「途上国から世界に通用するブランドをつくる」。その理念を掲げ、2006年、バングラデシュで160個のジュートバッグをつくることから始まったマザーハウスが、2026年3月に20周年を迎える。1月21日、東京・秋葉原の本店で開催された「20周年アニバーサリープロジェクト発表会」では、代表取締役兼チーフデザイナーの山口絵理子氏と、代表取締役副社長の山崎大祐氏が登壇し、新商品の発表とともに、2029年完成を目指すバングラデシュの新工場「グリーンファクトリー」の構想について語った。
会場で繰り返し語られたのは、「支援」ではなく「ビジネス」という選択の意義だった。
「寄付でいいじゃないか」と言われた時代に
創業当時、「途上国でビジネスをする」と言うと、「なぜ寄付ではだめなのか」と問い返されることもあったという。バングラデシュは当時「アジア最貧国」と呼ばれ、支援の対象として語られることが多かった。
しかしマザーハウスが見ていたのは、貧しさではなく素材と技術の可能性だった。ジュートという麻の素材を使ったバッグづくりから始まり、現在ではネパール、インドネシア、スリランカ、インド、ミャンマーを含む6か国に生産拠点を広げている。
創業の地・バングラデシュの自社工場「マトリゴール(母の家)」では現在約400名が働く。外部委託ではなく、自社工場という形を選んだのは、「対等な関係でなければ良いものはつくれない」という考えからだった。
「発注を止めない」という実践
発表会で代表取締役副社長の山崎大祐氏が繰り返したのは、「継続」の重要性だ。「売れなくなれば発注が止まる。それでは工場の雇用は守れない」

(写真提供:マザーハウス)
社会的な取り組みとして語られることの多いものづくりだが、山崎氏はむしろ経済的な持続性こそが前提になると話す。単発の大口注文ではなく、毎月発注を続け、給与を払い続けること。それが設備投資や人材育成につながり、結果として働く人の生活の安定につながる。
「3年で撤退する企業も多い中、20年という時間が説得力を持った」と、代表取締役兼チーフデザイナーの山口絵理子氏は振り返る。これまでに届けた製品は約100万個。ひとつひとつの商品は小くても、その積み重ねが工場とブランドの関係を支えてきた。
工場を「第二の家」にするという構想
今回の発表会で特に印象的だったのが、2029年完成を目指すバングラデシュの新工場「グリーンファクトリー」構想だ。現在の工場から移転・拡張し、1,000人規模の雇用を想定する。だが、構想の特徴は規模ではない。敷地内には、従業員だけでなく地域住民も利用できる病院や保育施設を併設する計画だという。

(写真提供:マザーハウス)
なぜ工場に病院なのか。バングラデシュでは、地域によって医療機関が十分ではない場所もある。家族の体調不良が、そのまま仕事の不安定さにつながることもある。医療機能を持つことは、従業員の福利厚生というよりも、地域全体の暮らしを支える仕組みづくりに近い。
「単にお金を稼ぐための場所ではなく、行きたくなるような“第二の家”にしたい」。山崎氏はそう語る。山口氏もまた、「工場にルンルンで来てほしい」と話し、働く場の空気を変えたいという思いをにじませた。

(写真提供:マザーハウス)
効率や生産量だけではなく、そこで過ごす時間の質をどう高めるか。グリーンファクトリーは、その問いへの一つの答えとして構想されている。
小さな工夫が示す方向性
同日発表された新商品「Zipzip(ジップジップ)」も、ブランドの姿勢を象徴するプロダクトだ。

ジッパーをいろどる、新発想のジッパーアクセサリー「Zipzip」
バッグのジッパー引き手を覆うレザーチャームという小さなパーツだが、「今持っているバッグを、もっと好きになってもらえないか」という問いから生まれた。これまでに培った高い技術力を活かし、20以上の工程を経て作られる。既存のバッグに取り付けることで印象を変え、使い続けるきっかけをつくる。
大きな仕組みを変えることだけでなく、小さな工夫を積み重ねる。その姿勢は、工場づくりとも通じる。

(写真提供:マザーハウス)
分断のなかで、届けるということ
2025年にはアメリカへのEC展開も開始した。山崎氏は「アメリカにとってアジアはまだ遠い存在だ」と話す。その距離を縮める手段が、プロダクトそのものであるという。宗教や文化が違っても、「家族のために働く」「良いものをつくりたい」という思いは共有できる。商品は、その思いを伝える媒介にもなる。「プロダクトを通じて“こういう国がある”“こういう作り手がいる”というつながりを届ける意味がある」と山崎氏は語る。
発表会では、学校からの依頼や学生からの問い合わせに応じる形で、講演を行っていることも紹介された。全国各地の高校や大学を訪れ、スタッフや店長がそれぞれの言葉で、途上国でのものづくりやブランドの理念について語る。
若い世代の関心の高まりを感じる一方で、多くの企業が「社会的に良い」と発信する時代の流れに対して、山崎氏は慎重な姿勢も示した。「社会的という言葉が広く使われる時代だからこそ、本当にそうなのかを見極める力が必要だ」
関心の広がりと同時に、誤解や表層的な理解も生まれやすい現代において、丁寧に伝え続ける責任の重さがにじむ。
編集後記
発表会の最後、「今後10年で挑戦したいことは何か」と問われた山崎氏は、少し笑いながら、「正直に言うと、ありません」と答えた。経営者としては大胆にも聞こえるその言葉のあとに続いたのは、「大事なのは目標よりも“あり方”だと思っている」という話だった。
10年後の世界を正確に予見することはできない。10年前に今の状況を想像できただろうか、と山崎氏は問いかける。だからこそ、その時々に本当に必要なことをやること。苦しんでいる人の力になれるかどうかを考え続けること。それを大事にしたいという。
異業種からこの業界に入った当初、生産現場や契約形態が「ブラックボックス」になっていることに衝撃を受けた山崎氏。誰がどのような環境で働いているのかが見えにくい構造のなかで、苦しい思いをしている人たちがいる。その現実を前に、「正直なものづくりをしたい」と思ったことが、20年続く実践の出発点だった。
明確な10年計画は示さない。ただし、「届ける数は増やしたい」とも語った。関わる人が幸せである状態を保ちながら、より多くの人に商品を届ける。その両立は簡単ではないが、固定的な未来像よりも、日々の選択を積み重ねる姿勢を選ぶ。20周年という節目に語られたのは、大きな理想の宣言ではなく、「その時々に誠実であること」を続けていくという意思だった。
【参照サイト】マザーハウス 公式サイト
【参照サイト】マザーハウス Zipzip™特設ページ






