フィンランドの差別的ジェスチャー騒動が問う、「極端な意見も内包する」民主主義の葛藤

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2025年12月、フィンランドで一つのSNS投稿が波紋を広げた。

一時はミス・フィンランドに選ばれた女性が、東アジア系の人々を揶揄する差別的なジェスチャーの写真を投稿したのだ。

問題は、それが「個人の不適切な振る舞い」にとどまらなかった点にある。このジェスチャーは、やがて複数の政治家によって模倣され、政治的な意図を帯びた発信として拡散されていった。炎上はSNSの外へと広がり、最終的には首相が謝罪する事態にまで発展する。

世界の多くのマスメディアは、「不適切なジェスチャー」「首相が謝罪した」という事実を中心に報道。しかし、筆者の中にはいくつかの違和感が残った。

第一に、「今回の騒動に、アジア系の人々は本当に関係があったのだろうか」という疑問。第二に、「首相は実際、何に対して謝罪したのだろうか」という疑問。そして第三に、「高度に成熟した民主主義のプロセスを持つとされるフィンランドで、なぜ今、このような事態が起きたのか」という問いである。

これらの問いを一つずつ辿っていくと、今回の出来事が浮かび上がらせたのは、フィンランドが長年選び続けてきた民主主義のかたち──排外的な声をもあえて場の中に留めるという選択が孕む、難しさと危うさだった。

今回の騒動にアジア系の人々は関係があったのだろうか?

まず押さえるべき事実がある。この騒動を、個人の不適切行為から政治の問題へと拡張させたのは、排外的な主張を掲げる「フィン人党」に所属する複数の政治家たちだったという点だ。元ミス・フィンランド(現時点までに称号は剥奪された)による差別的ジェスチャー投稿の後、それを模倣する形でSNSに投稿したのは、同党の国会議員や欧州議会議員だった。

この時点で、出来事は単なる炎上ではなく、政治的な意味を帯び始める。フィン人党は、反移民などの政策を掲げ近年勢力を拡大してきたが、これまでフィンランドの移民議論で中心に置かれてきたのは、難民政策や治安、宗教的摩擦といった文脈で語られる別の属性の集団であることが多く、アジア系の人々が正面から争点化されることは多くなかった。

それにもかかわらず、今回、アジア系の人々を揶揄するジェスチャーが用いられた。それはこの行為が、特定の誰かに向けられたというより、社会の価値観を揺さぶり、対立を煽る社会的な反応を引き起こす象徴として「使われた」ことを意味するだろう。政治的な発信のなかで、揶揄の対象とされた人々は、具体的な人格や生活を持つ存在としてではなく、注目や反応を呼び込むための対象として扱われやすい。

差別的な嘲笑それ自体が許されない行為であることは言うまでもない。その上で、社会において声が可視化されにくい立場にある人々を透明化し、反発や注目を引き出すための象徴として消費した点が、この出来事を民主社会においていっそう看過できないものにした。

首相は何に対して謝罪したのか?

もう一つの大きな疑問は、首相は何に対して謝罪したのか、という点だ。差別的な投稿を行ったのは元ミス・フィンランド本人であり、模倣したのも個々の政治家たちだった。実際に当の本人たちはそれぞれ謝罪に追い込まれている。形式的に見れば、首相が直接関与したわけではないようにも思える。

それでも謝罪に至った背景には、フィン人党が現在、オルポ首相率いる与党連立に参加し、政権の一翼を担っているという構造がある。問題となった政治家たちは、いずれも現政権を構成する与党の一員だったのだ。

その結果、この出来事は「一部の個人の逸脱行為」では済まされず、国家運営に関わる政権全体の姿勢が問われる事態へと変わった。首相が謝ったのは、主に三つの点に対してだと考えられる。

第一に、フィンランド国家が人種差別を容認しているかのように受け取られかねない構図が生まれてしまったこと。第二に、公職者が公共の場で他者を嘲笑する行為を行ったこと。第三に、沈黙することで「これは許される行為だ」という誤解を生みかねなかったこと。

つまりこの謝罪は、場を収めるためのものという以上に、現政権の責任者としての、公共的価値の再線引きだった。実際にオルポ首相が発した「これは私たちが共有してきた価値の範囲を超えている」という言葉は、その一線を、国家として明確に引き直す行為だったと理解できる。

成熟した民主主義が抱える緊張。極端な意見も内包するという選択

では、なぜ高度に成熟した民主主義のプロセスを持つとされるフィンランドで、今回のような事態が起きたのだろうか。その背景には、現在のフィンランド政治が採る「極端な意見も内包する民主主義」の利点と危うさが、同時に露出したという事情がある。

現在のフィンランドでは、排外的な主張を掲げる勢力を政治の外側へ隔離するのではなく、選挙によって得られた支持を無視せず、あえて連立政権という「統治の責任」を共有する枠組みに迎え入れている。実際に2023年以降、フィン人党は連立政権の一角を占め、閣僚ポストを担いながら具体的な政策決定に直接関与している。

ここで重視されているのは、与党が「正しい」とする理念と反するとしても、それを理由に排除することではない。どんなに極端な主張であっても、選挙を通じて一定の支持を得ている以上、議会政治のルールのもとで公的な責任を負わせ、その実効性を国民の前にさらすことだ。これが、フィンランド型の「内包する民主主義」の基本的な発想である。

このモデルのメリットは二つある。第一に、統治の責任を共有させることで、過激なスローガンを「実務」という厳しい制約のある場に直面させることだ。野党という批判者の立場から、政権運営という当事者の立場へ引き出す。現実的な政策立案や他党との妥協を迫られるなかで、主張の非現実性を露呈させ、政治的な勢いを自然と摩耗(中和)させていく。

第二に、特定の勢力を排除することで生じる、「社会の外側へと蓄積される怒り」を肥大化させないことだ。どんなに極端な主張であっても、その背後には現状に不満を持つ一定数の有権者が存在する。彼らを疎外して「聞き入れられない声」とするのではなく、議会の議題として吸い上げ、政治の場に反映する回路を確保できる。不満を無視して社会に致命的な亀裂を作る前に、なんとか対話に載せ続けることで、民主主義の崩壊を食い止めようとしているのだ。

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フィンランドがこうした政治的アプローチを取るのには、繰り返し、不満を抱えた勢力を排除せず、あえて政権や制度の内側に取り込むという判断を重ねてきた歴史がある。たとえば冷戦下の1960〜70年代には西側諸国の民主主義体制にとって脅威となり得た共産党を連立に組み込んだ経験があり、1980年代には、既存の政治エリートに反旗を翻し、激しい抗議の声を上げていた農村の不満を代弁する勢力(現在のフィン人党の源流)を政権に参加させた。いわば、主流派とは鋭く対立する勢力であっても、制度の内側に取り込み、責任のもとで制御していくという発想が、政治の実践として積み重なってきたのだ。

2011年以降のフィン人党の台頭が、無視できない規模に達したことも大きい。リーマンショック後の経済不安、EU財政支援への不公平感、2015年の難民流入。こうした複合的要因の中で、フィン人党は抗議政党から主要政党へと変質した。この段階で主流政党の間には、「排除を続ければ続けるほど、彼らは“聞き入れられない声”の象徴として力を持ち続ける」という認識が広がっていった。

さらに、2015〜17年の政権参加とその直後に起きた党の分裂という、ひとつの政治的な前例がある。政権に入ったフィン人党は支持率を落とし、党内が割れた。ここから主流政党側に残ったのは、「外側に置くことで批判勢力として先鋭化させるよりも、統治の当事者として現実的な課題に向き合わせる方が、結果としてその主張の過激さを抑制しうる」という直観に近い教訓だった。実際、2023年に再び連立に迎え入れる際も、国民連合党(NCP)は“排除”ではなく、政治の当事者として、相応の説明責任と実務の制約を求めるという選択を優先した。

ただし、このモデルは両刃の剣でもある。最大のリスクは、政権に入れた瞬間に「政府与党」という肩書きが、排外・差別的な言説の許容範囲を押し広げてしまうことだ。統治の側に立つことで、社会には「これくらいは許される」という誤解が生まれやすくなる。そして、いったんその空気が広がると、コントロールが追いつかなくなる局面が来る。ここで問われるのは、歯止めをどこで、どう効かせるのかという設計である。

フィンランドがこの歯止めを実際に作動させた例もある。2023年夏、フィン人党出身閣僚の過去言動が問題化し、就任から短期間で閣僚が辞任に追い込まれた。連立内でも、穏健派政党が「このままでは連立に残れない」という姿勢を見せ、内閣崩壊の危機を受けて政府が「人種主義を認めない」旨の方針(反人種主義のための政策パッケージ)を打ち出す展開にもなった。さらに同時期、首都ヘルシンキでは反人種差別デモが起き、政権への圧力が可視化された。

つまり、フィンランドの内包モデルは、決して「穏やかな共存」ではない。市民社会・メディア・連立内部の牽制を含めた複数のブレーキが、軋みを上げながらなんとか均衡を保っている状態なのだ。

この点で、ドイツやフランスとの対比は示唆的である。ドイツでは、主要な政党が過激な排外的勢力である「ドイツのための選択肢(AfD)」に対して「防火壁(Brandmauer)」を掲げ、同党との連立を拒むという政治的合意を維持している。一方フランスでは、「共和国戦線」によって国政レベルでの極端な勢力の政権入りを阻んできたが、外側に置かれ続けた勢力が徐々に存在感を増し、制度そのものを揺さぶるほどの力を持つ局面も生んだ。

ある意見を完全に排除することは、分断そのものを弱めるとは限らない。フィンランドは、分断をあえて「政治の中」に引き受け、制御しようとする道を選んでいる。うまく機能すれば、意見の背景にある課題を議題化できるかもしれない。だが失敗すれば、与党という肩書きが差別を正当化し、社会を混沌とさせるだろう。

それでもフィンランドが向き合おうとしているもの

では、それでもなお、フィンランドはこの選択を通して何を守ろうとしているのだろうか。

第一に、民主主義を「完成した理想」ではなく、「不断に調整される過程」として扱う姿勢である。フィンランドの民主主義は、自らを「完全な」モデルとして語らない。むしろ、失敗や逸脱が起きうることを前提に、その都度、価値の線を引き直す。首相の謝罪、市民による抗議、連立内での緊張、メディアの監視。それらは決して美しい一枚岩ではないが、「何が許され、何が許されないのか」を社会全体で更新し続ける営みでもある。

第二に、誰かを切り捨てることで成り立つ安定ではなく、不満や不安を抱えた人々も含めて政治の場に留めるという、痛みを伴う覚悟だ。この選択は、決して「寛容さ」だけで説明できるものではない。排除によって問題を見えなくするのではなく、見える場所に置き、摩耗させ、制御しようとする、極めて現実的で緊張感のある判断である。だからこそ、このモデルは常に失敗のリスクを孕み、今回のような出来事を引き起こしうる。

それでもフィンランドがこの道を完全に捨てないのは、民主主義が壊れるのは、過激な声が存在するときではなく、それが語られる場を失ったときだという、歴史的な学習があるからだろう。

今回の騒動が示したのは、差別的な行為そのものだけではない。それに対して、沈黙せず、抗議し、線を引き直そうとする力が、社会の中に確かに存在しているという事実だ。首相の謝罪は、すべてを解決する魔法ではない。だがそれは、「これは私たちの価値ではない」という一線を、国家が公に引き直した瞬間でもあった。

その言葉を空文化させないかどうかは、政治だけでなく、市民、メディア、そしてこの社会に関わる一人ひとりに委ねられている。

私たちがここから学べることがあるとすれば、こうした民主主義は決して「やさしい」だけではないという点だ。ここでのやさしさとは、衝突を避けることではない。痛みを伴ってでも対話を続け、間違いが起きたときに立ち止まり、やり直す力を持つことではないだろうか。

そして、連帯とは、完璧な社会を称賛することではない。傷つきやすく、揺らぎながらも、それでも価値を手放さない社会と共に考え、責任を引き受ける姿勢を持つことなのだろう。

【参照サイト】「ミス・フィンランドの差別的ジェスチャーに極右議員が便乗、首相が謝罪」Newsweek Japan、2025年12月
【参照サイト】“Finns Party support falls sharply in new Yle poll” Helsinki Times、2025年
【参照サイト】“Finns Party” Wikipedia (English)、最終更新:2025年参照
【参照サイト】「フィンランド総選挙結果と連立政権の行方」日本貿易振興機構(JETRO)、2023年4月
【参照サイト】“Finns Party scandals spark political crisis in Finland” Yle News(フィンランド公共放送)、2023年夏
【参照サイト】“France’s Republican Front and the far right” The Guardian

Edited by Erika Tomiyama

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