名が、質問に率直に答えてくれた。

CIVIQ SQUARE

近隣地域移行の共同リーダーであるチャーリーさん(左)、クリエイティブディレクターであるビンさん(中)、ストーリーテリングのミッションスチュワードであるシャーロットさん(右)

Q. CIVIC SQUAREはどのような組織ですか?またバーミンガムを拠点にしようと思った理由を教えてください。

ビンさん:CIVIC SQUAREはバーミンガムを拠点に、近隣の地域を改革していこうとする組織です。一部のメンバーはロンドンに住んでいたり、アムステルダム拠点の団体とコラボレーションをしていたりもしますが、基本的にはバーミンガム拠点のメンバーが多いです。

いまは新しい公共スペースを作ることに邁進していますが、ワークショップやセミナーを開催したり、地域のディナー会を開催したり、大通りでのイベントを開催したりと、多様な活動をしています。

バーミンガムを拠点にしようと思ったのは……単純にバーミンガムに住むメンバーが多かったからです(笑)意図的にバーミンガムを選んだというよりは、ここで始まるべくして始まったという感覚です。バーミンガムの環境を誇りに思ってもらえるよう、住民の人々と対話を続けています。

Q. CIVIC SQUAREのメンバーはどのような想いで活動しているのでしょうか?活動にかける、何か個人的な経験はありますか?

ビンさん:チームメンバーの中には、労働者階級であったり有色人種であったり、何らかの形で「周縁化された」経験がある人が多くいます。イギリス、そしてバーミンガムの抱える貧困の問題も活動の背景にありますね。

チャーリーさん:イギリスがEUを離脱するなど、ここ最近「分断」を強く感じています。そんな時代に、安心してみんながいられる場所をつくりたいと思ったのがきっかけです。また、変化を起こそうと思うと、「かつては当たり前だと思われていたこと」について、私たちはより批判的に、そして熱心に考える必要があります。抗議活動に、政策変更、ストーリーテリングから言語のパラダイムシフトまで。みんなで一緒に考える場所づくりが重要になってきていると思います。

Q. CIVIC SQUAREは、ドーナツ経済学のフレームを使って地域を変革しているのが印象的です。どのようにしてドーナツ経済学の概念と出会ったのでしょうか?

シャーロットさん:まちづくりにビジョンが欠如していたことがきっかけでした。もともと週に一度住民の人々と話す機会があったのですが、そこでまちのことについても(行政に任せず)話すことにしたんです。そのときに発見し、使い始めたのが、ドーナツ経済学のフレームでした。

ビンさん:ドーナツ経済学というフレームなしには、いままでのCIVIC SQUAREの歩みは考えられないくらいです。でも、私たちはフレームに強くこだわっているわけではなく、あくまでチームの最終目標は「公正で、フェアなまちをつくること」でした。

バーミンガムは街の構造としても「中心地で用を済ませて終わったら郊外に帰っていく」というつくりになっています。それって面白くないですよね。だからまちに複数の線を引き、本当に住民が欲しいと思う場所をつくりたかったのです。

チャーリーさん:バーミンガムはもともと産業都市で、使われていない工場や住宅が問題になっていました。その利活用を考えるにも、ドーナツ経済学は有用でしたね。資本の関心よりも環境に関する関心を優先させたいと思った場合に、その土地を持っている人とまずは話し合う必要がある。そしてさらに他の人にもコンセプトを説明するときに、ドーナツの輪はビジュアルとしても非常にわかりやすいのです。

Q. ドーナツ経済学のフレームを使って、地域に変革を起こしていくプロセスの中で大切にしていることはありますか?

チャーリーさん:大事なのは、「良いからではなく必要だからやること」そして「分散させるプロセス」だと思っています。まちのソフトな変革は往々にして「良いもの」であることが多いです。近所や通りを巻き込んでコミュニケーションを取るのは基本的に「良いこと」ですよね。でも、私たちが焦点を当てているのは、それが「単に素晴らしいだけではなく、絶対に必要なものであるかどうか」ということです。

例えば住宅に関して。イギリスの住宅の品質とエネルギー効率はともに悪く、いま4,000万戸ほどの住宅が「改修する必要がある状態」と言われています。そして建築環境はイギリス国内の炭素排出の40%の原因でもあります。

このように危機が迫った問題を、単に中央集権的な構造の組織化に任せた場合、実際には、変更する必要がある期間内にプロジェクトを完遂させることは(大概)できません。

これに対処する唯一の方法は、問題に関する知識、それに対処するスキル、そして作業を行うためのリソースを選択した組織構造を分散化することです。つまり、私たちが「近隣地域」に注目しているのも、ドーナツ経済学の枠組みを導入しているのも、それが単に良いからではなく、実際に対処する唯一の方法であるためなのです。

Q. なるほど。ただ、日本ではドーナツ経済学の考え方が一般的であるとは言えない状態です。ここでは、そうしたフレームに対する理解度の差が、住民や企業関係者と話すときに障壁になることはありませんか?

チャーリーさん:それはバーミンガムでも、イギリス全体でもそうですよ。ドーナツ経済学を知っている人なんてほとんどいません。だからこそ地域のスケールで始めることが大事です。政策の中に書かれていることではなく、自分の生活圏で実際にどんな変化が起こるかかを想像することができます。実はDEALが発行した本に、CIVIC SQUAREの事例が取り上げられたのですが、それも地域でフェスティバルやディナーやセミナーなど具体的で目に見える変化を起こせたからだと思っています。

シャーロットさん:ワークショップに参加してくれた人はドーナツ経済学のことをよく理解していて、いまどの問題や領域について考えれば良いのかがクリアになって帰っていきます。他の地域でも同様にドーナツ経済学のモデルを取り入れたプロジェクトがあるので、参考にしやすいのも良いところです。

ビンさん:ただ、ドーナツ経済学に関して付け足しておきたいのは、それがとても西洋的な価値観に基づいたフレームワークであるということです。そのフレームを適用する場所によってはまったく異なる着地となる可能性があります。異なる知恵、異なる象徴性が各地にあるということは理解しておく必要があります。

Image via CIVIC SQUARE

Q. CIVIC SQUAREは、「新しい経済」のあり方についても議論していると聞きました。バーミンガムの地域経済も従来の資本主義システムの中にありながら、関係者と率直に議論を交わすことは難しいときもあると思います。オープンな議論のために、何を工夫されていますか?

シャーロットさん:それは非常に難しいですよね。そして現実的な問題だと思います。プロジェクトを進めるときも、視点が違えばよくぶつかることはありますが、立場が1フィート離れたところにいたとしても、同じ北極星を見つめられるように、プロジェクトの目的を随時確認するようにはしています。特に企業は、マニフェストに書いたことを実行したいとか、PRしたいとか、税金を減らしたいとか、色々と事情はあります。それらのモチベーションを探ることも、ときに必要です。

チャーリーさん:私も相手のモチベーションはもちろん意識しますが、自分を偽って売ることはしません。いつも率直に正直に話すようにしています。ドーナツ経済学のモデルを提唱したケイト・ラワースは、当初からドーナツの使われ方についてかなりオープンな姿勢を示していました。新しい経済に関しては「脱成長」の考え方も提唱されるようになりましたが、それも含めより包括的に考えられる枠組みがドーナツ経済学なのです。

大事なのは、できるだけドーナツをスケールダウンさせることです。「イギリスのドーナツを描け」と言われたところで、どんな具体的なことが想像できるでしょうか?アイデアはなかなか浮かんでこないと思います。それをだから、地域という小さな規模でやることが重要なのです。トランジションのプロセスにおいて、主導権はその地に住む住民が握っていくべきだと、私たちは考えています。

編集後記

“The most powerful tool in economics is not money or algebra. It is pencil. Because with a pencil you can redraw the world.”

「経済学における最も力強いツールはお金や数式ではない。それは鉛筆だ。なぜなら、鉛筆を使えば世界を再び描くことができるから。」

これはCIVIC SQUAREがまとめた「Neighbourhood Doughnut Workbook」の冊子の中に記された、ケイト・ラワース氏直筆のメッセージだ。CIVIC SQUAREほど、この言葉を体現している組織は他にないのではないかと思う。

彼らの活動で何より印象的だったのは、「地に足のついたプロジェクトを、大きな地図に位置付けながら」取り組む姿勢だった。彼らが地域の問題を見つめる視点はどこまでも現実的だ。チャーリーさんが語ってくれた「『良い』だけではプロジェクトにならない。本当にいま必要とされているかが鍵」という点は、レディエット地区の住民と同じ目線でコミュニケーションを取り続けるCIVIC SQUAREだからこそ持ちえる視点だろう。

しかし、彼らは「一つ一つの小さな問題を潰していく」タスク処理的な仕事は好まない。それが大きな意味でレディエット地区やバーミンガムという都市にどのような意味を持つのか、あるいはどのような世界でなら生き生きと住民が暮らしていけるのか──そうした「大きな地図」を描くために、対話を続けている。

インタビュー中、ビンさん、チャーリーさん、シャーロットさんの3名はただ質問に回答するだけではなく、筆者の意見にも絶えず真摯に耳を傾けてくれた。その姿勢さえも「世界を再び描く強いツール」なのかもしれないと思わされたのだ。

【参照サイト】CIVIC SQUARE CC
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