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あなたは今の給与を「高い」と感じているだろうか。それとも「低い」と感じているだろうか。
自分の働きの価値を測る指標である給与は、同時に他者との比較を生む鏡でもある。公平さを求めるほど、その輪郭は曖昧になる。だからこそ、私たちは今もなお「公平な給与とは何か」を問い続けているのだろう。
イギリスでは近年、「昇給連動モデル」という仕組みが議論されている。これは、企業の最高報酬と最低報酬の昇給率を連動させ、経営層だけが報酬を伸ばすのではなく、全員の賃金がともに上がるよう設計するという発想だ。
英議会のビジネス・エネルギー・産業戦略委員会は2019年の報告書で、FTSE100企業のCEO報酬が平均約400万ポンドに達し、従業員平均の約3万ポンドと比較して桁違いの差が開いていると指摘した。報告書は、過度なボーナスや複雑な報酬体系が格差を制度的に固定化していると批判し、経営者報酬を従業員の賃金と強く結びつけるべきだと提言している。
同じ流れの中で、「トップの昇給率を最下層の従業員と連動させるべきだ」という草の根の提案も生まれている。この仕組みは、経営者が自らの報酬を上げたければ、まず従業員全体の給与を上げなければならないという構造を生み出す。社内の経済格差を道徳ではなく制度の側から是正しようとする試みである。
一方で、この昇給連動モデルには賛否がある。努力や責任に応じて報われることもまた、公平性を考える上で重要な要素であり、経営の重責を担う者の報酬が高いのは理にかなっているという見方も根強い。問題は、その「努力」や「責任」が誰によって、どのような基準で測られているのかという点にある。
もう一つ、異なる角度から「公平な給与」を問い直す仕組みも存在する。それが「ニーズベース給与」である。これは、社員一人ひとりの生活費や家庭の事情、居住地の物価といった“ニーズ”に基づいて給与を決めるという考え方だ。このシステムでは、同じ職種でも、シングルマザーで子どもを育てている人、親の介護をしながら働く人、都市部で高い家賃を払いながら暮らす人などが、より多くの給与を受け取ることがあり得る。
成果ではなく、生活の現実を基準にする。つまり「同じ仕事をしているから同じ給与」ではなく、「同じように生きていくために必要な給与」を保障するという発想である。資本主義の前提を問い直す、大胆かつ人間的な制度設計といえる。
昇給連動モデルは構造を変えようとし、ニーズベース給与は価値観を変えようとする。いずれも、「公平性とは何か」という問いの核心に迫る試みである。
私たちは長らく、「成果主義」こそがフェアネスを担保する道具だと信じてきた。しかし、成果は常に環境や条件に左右される。家庭の事情で長時間働けない人、健康問題やケアの負担を抱える人、そしてそうした人を支える同僚。彼らの置かれる環境や背負う条件を、果たして「自己責任」と言い切ることができるだろうか。
公平な給与とは、単に「同じことを同じようにする」ことではない。異なる立場や状況を前提に、「共に生きられる仕組み」を整えることにほかならない。昇給連動モデルもニーズベース給与も、その一歩を示している。給与という鏡に映るのは、企業の倫理だけでなく、社会全体の成熟度そのものである。
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