善意では終わらせない。ドルトムントがサステナビリティを「経営の条件」に変えた理由【Sport for Good #6】

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気温上昇が周知の事実となり「地球沸騰化の時代」と叫ばれる現在。もはや、気候変動の影響を一切受けない業界などないだろう。

現状に危機感を抱いている業界のひとつが、スポーツ界だ。身の回りの環境に身体を順応させ、最大のパフォーマンスを引き出そうとするアスリートたちは、気温上昇などの変化を敏感に感じているという。

そんなスポーツ界が、すでに気候変動への対策を世界各地で力強く進めている。IDEAS FOR GOODでは日本でスポーツ界の気候変動対応推進を担ってきたSport For Smileプラネットリーグと連携し、「Sport for Good」と題して世界各地のスポーツ界におけるサステナビリティ推進の動きに迫る特集をお届けしている。

今回の舞台となるのは、欧州サッカーの聖地の一つであるドイツ。同国西部に位置するドルトムントを拠点に活動するのは、黒と黄色のユニフォームでファンたちを魅了するクラブ「ボルシア・ドルトムント(以下、BVB)」だ。

ドルトムントの試合

image via Vitalii Vitleo/ Shutterstock

世界でも屈指の情熱的なファンを持つクラブとして知られるBVB。注目を集めている理由は、ピッチ上の成績だけではない。同クラブは、サステナビリティを経営の中核に位置づけ、サッカーを通じた「持続可能な社会の仕組みづくり」に継続的に取り組んできた。そうした姿勢を体現する取り組みの一つが、BVB主催の「サステナビリティ・カンファレンス2025」だ。同イベントは、2025年11月末、東京ドーム内のJFAサッカー文化創造拠点「blue-ing!」にて開催された。

本イベントには、ブンデスリーガや日本サッカー協会(JFA)なども登壇し、「スポーツ×サステナビリティ」をテーマに、企業や社会の未来について議論が交わされた。IDEAS FOR GOODはこの場で、BVBのコーポレート・レスポンシビリティ責任者であるマリーケ・フィリピ氏に取材する機会を得た。

国や文化を超えて人々を魅了してきたスポーツは、社会にどのような変化をもたらしうるのか。ドイツで広がる「サッカーを通したサステナビリティ」の実践から、より良い未来へのヒントを探っていく。

100年続く「反骨精神」がサステナビリティの土壌になる

1900年代初頭のドイツでは、サッカーは「英国病」や「野蛮な遊び」と呼ばれ、保守的な人々から否定的に受け止められていた。とりわけ、若者の生活や価値観を厳格に統制していたカトリック教会は、サッカーを秩序を乱す不道徳な行為とみなしていたという。そうした空気に抗うかたちで、1909年、18人の若者たちが立ち上がる。彼らが創設したのが、BVBだった。

そんな創設者の一人であるフランツ・ヤコビ氏が、当時重んじていたという「クラブが社会において果たすべき役割」。その精神は、現在にまで受け継がれている。パネルディスカッションのなかで、かつてBVBのCR部門でサステナビリティおよびコミュニケーションを担当していたボリス・ダビドフスキ氏は、「フットボールクラブの価値は、社会的責任をいかに果たしているかで決まる。サステナビリティは、余力があるから取り組むことではない。100年以上の歴史に裏打ちされた、私たちのアイデンティティそのものなのです」と語った。

ボルシア・ドルトムント

サステナビリティは、単なる原則ではなく、クラブの「DNA」。そう語るドルトムントを含め、ドイツのサッカー界が世界をリードしている最大の理由は、その思想を個々のクラブの理念にとどめず、リーグ全体のルールとして実装している点にある。

その象徴が、ドイツ・サッカーリーグ(DFL)が2023-24シーズンから導入したライセンス制度だ。この制度では、すべてのクラブに対して、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する基準の遵守が義務づけられている。基準を満たさない場合には、制裁措置や罰金などが科される可能性がある。サステナビリティは「推奨事項」ではなく、「競技に参加するための条件」として位置づけられているのだ。

サステナビリティは「余裕があればやる活動」ではなく、「健全な経営の前提条件」である──そんな確固たる指針を持つドイツサッカーリーグのなかでも、BVBは特に象徴的な存在だ。世界的なベンチマークとも言える、国際的な非営利機関GSBS(Global Sustainability Benchmark in Sports)の年次レポートでは、2年連続でフォーミュラE(EVの進化と普及を目的に創設された、電気自動車のレース)に次ぐ世界第2位に選出されている。

また、ドイツのプロサッカークラブとして唯一株式を公開しているBVBは、財務情報と同等の透明性でESG指標を開示している。2024年以降は、具体的なKPIを組み込んだ戦略を本格的に運用し、経営判断の指標として活用してきた。BVBのサステナビリティは、理念にとどまらず、数値に基づいた実際のインパクトとして示されているのだ。

テクノロジーと感情を掛け合わせる「共創」の形

では、BVBは具体的にどのようにして、多岐にわたる取り組みを進めてきたのか。その鍵を握るのが、企業との「価値共創」だ。単なるロゴ掲出や広告としてのスポンサーシップにとどまらず、パートナー企業が持つ技術や知見を社会課題の解決に活かしている。

たとえば、BVBの本拠地スタジアム「SIGNAL IDUNA PARK」の屋根には、欧州を代表する再生可能エネルギー企業RWEとのパートナーシップにより、世界最大となるスタジアム屋根上の太陽光発電設備が建設中だ。世界で最も発電能力の高いスタジアムとされており、これによって年間1,700トンのCO2排出量削減が見込まれている。さらに、パートナー企業であるWiloの高効率ポンプを導入し、スタジアム内の水管理の最適化にも取り組んでいる。

そうしたエネルギー消費と水使用量の双方を抑える仕組みの構築に加えて、BVBは観戦時の移動に伴う環境負荷にも踏み込む。試合のチケットに公共交通機関の無料利用券を付与し、サポーターに自家用車ではなく電車やバスの利用を促すことで、スタジアムに集まる8万人以上の観客の移動手段を変え、CO2排出量の削減につなげているのだ。

ドルトムントの鉄道

image via BalkansCat/ Shutterstock

1試合あたりおよそ8万1,000人がスタジアムを訪れる。そのうち熱狂的なファン2万5千人は、立見席で応援する。さらに、従業員の数は1,000人以上。長年、多くの人々の心を揺さぶり、巻き込んできたクラブは、今テクノロジーと企業パートナーとの共創を力に変え、社会的インパクトを生み出しているのだ。

組織を変える「戦う場所を選び、仲間を増やす」仕事術

BVBのサステナビリティは、エネルギーや水といった環境へのアプローチにとどまらない。ドイツの歴史に根深くかかわる人種差別などの人権問題にも熱心に取り組んできた。子どもはもちろん、大人や高齢者に対しても、社会課題を伝える教育活動を行っている。

そうした多岐にわたる活動を次々と展開してきたBVB。2022年よりコーポレート・レスポンシビリティ責任者を務めてきたフィリピ氏は、いかにして組織内で理解を得て、浸透させてきたのだろうか。

フィリピ氏「私の信条は、『Choose your battles(戦う場所を選ぶ)』。サステナビリティに興味がない人を説得することに時間を費やすのではなく、まずは情熱を共有できる仲間を見つけることです。急かさず、一歩ずつ進む。サステナビリティは白黒つけられないグレーな領域が多く、言葉も内容も複雑だからこそ、よく対話をすること、対話を絶やさないことが重要だと考えています」

ドルトムント・メリーケ氏

イベントにて、BVBのサステナビリティの取り組みを語るフィリピ氏

フィリピ氏が大事にしてきたという対話。その姿勢は、組織の内部にとどまらず、BVBのクラブとしての在り方にも貫かれている。たとえば、新たなスポンサーが決まると、サポーターやパートナー企業などのステークホルダーに向けて、意見交換や説明の場を設けてきた。一度切りの発表に留まらず、継続的なコミュニケーションを欠かさないようにしてきたという。

フィリピ氏「サッカークラブには、人々を結びつけ、社会課題について考えさせる大きな影響力があります。これが私たちの『スーパーパワー(偉大な力)』。それを今後はさらに拡大させていきたいのです」

「次世代に生きる価値のある世界、明るい未来を」

なぜ、いちスポーツクラブでありながら、そこまで情熱的に社会のための取り組みを行うのか。取材の最後にそう尋ねると、フィリピ氏からは、こんな答えが返ってきた。

マリーケ・フィリピ氏

フィリピ氏「私は、次世代に明るい未来を残したいだけです。これからを生きる人たちが、生きる価値のある世界、成長できる世界、機会を与えられる世界、広い世界を見られる環境を享受すべきだと思っています。未来を生きる人、そして自然や動物、それらを守っていくことこそが私の信念。そのためにサッカーの力を通して人々を結びつけ、新しい協力関係を築いていきたいと思っています」

あらゆる生命が輝く世界を広げようと動き続けるフィリピ氏とBVB。多くの人がかかわる組織としての難しさを抱えながらも、応援してくれる企業や人々と手を取り合いながら前へと進むその姿の根底には、「より良い未来を見たい」という強い想いが宿っていた。自分自身はどんな世界を見たいのか、どんな世界に生きたいのか──大事にしたい想いに立ち返り、そこからまた歩き始めることで、新たな扉が目の前に開いていくのかもしれない。

SFSプラネットリーグ・ディレクター 梶川三枝氏コメント

理想を掲げるだけでなく、それを着実に実行に移すBVBの真摯な姿勢が反映されたお取組みだと思います。自社の社会的影響力と責任を深く認識し、明確なパーパスに基づいた本質的な活動を継続されている点は、大変素晴らしいと感じます。ファンや地域社会との揺るぎない信頼を築くための礎として、今後の活動展開にも注目です。貴重な来日イベントを機に日本でも自社と向き合い”どうあるべきか”を考える姿勢が根付くとよいと思います。

【関連記事】地球沸騰化の時代、スポーツは何を守るのか。トッテナムが育てる「ケアする組織」【Sport for Good #5】
【参照サイト】ボルシア・ドルトムント公式サイト
【参照サイト】DFL(ドイツ・サッカーリーグ)のサステナビリティ
【参照サイト】GSBS(Global Sustainability Benchmark in Sports)公式ウェブサイト

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