【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?サステナ時代の組織の構造を問う

2026.07.22

【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?

私たちが人生の多くの時間を費やす「働く」こと。それは単に生活費を得るための手段であるだけでなく、私たちが社会に変化をもたらしたり他者とつながったりする身近な手段の一つです。しかし今、多くの人々が数字に追われ、規則に縛られ、のなかで、本来のやりがいやパーパスを見失いそうになっています。そうした問題を、組織として、あるいは社会のシステムとして、乗り越えることはできるのでしょうか?本特集では、このモヤモヤを個人の問題として片付けるのではなく、組織、ひいては社会のシステムを規定する「ガバナンス」というレンズを通して見つめ直します。

「社会をよくする仕事」をしているはずなのに、なぜか心がすり減っていく。気候変動という地球規模の課題に向き合う企業で働きながら、短期の売上目標に追われる。ウェルビーイングを掲げる組織で、誰かのケアや雑談の時間が評価されない。パーパスを掲げる会社で社員は不透明な評価に悩んでいる。

気づけば、私たちの毎日は売上・生産性・効率といった数字で測れる価値に囲まれ、それらを達成することが「働く」ことと切り離せなくなっている。目の前のKPIを達成することに追われ、心がすり減っていく──「働くこと」をめぐるモヤモヤや違和感を、私たちは「自分の力不足だから」「結局は儲からないと意味がないから」と、現実を抗えないものとして飲み込みがちだ。

こうした矛盾は、本当に「スキル」や「お金にならないこと」だけが原因なのだろうか。それとも、私たちの「働く」を支える組織の構造そのものに、何か見落とされているものがあるのだろうか。

私たちが時に感じる「働く」ことへの息苦しさの背景には、個人の問題を越えた、組織、ひいては社会の意思決定の仕組み、すなわち「ガバナンスの構造」そのものの問題があるかもしれない。

本特集では、企業や組織の「ガバナンス」というレンズを通して、私たちの「働く」を見つめ直す。言葉の綾や表層の制度改革ではなく、組織の存在意義や一人ひとりの生き方、それらを仕組みに落とす意思決定や給与のあり方まで、多様な角度から私たちの「働く」を形作る土台を問い直していく。

社会をよくする仕事が、働く人を疲弊させる「組織構造」の問題

職く現場では「測定可能な数字」が求められる一方、世の中では、サステナビリティやウェルビーイングを重視せよと号令がかかる。しかし、その人々の共感を集めるそれらの概念は、日常で「いま自然環境を改善できているぞ」「最近職場でのウェルビーイングが上がったな」と実感するにはなかなか至らない。

現代の働き方を形作っている組織体制は、本当に社会課題や気候変動を解決することができるのだろうか。「数字の達成」と「社会課題の解決」という要請のあいだで、働く人がもがいている。この板挟みを生み出しているのは、私たちが日々従っている、組織の“見えない力学”かもしれない。

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効率や利益を優先する組織のあり方は、ある日突然生まれたわけではない。そこには、現在の企業の意思決定を形づくる「コーポレート・ガバナンス(企業統治)」の強力なルールが存在している。

歴史を少し紐解いてみよう。1970〜80年代にかけて、「企業の唯一の社会的責任は、ルールの中で利益を最大化すること(株主価値の最大化)である」という思想が普及した。いわゆる株主資本主義(株主至上主義)である(※1, 2)

それ以来「ガバナンス」という言葉は、「方針やルールなどを定め、それらを組織内に行き渡らせて実行し組織をまとめること」という意味(※3)から、「株主の利益を損なわないよう、経営者や従業員を監視・コントロールする仕組み」という理解へと傾いていった。

このルールのもとでは、働く従業員も、原材料を提供する取引先も、工場が位置する地域社会も、「企業価値を高めるためのリソース」または「削減すべきコスト」として位置づけられやすくなる。私たちが職場で感じるいくつかの違和感の根源は、このガバナンスの基本構造にあるのかもしれない。

サステナビリティは、組織変革の土台さえも生み出せるか

近年は、気候危機や人権問題への関心の高まりを受け「サステナブル経営」「パーパス経営」「気候変動・生物多様性に向けたアクション」を掲げる企業が急速に増えている。しかし、どれほど美しいビジョンを掲げても、短期的な利益追求を前提としたガバナンス構造のままでは限界にぶつかってしまう。

例えば、環境に優しい高価な素材を採用しようとしても、競合に価格競争で負け、今期の利益が下がれば株主から責任を追及される。結果として、実態がないのに環境に配慮しているように見せるグリーンウォッシュや、具体的な行動の伴わないパーパス経営が横行することになる。

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これは企業(しばしば経営者)の倫理観のなさだけに起因するのではない。市場や金融のシステム自体が、短期的な利益を求めるガバナンスで動いているため、長期的な「地球や社会へのケア」が経済合理性と衝突しているのだ。それなのに、現代において従来型から脱却する新たな組織の形は見つけにくい。

社会に必要な営みを守りながら、どうすれば企業はミッションやパーパス、サステナビリティを「体現する形で」生き残れるのか。それは、利益至上という強固なルールを維持したまま、社会貢献を後載せするだけでは解決しない。ガバナンスそのものの設計図を書き換える必要がある。

パーパスという光と影。納得感なき「やりがい」の境界線

組織が抱える構造的なジレンマは、働く一人ひとりの心にも影響をもたらす。

「社会を良くする」という輝かしいパーパスを掲げる企業で、現場の従業員が十分ではない賃金や長時間労働、あるいは不透明な人事評価に悩むケースは少なくない。企業の語るビジョンが大きければ大きいほど、日々の泥臭い業務をこなす現場の実感とのギャップは広がり、やがて冷めた諦めを生み出していく。

どんなに事業内容や企業ビジョンに賛同していても、自分の仕事のプロセスや存在そのものが、組織から適切に認められ、フェアに扱われている「納得感」や「実感」が欠けてしまえば、社会的に意義のある事業を支える人材は減るだろう。

本来、働くことは自らのパーパスと社会をつなぐ歓びであるはずだ。それがいつしか、組織の都合の良いスローガンに回収され、個人の善意が消費されてしまう。この構造に違和感を抱くことは、私たちが「自分の尊厳」を守るための、きわめて自然で誠実な反応なのではないだろうか。

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組織を「選ぶ・変える・創る」。関係性をフラットに紡ぎ直す試み

では、私たちはこのアンバランスな現状に、どう向き合っていけるだろうか。

実はすでに国内外で、小手先のスローガンや福利厚生の変更に留まらず、組織の「骨組み」そのものを変革しようとする、新しいガバナンスの実践が始まっている。

働く人々自らが出資・経営し、民主的に意思決定を行う労働者協同組合(ワーカーズ・コレクティブ)や企業組合、中央集権的なリーダーを置かない自律分散型組織などはその先例だろう。

さらに、株式会社であっても従来とは異なる利益構造の構築や、企業活動に“上限”を設けることによって本質的な課題解決を目指すなど、既存の枠組みの中でも最大限の変化を生み出そうと試行錯誤する人々がいる。非営利株式会社やスチュワードシップ企業、ユニークなルールを設計する中小企業など、多彩な組織の形が生まれているのだ。

一つの組織形態、一つの給与形態、一つの認証……何かが「唯一の」正解のガバナンスとして選ばれることはない。それぞれの光る要素を取り入れて検証し、取捨選択し、実践者の苦悩からも学ぶことで、組織のビジョンの実現やそれぞれの心地よい生き方に必要な仕組みを見つけていくことができるはずだ。

明日、どの社会に向けて一歩を踏み出すか。私たちの選択がルールになる

私たちが明日、どのような組織に、自分の時間と労働力を共有するのか。どのような社会インパクトや評価制度に合意し、どんな色をまとったお金を受け取るのか。あるいは、自らの意思でその関係性を解消し、新しい場を創り出すのか。

そうした「働く」の一つひとつの選択の蓄積が、実はこの社会のルールを編み直し、秩序を形作っていく静かな一票になっているのかもしれない。

それは、働くことを、受動的な労働として諦めず、自分たちの望む社会のあり方を体現するための「主体的な関わり」へと捉え直すことでもあるのだ。

この特集を通じて、私たちは様々な限界に立ち向かうサステナ企業の生存戦略を追い、個人の生きがいを支えるフェアな評価の仕組みを探り、オルタナティブな組織のガバナンスの実践者たちに会いに行く。ガバナンスが志を押し潰してしまうのではなく、ガバナンスが志を支えるような「働く」の未来を探してみよう。

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※1 【3分解説】いまさら聞けない、株主資本主義の功と罪|NewsPicks
※2 経営の新視点(1) 株主資本主義からの転換|三菱UFJリサーチ&コンサルティング
※3 第4回 ガバナンス|三省堂 辞書ウェブ編集部による ことばの壺

Writtern by Natsuki

この記事を書いたライター

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