2026年の鍵を握るのは?適応、AI、ローカル、脱成長──2025年の変化から読み解く

Browse By

本コラムは、2026年1月8日にIDEAS FOR GOODのニュースレター(毎週月曜・木曜配信)で配信されました。ニュースレター(無料)にご登録いただくと、最新のコラムや特集記事をいち早くご覧いただけます。

▶️ニュースレターの詳細・登録はこちらから!

2025年は、サステナビリティをめぐる議論の重心が、たしかに移動した一年だった。新しい理想が次々と掲げられたというより、これまで目標として語られてきたものが、制度や現場へと降りてきた年。そこで初めて、見えにくかった矛盾や格差が輪郭を持ち、言葉として共有され始めた。

年末に収録したポッドキャストでは、こうした動きを「振り返り」として整理した。もっとも、改めて全体を眺めてみると、そこにあったのは過去の総括というより、これから本格的に向き合う問いへの入口だったように思う。

論点は決して軽くない。だが、それは希望が失われたからではない。むしろ、希望を現実にするための議論が、ようやく始まった。その感触を、2025年という一年は私たちに残してくれた。

ここからは編集部として、2026年も引き続き注視していきたいテーマの一部を紹介する。

気候変動は「どう止めるか」から「どう共に生きるか」へ

2025年、気候変動をめぐる議論で大きな転換点となったのは、「適応」という言葉が抽象論の域を出たことだった。猛暑や洪水、水不足。こうした影響は、もはや遠い地域の出来事ではない。都市のあり方や、私たちの日常の設計そのものを問い返している。

日本でも、四季(春夏秋冬)から二季(夏冬)へ移行していると言われるなか、働き方や余暇の過ごし方を見直す動きが広がった。気候変動は、暮らしの前提条件として静かに、しかし確実に入り込んでいる。

同時に浮かび上がってきたのが、「誰が適応できているのか」という問いだ。冷房や防災インフラ、保険や金融へのアクセス。そこに差があることは、以前から知られていた。ただ2025年は、その差が「適応格差(Adaptation Gap)」として、政策や研究の言葉になり始めた点に特徴がある。

さらに、この議論は「居住の権利」へと接続されていく。安全な場所に住み続けられるのは誰なのか。移動を余儀なくされる人々は、どのような選択肢を持てるのか。気候変動を契機に、「住む」という行為の政治性が、これまで以上に正面から問われ始めている。

適応とは、現状を受け入れるための言葉ではない。現実を直視したうえで、すべての人が尊厳をもって生き続けるための、次の設計図を描く行為である。

AIは「効率化の道具」から「判断の前提」へ

AIとサステナビリティの関係も、2025年に明確な段階を越えた。気候予測やエネルギー管理をはじめ、AIはすでに「活用する技術」ではなく、ビジネスや政策判断の前提条件になっている。

一方で、「誰が決めているのかが見えにくい」という違和感も強まった。アルゴリズムが判断を下すとき、その背後にある価値観や前提はどこから来ているのか。この問題意識から語られ始めたのが、アルゴリズムによる統治、いわゆるAlgorithmic Governanceという視点である。

気候データをめぐっては、「誰が、どの立場でデータを扱っているのか」にも注目が集まった。気候変動の影響を最も強く受けているのは、歴史的・経済的に不利な立場に置かれてきた地域であることが多い。それにもかかわらず、そこで収集されたデータが、主にグローバルノースの企業や研究機関によって解析され、意思決定に用いられる構図は今も続いている。

この関係性は、「データの植民地主義(Data Colonialism)」と呼ばれることがある。問題は、データが使われること自体ではない。そこから生まれる知見や利益、さらには「何が重要な課題として定義されるのか」という判断が、当事者不在のまま進んでしまう点にある。

もっとも、状況は一面的に悲観すべきものではない。こうした構造が可視化されたことで、「どのようなAIなら信頼できるのか」「人はどこに関わり続けるべきか」という設計の議論が、ようやく始まったからだ。

「ローカル回帰」にまつわる、新しい包摂のかたち

2025年は、「ローカル」や「コミュニティ」という言葉が、理想論ではなく現実的な選択肢として語られた一年でもあった。地産地消、地域エネルギー、小さな経済圏。グローバルな不安定さを背景に、足元を見直す動きが各地で加速している。

その背後には、サプライチェーンの分断や地政学的緊張といった構造的要因に加え、各国で進んだ内向きの政策判断が、この流れを後押しした側面もある。

ただし同時に、「ローカルは誰のものか」という問いも立ち上がった。移動を繰り返す人、国籍や定住地に縛られない人、いわば帰属なき人々は、その輪の内側に含まれているのだろうか。

ここで注目されているのが、包摂性を前提としたローカルのあり方、包摂的ローカリズム(Inclusive Localism)という考え方である。ローカルを大切にすることと、排除を生まないこと。この二つをどう両立させるのか。簡単な問いではないが、各地で試行錯誤が始まっているという事実自体が、ひとつの希望を示している。

脱成長が、理念ではなく制度の言葉に

脱成長(Degrowth)」という言葉は、これまで誤解されることが多かった。経済の縮小、豊かさの放棄、我慢を強いられる未来。そうしたイメージと結びつけられがちだったからだ。

しかし、この概念が本来問いかけているのは、「成長をやめるべきかどうか」ではない。成長を前提とし続けることが、本当に人や社会の幸福につながっているのか。その一点にある。

2025年、この問いは理念の域を越え、制度や政策の言葉として語られ始めた。特に欧州では、「どれだけ増やすか」ではなく、「どこまでで足りていると考えるのか」を社会全体で定義し直す動きが進んでいる。Sufficiency Policy(十分性政策)と呼ばれるこのアプローチは、エネルギーや住宅、移動といった生活の基盤となる分野で、具体的な議論へと展開されつつある。

十分性とは、不足を受け入れることではない。過剰な生産や消費が生み出してきた環境負荷や不安定さを抑えながら、人が安心して暮らせる水準を、社会として合意し直そうとする試みである。

ここで欠かせないのが、「公正な移行」という視点だ。成長を抑える過程で、負担が特定の人に集中していないか。2025年は、これまで外部化されてきた環境負荷やケア労働、資源採掘の現場を「仕方ない前提」とせず、問い直そうとする動きが広がった一年でもあった。

問いの輪郭が見え始めた一年の、その先へ

こうして振り返ると、2025年は問いの多い一年だった。適応、AI、ローカル、脱成長。いずれも簡単な答えは用意されていない。

ただ、問いが増えたということは、思考の解像度が上がったということでもある。見えなかったものが見え、言葉にならなかった違和感が共有され始めた。その変化そのものを、前進と呼びたい。

希望を安易に語るのではなく、希望が成立する条件を粘り強く掘り下げていく。問いの先にある選択肢を、これからも読者とともに探っていきたい。

【関連記事】『移動と階級』の著者・伊藤将人が語る。リモートワークやジェンダーから見える“移動格差”と、その処方箋
【関連記事】気候危機×AI時代の“Planetary Questions”を紡ぐ。この星をめぐる問いのデザインワークショップ

ニュースレターの無料登録はこちらから

IDEAS FOR GOODでは週に2回(毎週月曜日と木曜日の朝8:00)、ニュースレターを無料で配信。ニュースレター読者限定の情報もお届けしています。

  • RECOMMENDED ARTICLE: 週の人気記事一覧
  • EVENT INFO: 最新のセミナー・イベント情報
  • VOICE FROM EDITOR ROOM: 編集部による限定コラム

編集部による限定コラムの全編をご覧になりたい方はぜひニュースレターにご登録ください。

FacebookX