「お金のあり方」を問い直した一年。編集部が選ぶ注目の取材・コラム5選【2025年ハイライト】

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2025年は、「お金」にまつわる社会の前提が大きく揺れた一年だった。

物価上昇や生活インフラの格差、気候危機への投資不足──日々の暮らしの中で、「本当に足りないのはお金なのか、それとも別の価値観なのか」という問いが、これまで以上に切実さを帯びて立ち現れた。

都市を歩いても、ただそこに“いる”ことが難しくなりつつある。座るだけで消費が求められる空間設計、スマートフォンを開けば延々と続く“欲望のリスト”。私たちは知らぬ間に、「稼ぐ・使う・不足する」という思考の網に絡め取られてきた。

こうした息苦しさの背景には、競争や効率を当然視する社会の空気がある。価値を数値化し、「役に立つかどうか」で世界を測る視点が、人間関係やケアのような本来は貨幣になじまない領域まで浸透してしまった。その結果、「社会に不可欠な営みほど、お金がないと言われてしまう」構造が、ますます露わになっている。

だからこそ今年、IDEAS FOR GOOD編集部は特集「幸せなお金のありかたって、なんだろう?」を通じて、この根源的な問いに向き合ってきた。お金というフィルターから世界を見直すことで、社会の見え方が変わる──その感触を、多くの記事が示してくれた。

【特集】幸せなお金のありかたって、なんだろう?今こそ問い直す、暮らしと社会の前提

本記事では、その特集の中から、とりわけ私たちの前提を揺さぶり、新しい経済観や価値観を示した5本の取材・コラムを厳選して紹介する。複雑さを増す時代だからこそ、来年へのヒントは「お金の外側」にこそ潜んでいるのかもしれない。

「お金特集」の中から編集部が選ぶおすすめ記事5本

01. 贈ることから立ち上がる、新しい経済のかたち。西国分寺・クルミドコーヒー

「おひとつどうぞ」と差し出される、殻付きのくるみ。最初の体験が「もらうこと」から始まるカフェ、クルミドコーヒーは、単なる喫茶店ではない。外資コンサルやベンチャーキャピタルで“成長”を追いかけてきた店主・影山知明さんが、西国分寺の地で選び直したのは、「ギブ(与える)から始める」経営と、顔の見える関係を土台にした経済だった。

記事の中で語られるのは、「売上」や「効率」だけでは測れない価値をどう守り、育てていくかという問い。スタッフ一人ひとりの“必殺技”を活かした営業、売上だけでなくお店の「生物量(いのちの総量)」で成長を捉え直そうとする試み、そして利他性を媒介する地域通貨「ぶんじ」。クルミドコーヒーの実践は、「役に立つ人間でいなければ」という圧力に押されがちな私たちに、まったく別の物差しを差し出してくれる。

「もっと稼がなきゃ」「効率よく動かなきゃ」と自分を追い立ててしまうとき、世界のスピードを一段落とし、「与える」ことから始まる経済を想像してみる。その入口として、このインタビューはきっと、静かだけれど確かなヒントをくれるはずだ。

贈るから、始まる。西国分寺・クルミドコーヒーが育む「友愛の経済」

02. 「ケアとしての金融」から公共を育てる。wait, what. が描く、新しい投資

「社会に良いことをしたいのに、資金がついてこない」。そんなジレンマに、金融そのもののデザインを変えることで挑んでいるのが、スイス拠点の投資戦略家トビアス・テメン氏と、彼が率いる wait, what. だ。彼らは金融を「成長のためのエンジン」ではなく、「コミュニティや生態系をケアするためのツール」として捉え直し、その思想を官民連携ファンド「Placemaking Investment Fund」として具体化している。

このファンドが目指すのは、短期的に土地を“回す”開発ではなく、10年、20年単位で「場所そのものの価値」を育てていくことだ。ブラウンフィールドと呼ばれる旧工業地帯を、市民が集い、憩う公共空間へと再生するプロジェクトでは、ROIだけでなく、人々の愛着や参加、信頼といった「文化的リターン」まで投資の成果として捉えようとしている点がユニークだ。

金融危機を経験したトビアス氏が辿り着いたのは、「数字より先に、人が『こうなってほしい』と心から思える未来像を共有することから始める」という作法だった。難しい金融用語に閉じ込められがちなお金の話を、「ケア」「信頼」「公共」という言葉で語り直すこのインタビューは、公共事業やまちづくりにかかわる人はもちろん、「お金の流れ方から社会を変えたい」と感じている人にこそ、じっくり読んでほしい一篇だ。

「ケアとしての金融」をデザインする。wait, what.が仕掛ける、公共を育むお金の新しい使い方

03. 貨幣より「信頼」で回す、もう一つの経済圏。宮古島・かりまた共働組合

沖縄・宮古島の最北端、狩俣集落には、市場経済では価値に換算されにくい“小さな仕事”が今も息づいている。草刈りや高齢者の送迎、祭りの準備──お金では動かせないが、暮らしを支える営みだ。この当たり前の営みを、若い世代の手で「地域の経済」として再構築しようとしているのが、労働者協同組合・かりまた共働組合である。

彼らが掲げるのは、利益の最大化ではなく、「つなぐ心」。住民が出資し、地域に必要な仕事を自ら生み出し、報酬を地域内で循環させる仕組みは、大型資本では拾いきれない価値を確実に掬い上げている。空き家の改修、もずくのブランド化、住民同士の送迎サービス──どれも単なる地域振興ではない。貨幣価値では測れない「必要性」を軸に経済を組み立て直す試みであり、狩俣という集落を「未来へ手渡す」ための実践である。

この記事が魅力的なのは、狩俣の挑戦が、過疎地の取り組みに留まらず、私たちが失いつつある「関係性を基盤とした経済とは何か」という問いを突きつけてくる点にある。効率を優先する社会のなかでこぼれ落ちる価値をどう守り、どう育てるのか。かりまた共働組合の試みは、その問いに対して一つの力強い回答を示している。

貨幣より信頼で地域をつなぐ。宮古島・かりまた共働組合がつくる、もう一つの経済圏

04. 「銀行は誰のためにあるのか」を問い直す。GABVと“価値でつながる金融”

「この融資は、地域の環境にどんな影響を与えるのか」。会議の最初の一言がそこから始まる銀行がある。利益や返済能力だけでなく、「人・地球・持続的利益」というトリプルボトムラインを軸に動く銀行のネットワークが、Global Alliance for Banking on Values(GABV)だ。わずか8人の事務局で世界70行以上をつなぎ、時に競合にもなり得る銀行同士を「価値観」という共通言語で結びつけている。

この記事が描くのは、「銀行は利益のためだけに存在するのか」という根本的な問いに対し、実務レベルで“もう一つの答え”を出そうとする試みである。環境・社会インパクトを軸にした6つの原則、CEO同士が学び合うネットワーク、スコアカードによる自己点検……サステナビリティを“マーケティング”で終わらせず、組織文化として根づかせるための仕組みが、具体的に語られている。

預金者である私たち一人ひとりの選択次第で、お金の流れを変えられるのか。金融危機後に生まれたこのムーブメントは、「銀行の当たり前」を更新する静かな実験でもある。お金を預ける先を選ぶときの基準を、少しだけ揺さぶってくれる記事だ。

「銀行は利益のためだけにあるのか?」世界70行を結ぶGABVの“価値でつながる金融”実験

05. 「もっと早く、大きく」の呪縛を外す。ゼブラ企業がひらく、新しいお金の流れ

サステナブルな事業には共感が集まる一方で、「資金が続かない」という壁が立ちはだかる。その背景には、50年前に確立された「より早く、より多く、自分に返ってくるお金が正しい」という金融観が、いまだに経済の前提として居座っている構造がある。スタートアップ投資の世界標準となっている10年ファンドのロジックも、その延長線上にある。

この前提を問い直し、「課題解決に必要な時間軸に合わせて、お金のほうを変えていく」と宣言しているのが、Zebras and Companyと「ゼブラ企業」というフレームだ。急成長と独占を目指すユニコーンとは対照的に、社会性と経済性の両立、相利共生、長期的な繁栄を重視する企業群を「ゼブラ企業」と名づけ、その実践を支えている。

特徴的なのは、最初から「上場か否か」といった出口を固定せず、事業の歩みや起業家の意思にあわせて資本のあり方を対話で決めていく点。数字だけでなく、システムチェンジの可能性やステークホルダーとの関係性を評価軸に組み込むことで、「時間をかけてしか生まれない価値」に資金が流れ込む道をこじ開けようとしている。

“もっと早く大きな利益を”の呪縛を解くには?ゼブラ企業が築く「課題解決」を支えるお金の形

まとめ

金融とは何か。利益とはどこに宿るのか。価値は誰が測るのか。IDEAS FOR GOODが追ってきた取材の核心には、常にこれらの問いがあった。今年取り上げた事例に共通するのは、お金を“目的”ではなく“関係をつくる媒体”として捉え直す視点だ。

社会課題の複雑さは増し、環境の限界は露わになり、人々の暮らしの足元は揺れ続けている。そんな時代に必要なのは、もっと効率的に回る金融システムではなく、「何を豊かさと呼ぶのか」を問い直す想像力と、その答えを小さく試し続ける実践だろう。

お金を巡る議論は、ときに難解で、ときに避けたくなる。しかし、その流れ方は、地域の風景も、働く人の選択も、未来の環境も左右する。だからこそ、今年の特集で出会った挑戦者たちの言葉は、単なる金融の話以上のものを教えてくれた。

Edited by Megumi

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