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生物多様性はなぜ必要?その重要性と世界の動向、私たちにできること

鳥のパフィン
近年、環境問題の分野では、気候変動とともに生物多様性への関心が高まっており、両者に同時に取り組むべきとの認識が急速に高まっている。2022年11月上旬から中旬にかけて開催されたCOP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)では、自然保護・再生の緊急性が改めて強調され、地球温暖化を1.5℃に抑えるためには生物多様性の保全が必要不可欠であることが再確認された。

しかし、絶滅する動植物が少ないほど良いということは何となく分かっていても、生物多様性が私たちの生活にどのように関係しているのかは、よく知られていない。そして、生物多様性の喪失は地球環境にどのような影響を与えるのだろうか。

本稿では、そうした生物多様性の現状と必要性、そして世界的な動向について解説する。

そもそも、生物多様性とは?

生物多様性は英語ではBiodiversityといい、Bioは「生物」Diversityは「多様性」を意味する。生物多様性を語る際には、以下の3つのカテゴリーを念頭に置くことが重要である。

  1. 種の多様性
    海底の微生物から地上の動植物、菌類、藻類、そして私たち人間まで、さまざまな種類の生物が存在すること。動物は125万種、植物は30万種が存在すると推定されている。これらは互いに補い合いながら生態系を形成しており、あるひとつの種が減少すると他の種にも影響を及ぼす。
  2. 遺伝子の多様性
    同じ種の中にも様々な遺伝子が存在し、形や模様、生態が多様な個体が存在すること。ある種の遺伝子がすべて同じであれば、特定の病気や気候の変化によって絶滅してしまう危険性があるが、種ごとに異なる遺伝子を持つことで、あらゆる環境変化への適応力が高まり、種の絶滅を防ぐことができる。
  3. 生態系の多様性
    森林、河川、湿地帯、干潟、サンゴ礁、マングローブ林など、さまざまな種類の自然環境が存在すること。生態系の多様性は、前述の「種の多様性」をも保証する。さらに、私たち人間を含む生物は、生態系を構成する森林、淡水、雨林から食料、水、木材の供給を受けて生きており、これらは「生態系サービス(恩恵)」と呼ばれている。

また、「生物多様性」という用語は、上記3つのカテゴリーが相互に関連し補完し合うことで構成されている地球環境そのものを指すこともある。

生物多様性の重要性

なぜ生物多様性が地球にとって、そして私たちにとって大事なのか?

「種の多様性」で述べたように、すべての生物は孤立して存在するのではなく、互いに補完し合い、影響を与え合っている。したがって、ある種や遺伝子、生態系が失われると、その影響は他の生物にも及び、全体のバランスを崩すことになる。

例えば、ある地域に生息する昆虫の数が何らかの理由で減少または絶滅した場合、その生物を食料としていた動物は食料を失い、その種も減少するか、新たな餌を求めて他の地域に移動することになる。その結果、動物が移動した土地で維持されていた生態系のバランスが崩れる。そこで特定の植物が減少すれば、その植物を食料としていた昆虫や動物も影響を受け、場合によっては気候にも影響が及ぶ……といった具合だ。

生物多様性の減少の原因として、例えば地球の自然現象としての長期的な気候変動もあるだろう。しかし、理由の多くは人間の活動によって生み出されたものである。例えば、人間活動に由来する温暖化とそれに伴う気候変動、農地開拓や都市開発のための森林伐採、特定種の大量捕獲や密猟、自然界では分解されない廃棄物の陸や海への投機などである。

こうした活動の結果、生物多様性が失われると、その影響はもちろん私たち人間にも及び、さまざまなリスクが生じ、これまで私たちが受けていた生態系サービスの損失につながることになる。以下はその一例である。

災害抑止力の低下

生態系には、あらゆる自然災害を抑止し、その被害を軽減する力がある。例えば、森林は地滑りを防ぎ、海岸の防風林や防砂林として機能し、津波の被害を軽減する。また、サンゴ礁には高潮の被害を軽減する力があり、塩性湿地には波の影響を軽減する力がある。

気候変動への影響

二酸化炭素(CO2)を吸収する森林生態系の著しい損失は、それによって温暖化を加速させ、気候変動や異常気象の加速につながる。近年観測されている多くの異常気象や予想外の規模の台風は、すでに私たちの生活に悪影響を及ぼしている。

感染症リスクの上昇

エボラ出血熱やSARSなど、最近発生した感染症の60%〜70%は動物に由来することが明らかになっており、1960年以降に報告された新たな感染症の30%以上は、森林伐採、居住地の拡大、穀物・家畜生産の拡大など、土地利用の変化に起因すると考えられている。生態系の性質の変化によって、それまで接触することのなかった動植物と人間や家畜が接触するようになった結果、新たな感染症の発生頻度やリスクが高まったことが示唆されている。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)もコウモリに由来すると考えられている。COVID-19パンデミックは、動物由来感染症が人為的な土地利用の変化によってヒトに広がる危険性を理解することの緊急性を浮き彫りにした。

人間の健康への影響

上記に加え、近年、人間の健康と地球の健康がつながっているという「ワンヘルス」という概念に注目が集まっている。人間の生活と健康の多くは、自然によって支えられている。例えば、淡水は湿地帯のろ過・浄化機能によって供給され、5万~7万種の植物が医薬品の組成に貢献している。また、栄養価の高い農作物は、多様な微生物が生息する「良い土壌」で育つ。したがって、生物多様性の喪失、すなわち自然の衰退は、あらゆる面で人間の健康に影響を及ぼすのだ。

ワンヘルス

出典:WHO, CBD,2015

生物多様性の危機的状況

生物多様性は、私たちが意識しないだけで、人間に多くの恩恵をもたらしている。では、そのような生物多様性の現状はどうなっているのだろうか。

WWFが2年に1度、地球環境の状況を報告する『Living Planet Report:生きている地球レポート(2022年10月版)』によると、1970〜2018年の間に、世界の脊椎動物の多様性は平均69%減少し、とりわけ淡水域の生物多様性は83%減少するなど、最も深刻なダメージを受けた。特に中南米の野生生物の個体群は94%も減少した。

生きている地球指標

出典:WWF「生きている地球レポート2022: ネイチャー・ポジティブな社会を構築するために」より、 「生きている地球指数(LPI:Living Planet Index)」

また、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストによると、レッドリストで評価されている約15万400種のうち、4万2100種以上の生物が絶滅の危機に瀕しており、これは全種の27%以上に相当する。このうちソテツ科の植物が69%と最も比率が高く、両生類が41%で続く。以下のページでは、レッドリストで評価された種を現在の状態も含めて検索したり、アセスメントの進捗状況に関する最新情報を掲載した記事を読むことができる。
RED LIST(IUCN)

生物多様性をめぐる世界の動き

では、世界はこれまでどのように生物多様性の問題に取り組んできたのだろうか。その歴史を紹介したい。

国連生物多様性条約

1992年6月、生物多様性を扱う最も包括的な国際会議である国連環境開発会議(リオ地球サミット)において、「国連生物多様性条約(Convention on Biological Diversity )」(以下CBD)が発足した。1994年には「CBD第1回締約国会議(Conference of Party)」(以下、COP)が開催され、198の国と地域が条約を批准した。ここで、「締約国が2010年までに、地球や国レベルで、貧困緩和と地球上すべての生物の便益のために生物多様性の現在の損失速度を顕著に減少させる」という「戦略計画」が採択されたが、結局は達成できなかった。

愛知目標

その後、2010年に愛知県で「CBD COP10」が開催された。ここでは、2050年までに「自然と共生する世界」を実現することを目指し、20の具体的な数値目標を含む「愛知目標」が採択され、締約国は2020年までに達成することを約束した。しかし、2019年と2020年にこの目標の世界的アセスメントを実施したところ、20の目標のうち1つも達成されず、全体の達成度も1割程度にとどまった。

昆明・モントリオール生物多様性枠組

2022年12月にカナダ・モントリオールで開催されたCOP15では、愛知目標の後継として、2030年までの世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択された。2050年ビジョンである「自然と共生する世界」に向け、2030年までのターゲットが定められた。生物多様性への脅威を減らすこと、人々のニーズを満たすこと、ツールと解決策の確立を3つの大題とし、それぞれ具体的な目標が盛り込まれた。各国はこの新枠組に基づき、生物多様性国家戦略を策定・改定することが求められている。

2030年までのターゲットのうち、日本で特に注目されているのが30by30だ。これは、2030年までに陸と海の30%以上を、自然環境エリアとして保全するという目標のことである。この目標を達成するため、国立公園などの拡大に加え、里山や企業林など、地域社会や企業・団体によって生物多様性が保全されている土地をOECM(Other Effective area-based Conservation Measures)として国際データベースへの登録が進められている。

また、30by30目標は、地域の経済・社会・環境問題を同時に改善・解決するNbS(Nature-based Solutions)の達成のために必要なプロセスであると考えられている。NbSは、自然の力を活用し、生態系と人々の両方に利益をもたらすことで諸問題を解決しようとするアプローチである。人と自然がお互いに有益な関係を目指す点が特徴的な概念として注目されている。

日本の取り組み

日本では、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に基づき、2023年3月31日に「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定された。生物多様性の損失と気候危機を「2つの危機」とし、これらへの包括的対応と「ネイチャーポジティブ(自然再興)」の実現に向けた社会の根本的な変革を強調した。第1部(戦略)では、基本戦略、状態目標、行動目標を、第2部(行動計画)では行動目標ごとに、具体的施策を設定した。

第1部の5つの基本戦略

1. 生態系の健全性の回復
2. 自然を活用した社会課題の解決
3. ネイチャーポジティブ経済の実現
4. 生活・消費活動における生物多様性の価値の認識と行動
5. 生物多様性に係る取組を支える基盤整備と国際連携の推進

政治やビジネスの世界でもさまざまな取り組みが始まっている。重要な動きをいくつか紹介しよう。

自然への誓約: Leaders Pledge for Nature

2020年9月の国連総会(生物多様性サミット)で発表され、EUと64か国の首脳が2030年までに生物多様性の損失を回復することを誓約。これには、生物多様性保全に関連する投資拡大の必要性、ワンヘルスのアプローチの重要性、陸上および大気中の汚染削減などが含まれる。誓約国および進捗状況は、以下のウェブサイトで見ることができる。
Leaders Pledge for Nature

自然に関する科学に基づく目標設定: Science Based Targets (SBTs) for Nature

2019年に設立された非営利団体「SBTi」が作成する「SBTs」は、企業や都市などが地球の限界内で、社会の持続可能性目標に沿って行動できるようにするための、科学的根拠に基づく、測定・行動可能な期限付きの目標である。気候変動に関するSBTsはすでに設定されており、自然と生物多様性に焦点を当てた「SBTs for Nature」は、2024年の完了を目指して現在策定中である。「SBTs for Nature」には淡水、陸地、生物多様性、海洋、気候などに関する目標の設定、実施、進捗管理のための5段階のプロセスが含まれる。2023年に第1弾として発表された「SBTs for Nature」では、最初の3つのステップに関する技術ガイダンスを提供した。

Science Based Targets initiative

自然関連財務情報開示タスクフォース: Task force on Nature-related Financial Disclosure(TNFD

金融機関や企業に対し、自然資本および生物多様性の観点からの事業機会とリスクの情報開示を求める、国際的なイニシアチブ。2020年に国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)、国連開発計画(UNDP)、世界自然保護基金(WWF)、英環境NGOグローバル・キャノピーによって、2021年6月に正式に発足した。TNFDは、2015年に設立され、すでに投資ファンドなどの間で重要な要素として定着しつつあるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の生物多様性版と言われている。

2023年9月にTNFDの最終提言(Version v.1.0)が発表された。この提言文書には、自然関連の開示に関する一般的な事項に加え、4つの軸(ガバナンス、戦略、リスクと影響管理、指標と目標)に基づき構成された推奨開示事項が含まれている。

私たちにできること

生物多様性の保全と回復のためには、上記のように、多くの国や産業全体が結託して影響力の大きい行動をとる必要があることは間違いない。一方で、私たち個人や一企業にもできることはある。以下に、生物多様性にアプローチするための国内外のさまざまなアイデアをまとめたので、取り組みの参考にしていただきたい。

バス停の屋根にハチの生息地を

オランダのユトレヒト市では、市内のバス停の屋根を緑化し、最近その減少が警告されているミツバチが止まって受粉できる生息地を提供している。屋根の緑化はまた、空気中のホコリや汚染物質を除去し、雨水を貯留するため、生物多様性の保全に役立つと同時に、健康的で住みやすい都市づくりにも貢献している。

オランダのユトレヒト、バス停を「ハチ停」に。生物多様性をまもる緑の屋根

英国ブライトンの住宅に鳥の巣箱設置が義務化

イギリス南部の都市ブライトン・アンド・ホヴでは、2020年4月から、高さ5メートル以上の新築建物の外壁に、近年減少傾向にある渡り鳥のアマツバメのための巣箱を設置することが義務化された。また、2019年11月からは、新築建物の外壁にハチのための「Bee Brick(ハチのレンガ)」を埋め込むことも義務付けられた。

“新しい建物には、鳥の巣箱を置きなさい。” イギリスの生物多様性を守るルール

生物多様性を回復する、「協生農法」

現代農業における資源の大量消費と農薬の使用は、生態系破壊の大きな原因となっている。これに対し、協生農法では、耕さない、肥料を使わない(※)、農薬を使わない、種と苗以外を持ち込まないという条件のもと、同じ敷地内で多種多様な植物や野菜を生産する。植物の特性に応じた生態系の確立と制御により、栄養状態の改善、生物多様性の回復、砂漠の緑化など、生態系全体にプラスの影響を与える。

※ 自然のものだけを使い、必要に応じて灌漑を行う栽培。

生物多様性を取り戻す。シネコカルチャーに学ぶ協生農法とは?【ウェルビーイング特集 #12 再生】

生物多様性を保全するために個人ができることとしては、日常的に利用したり食べたりしている食材がどこでどのように生産されているかに関心を持ち、可能な限りFSCやMSCなどの認証マークがついたものを選ぶことが挙げられる。

また、自分の住んでいる街やその周辺の生物多様性に関心を持つことも大切な一歩である。株式会社バイオームが開発したアプリ「バイオーム」では、現実世界で出会った生き物の写真を撮ってアップロードし、ゲーム感覚でコレクションできる。

まとめ

気候変動に比べ、生物多様性は企業や投資家の関心が薄く、具体的な取り組みやその価値を測る指標も少ない。しかし、今回取り上げたように、生物多様性は地球にとっても私たち人間にとっても必要不可欠なものであるため、今後世界がどのように対応していくのか、引き続き注目していきたい。

【参照サイト】WWFジャパン 生物多様性の経済学:ダスグプタ・レビュー要約版(日本語版)
【参照サイト】生物多様性とは?その重要性と保全について
【参照サイト】過去50年で生物多様性は68%減少 地球の生命の未来を決める2020年からの行動変革
【参照サイト】愛知目標(環境省)
【参照サイト】2030生物多様性枠組実現日本会議
【参照サイト】生物多様性条約
【参照サイト】GLOBAL BIODIVERSITY OUTLOOK5(CBO5)
【参照サイト】生物多様性を取り巻く最近の動向(環境省)
【参照サイト】愛知目標の最終評価文書、地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)の発表
【参照サイト】Leaders Pledge for Nature
【参照サイト】生態系を活用した防災・減災に関する考え方(環境省)
【参照サイト】「COP27: 生物多様性を守ることは、パリ協定を守ること(UN News 記事・日本語訳)」
【参照サイト】COP 27, United Nations
【参照サイト】「動物由来感染症 ハンドブック2022」 厚生労働省
【参照サイト】「土地利用変化と新規人獣共通感染症」国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター | JIRCAS
【参照サイト】浅川 陽子 「野生生物取引と動物由来感染症」 野生生物と社会学会 『ワイルドライフフォーラム』 25巻 2 号 (2021): 12-15.
【参照サイト】「生きている地球レポート2022: ネイチャー・ポジティブな社会を構築するために」 WWF
【参照サイト】「生きている地球レポート 2022」 WWF
【参照サイト】「はじめての 『生物多様性』~今おさえておきたいポイントをわかりやすく簡単に解説」 WWF
【参照サイト】「昆明・モントリオール生物多様性枠組」 環境省
【参照サイト】「生物多様性国家戦略」 環境省
【参照サイト】‘The first science-based targets for nature’, Science Based Targets Network.
【参照サイト】‘Take action’, Science Based Targets Network.
【参照サイト】Taskforce on Nature-related Financial Disclosures (TNFD) Recommendations
【参照サイト】‘OECMs: A new paradigm for area-based conservation’, WWF.
【参照サイト】30by30ロードマップ
【参照サイト】30by30 | 環境省

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