環境と経済、どちらが大切か。そんな質問は、愚問だろうか。
経済は、私たちの生活に不可欠な衣食住をはじめ、雇用や新たな技術を生み出す。一方、環境は、経済活動の基盤となる水や空気、資源、気候といった土台を支えている。生態系の変化や気候変動は、農業・物流・エネルギーなど、経済全体に大きな影響を及ぼすことも事実だ。
だからこそ、「環境と経済の両立」が重要である──そう語る人は多いかもしれない。あるいは、そうした模範解答を準備しておくことが正解のように思われてきた。
だが、「両立」という言葉の裏には、すでに“分断”の前提が潜んでいないだろうか。「環境VS経済」「どちらを優先するか」という問いが成立する背景には、経済と環境が別々のものとして扱われてきた思考の枠組みがある。
経済成長を脅かす“温暖化のコスト”
というのも、こんな環境と経済にまつわる最新研究が話題になっている。もし地球の平均気温が産業革命前より4度上昇した場合、世界のGDPは最大40%減少する可能性があるというのだ。オーストラリアの科学者たちによるこの研究は、従来の経済モデルが気候変動の深刻な影響を過小評価していたことを明らかにした(※)。
たとえば、温暖化によって気温が2度上昇した場合、全世界の1人当たり平均GDPは16%減少し、4度の上昇では40%も減少する可能性があるという試算が出ている。かつては同じ条件で、それぞれ1.4%減、11%減とされていたため、その差はあまりに大きい。この差が生じる原因について、研究を主導したニューサウスウェールズ大学のティモシー・ニール博士は、従来の経済モデルが地域レベルでの気象の変化しか考慮しておらず、干ばつや洪水といった極端な気象事象がグローバルサプライチェーン全体に与える影響を捉えられていなかったと指摘する。
世界経済は相互に連結しているため、気候危機は特定の地域の問題ではなく、全体の経済を揺るがす「システミックリスク」となる。重要なのは、この研究が単に「気温」だけを見るのではなく、干ばつや洪水といった極端気象がサプライチェーンに与える打撃まで考慮したことだ。
対策は“コスト”ではなく“未来への投資”
とはいえ、こんな声も聞こえてきそうだ。「温暖化対策には莫大なコストがかかる。対策を進めることも、経済成長を止める要因になってしまうのではないか?」
だが、それは誤解かもしれない。OECDとUNDPの分析によれば、野心的な気候変動対策は経済成長を阻害するどころか、むしろ促進するという(※2)。
具体的には、気候変動対策を推進すると、長期的には2025年と比較して世界のGDPは、2040年には0.23%成長、2050年には先進国で60%成長が見込まれる。発展途上国に至っては、125%も成長する。短期的にも、10年間で1億7,500万人の人々が貧困から脱却できるとされ、これは消費の活性化にもつながる。
こうした成長は空論ではなく、すでに現場では動き始めている。たとえば中国では、再生可能エネルギー分野への巨額の投資と政策支援によって、2023年には世界の再エネ導入量の約3分の2を占める成長を実現。同年だけで世界のクリーンエネルギー分野では約150万人の新規雇用が創出されたという。
イノベーションと雇用が回る「経済の好循環」
今や世界経済の87%が「ネットゼロ目標」に覆われ、各国・地域・都市・企業が緩和政策を進める中、クリーンエネルギー市場は化石燃料の2倍の投資を集めている。そこからは、イノベーションの加速、新産業の創出、新たな雇用機会の拡大という、経済の新たな好循環が生まれつつある。
気候危機を乗り越えるという試練が、新しい経済の可能性を切り開く契機になっているのだ。歴史的に化石燃料に依存してきた地域においても、適切な移行支援政策があれば、経済構造の再生と新産業創出につながる可能性があるとOECDとUNDPの分析は示している。
さらに、気候目標(NDC)の達成に民間セクターが関与することで、新たな投資機会や技術開発、ビジネスモデルの創出が促進されることも期待されている。
「成長」と「豊かさ」の再定義へ
逆に対策を講じなければ、今世紀中にGDPの三分の一が失われる計算になるという。UNの気候変動担当官であるサイモン・スティエル氏は、気候変動を放置することは「永久不況」を意味すると警告する。相次ぐ自然災害、農業生産の低下、避難民の増加……そのすべてが、社会と経済の基盤を揺るがす。また、極端な気象は、今世紀半ばまでにヨーロッパのGDPを1%削減し、2050年までには年間2.3%縮小させる可能性があるという警告も出ている。
もちろん、GDPの成長だけが、私たちの幸福を測る唯一の尺度ではない。モノの量ではなく、時間や関係性、安心や美しさといった「見えにくい価値」を大切にしようという動きも、世界各地で始まっている。「成長」とは何か。「豊かさ」とは何か。その定義を見直そうとする動きは、経済の周縁ではなく、すでにその中枢から始まりつつある。
いずれにしても言えるのは、環境問題と経済は、もはや切っても切り離せないということだ。「環境のために経済を犠牲にする」のではない。「経済のために環境を犠牲にする」のでもない。環境と経済を別々のものではなく、“一体のもの”として捉え直す。それがこれからのビジネスに、そして社会全体に、より強く求められていくだろう。なぜなら、健全な環境こそが、持続可能な経済の基盤となるからだ。賢明な環境対策こそが、将来の経済成長のエンジンとなる可能性を秘めている。
※1 Reconsidering the macroeconomic damage of severe warming
※2 Tackling climate crisis will increase economic growth, OECD research finds | Climate crisis
【参照サイト】Tackling climate crisis will increase economic growth, OECD research finds
【参照サイト】Average person will be 40% poorer if world warms by 4C, new research shows
【参照サイト】Timothy Neal*, Ben R Newell and Andy Pitman(2025)Reconsidering the macroeconomic damage of severe warming, Environmental Research Letters, Vol. 20, 4.
【参照サイト】New NDCs to deliver climate ambition and action for growth
【参照サイト】Investing in Climate for Growth and Development Key Message.
Edited by Erika Tomiyama