本コラムは、2026年4月30日にIDEAS FOR GOODのニュースレターで配信されました。ニュースレター(無料)にご登録いただくと、最新のコラムや特集記事をいち早くご覧いただけます。
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何をするにも「タイパ(タイムパフォーマンス)」が問われる時代になった。短い動画で要点をつかみ、移動中にも情報を仕入れ、できるだけ少ない時間でできるだけ多くのものを得る。こうした工夫は、忙しい毎日を効率的に回していくための、あるいは自分のための時間を生み出し、生きる活力を養うための合理的な戦略でもある。
だがときに、私たちの「今」は、あってないようなものだと感じられることがある。すべての時間が、「何者かになるため」「どこか遠くへ到達するため」の未来への投資のように見えてしまうからだ。
予定のない休日に、落ち着かなくなる。ゆっくり休めるはずなのに、「せっかくの時間を無駄にしているのでは」とそわそわしたり、何かひとつでも意味のあることをしておきたくなったりする。目的もなく、なんとなくやり過ごしていた時期を、あとから「棒に振った」と思ってしまう。
こうした感じ方の背景には、「今」をそれ自体として生きるのではなく、「先の何か」のための投資の時間として見る時間感覚があるのかもしれない。休むのも、楽しむのも、学ぶのも、すべては未来の成果のため。そんなふうに現在がつねに未来へと従属していくと、目の前の時間は、どこか中身の薄いものとなっていく。
この感覚を解く手がかりとして、社会学で語られてきた「コンサマトリー(consummatory)」という概念を見てみよう。これは、主に“今ここでの充足を重視する”“行為それ自体に価値がある”とする見方のことである。
この言葉は、2018年度の東京大学卒業式で、当時の総長・五神真氏の告辞にも登場した。五神氏は、東京大学名誉教授でもある社会学者・見田宗介氏の論考を手がかりに、これからの時代に大切な規準のひとつとして「コンサマトリーであること」を挙げている。告辞ではこれを、「手段的」「道具的」を意味する instrumental(インストゥルメンタル)と対置しながら、現在の活動を未来の目的のための手段としてではなく、活動それ自体を楽しみ、心を躍らせるものとして捉えることだと説明している。さらに、その楽しさは自分一人の閉じた充足ではなく、他者の楽しさをも尊重し、ともに分かち合う感覚へと開かれているべきだと語っていた。

Image via Shutterstock
最近、今ここに存在していると感じられた瞬間があっただろうか。振り返ると、思い浮かぶのは案外、ささやかなできごとばかりだ。
喫茶店で、スマホも本も広げず、手のひらで包んだカップのあたたかみを感じながら、具がたっぷりのったほかほかの分厚いピザトーストをかじって、何も考えずにただ心からぼーっとできたとき。方向音痴で地図アプリが手放せず、いつもなら知らない道を歩くのが怖いのに、時間があるから回り道をしてみよう、と歩き出せたとき。カメラが好きなあの人がどう世界を切り取るのか知りたくて、SNSに投稿するわけでもないのに、一生懸命シャッターを押していたとき。友人や家族と、今となっては何について話していたのかも思い出せないことで、涙が出るほど笑い転げたとき。
そのとき、たしかに今目の前にある「この世界」の中に、自分がいたように思う。何かを成し遂げたわけではない。履歴書を華やかに飾ったり、人事評価に反映されたりするような実績を上げたわけでもない。けれど、そういう瞬間にこそ、「今」は何者かになるための準備期間から、厚みのある「生」の本番になるのではないか。
学びたい、成長したい、まだ見たことのない場所へたどり着きたい。そうして遠くを見据える大切な想いを手放す必要はない。だが、「今」はどこかへ辿り着くための投資の時間でしかないのだろうか。「今」という時間は、回収すべき資源なのだろうか。
最短ルートで何者かになることを求められる時代で、目の前にある今=この一瞬の世界にどっぷり浸かって生きること──それは、現在という時間を空っぽにしないための精一杯で切実な抵抗だ。目の前の「生」を自分の手に取り戻すために、私たちは何度でも、今を生きようとする必要があるのだろう。
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