安価で、手軽で、流行の最前線を次々と更新するファストファッション。そのビジネスモデルは、私たちのクローゼットを溢れさせながら、同時に地球環境に深刻な負荷をかけ続けてきた。
この構造的な問題に対し、フランスが世界で初めて国としてメスを入れる法案を可決した。課題は残りつつも、大量消費モデルに終止符を打ち、ファッション業界の未来を変えるための、確かな一歩である。
可決された法案ではまず、毎日数千点の新商品を投入するような極端なビジネスモデルを「ウルトラ・ファストファッション」と定義。該当する企業には、広告の禁止や、製品の環境負荷に関する警告メッセージの表示を義務付ける。さらに、製品ごとに最大10ユーロの環境ペナルティを課し、その財源を持続可能なブランドへの支援金に充てる。環境負荷の高いビジネスが、サステナブルなビジネスを資金的に支えるという、まさにゲームのルールを変える仕組みだ。
この動きは、2024年3月にフランスの国民議会(下院)が「反ファストファッション法」を全会一致で採択したことから始まった。
しかし、法案の成立過程を詳しく見ると、ある種の「ねじれ」が浮かび上がる。なぜなら、規制の矛先は主にSHEINやTemuといった中国発のプラットフォームに向けられ、同じく大量生産を行うZARAやPrimarkといった欧州の巨大ブランドは事実上、対象外となったからだ。
なぜ、このような線引きがなされたのか。法案が国民議会(下院)から上院へ移る過程で、欧州の衣料品業界団体は強力なロビー活動を展開した。彼らの主張は「我々はフランスで雇用を生み、税金を納め、地域経済を支えている。規制の対象にすべきではない」
というもの(※1, ※2)。
結果的に規制対象は「ファストファッション全般」から、より極端なビジネスモデルである「ウルトラ・ファストファッション」へと限定された。これは、環境保護という理想が、自国の経済と雇用を守りたいという現実的な政治判断の前に、その対象範囲を狭められたことを意味する。
ここに、この法案が抱える構造的なジレンマが浮き彫りになる。本当に向き合うべきは、特定の企業のビジネスモデルだけでなく、その背景にある「とにかく安く、早く、新しいものを」と求め続ける消費文化と、それに応えることで成長してきた産業構造全体のはずだ。しかし、その構造にメスを入れることは、経済的な痛みを伴う。だからこそ、今回の規制は対象にするブランドを限定したことで、より複雑で困難な問題から目をそらしたのではないか、という批判が生まれたのである(※3)。
フランスのこの挑戦は、大量消費社会に一石を投じる歴史的な意義を持つ。しかし同時に、その成立過程は「本当に変えるべきものは何か」という問いを私たちに突きつけた。それは特定の企業だろうか。それとも、安さと便利さを手放せない私たち自身の欲望と、その上に成り立つ経済システムそのものだろうか。
※1 Loi fast-fashion : un texte taillé pour épargner la fast-fashion traditionnelle
※2 Loi fast fashion : Primark se défend, «on n’est pas Shein, ni Temu !»
※3 Loi anti-fast-fashion : « Shein et Temu ne sont que la partie émergée de l’iceberg »
【参照サイト】Proposition de loi visant à réduire l’impact environnemental de l’industrie textile
【参照サイト】Le Sénat adopte une loi contre la «fast fashion» visant Shein
【参照サイト】« Fast fashion » : le Sénat adopte une loi pour freiner l’essor de la mode ultra-éphémère
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