生物多様性を取り戻す。シネコカルチャーに学ぶ協生農法とは?【ウェルビーイング特集 #12 再生】

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地球上では野生動物の絶滅が進行している。だが、減っているのは動物だけではない。植物、特に維管束植物(シダ、裸子、被子植物など)の種の数が、今減少の一途をたどっている。何もしなくても個体種は自然に減っていくというが、その自然絶滅の500~1,000倍の速度で減少しているというのだ(※1)。それはなぜか――。

要因は多くあるが、その一つとして挙げられるのが、「農業」だ。私たちの生活に欠かせない「食」の生産に必要な農業が、実は生態系の破壊につながっていると言われる。農業における大量の資源消費は、地球上の物質の循環を破綻させ、気候変動を引き起こしたり、海洋生態系をも脅かしたりする。特に、これまで生産性重視のために使用されてきた肥料や農薬が、今、食の安全と生物の健康、ひいては地球の存続を脅かしているのだ。

生物と地球、両方の健康を取り戻すため、生態系を破壊しない食料生産の方法へと舵を切ることが求められている今、環境を再生する農法として注目されるものがある。――「協生農法™️(※2)」だ。

シネコカルチャー 太田さん

シネコカルチャー 太田耕作さん

「協生農法の可能性は、農業の力で、生物多様性が破壊されている世界を変えられるところ。そしてそこを本気で目指しているところです。」

そう話すのは、一般社団法人「シネコカルチャー」の太田耕作(おおた こうさく)さんだ。協生農法は、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の舩橋真俊氏が科学的に定式化し、研究が続けられている農法で、その研究成果を発信し、社会に還元していくことを目的に立ち上げられたのがシネコカルチャーである。現在は、国内外で協生農法の実証実験を行ったり、市民向けに協生農法に関する講座を開講したりと、この新たな農法を普及させるべく活動に取り組む。

世界を変えられる可能性を秘める協生農法とは、一体どのようなものなのか――。協生農法の可能性について、太田さんにお話を伺った。

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※1 Scenarios for Global Biodiversity in the 21st Century
※2 協生農法は、株式会社桜自然塾の商標または登録商標

厳しい環境で効果を発揮する「協生農法」

協生農法とは、無耕起(耕さない)、無施肥(自然界の天然供給物と必要に応じた灌水のみによる栽培)、無農薬、種と苗以外は一切持ち込まないという条件の下、有用植物を生産する農法のこと。植物の特性を活かした生態系の構築や制御を行っており、栄養面の向上や生物多様性の回復、砂漠の緑化など、生態系全体に与える影響が考慮されている点が特徴だ。

この生産方法では、多様な植物や野菜を無農薬で混生密生させて育てる。そのため、農場には虫が多くいたり、さまざまな種の雑草が生えていたりするが、「生態系の循環」を大切にする協生農法においては、排除されることなく育てられている。さらに興味深いのが、協生農法が効果を発揮する環境だ。基本的に、耕作可能であればどのような場所でも実践可能だが、特に協生農法が適する環境があると太田さんは言う。

「一般的に、人間や植物にとって、“厳しい”と言われるような環境です。日本は年間を通じて雨が多く降りますし、気候も厳しくない。放置していても雑草が生えてくるような恵まれた国ですよね。それとは反対の、例えば放置していても雑草が伸びないような乾燥地域や、過剰な成分が多いため植物が生えないようなところ、日差しが強すぎて雨がなさすぎるところ、あるいは湿地帯でジメジメするところなど。協生農法は、あまり農地に向いてなさそうな場所で、従来の農法に比べて大きな力を発揮するんです。」

貧困解決の可能性も。ブルキナファソでの協生農法実験

具体的には、サハラ砂漠以南など、貧困や砂漠化に苦しむ西アフリカの多くの地域で、協生農法の効果が発揮されるという。これまで作物が育ちにくかったこれらの地域で、食料生産ができるようになれば、貧困の解消につながるかもしれない。つまり、世界規模の社会課題解決の可能性も秘めているのだ。

そして、ソニーCSL発の協生農法プロジェクトがこれまで協生農法を実践してきた中で、特に注目を浴びた地域がブルキナファソだ。同国では、他の農法も含めて実証実験したところ、協生農法による売り上げがひときわ大きかったようで、ブルキナファソの平均国民所得のおよそ20倍にまで達した。さらに生産性に関しては、慣行農法の40~150倍にも上ったという(※3)

協生農法 ブルキナファソ

ブルキナファソでの実践の様子

「治安上の問題などもあるので、協生農法をブルキナファソ全土や他の地域に広げることには課題が残ります。しかし、今回の実験は可能性と希望を感じられるものでした。国民の1%が協生農法を導入し、市場ができれば、国全体が経済的貧困から脱却できるかもしれません。」

ブルキナファソでは、ソニーCSLが発行している「協生農法実践マニュアル」などをもとに、現地の人々が政府や大使館の支援を受けて、5回のシンポジウムやワガドゥグ大学との共同研究を行うなど活動を続けている。特に貧困の解消という観点からは、地域の人たちが継続的に取り組むことが大事であり、アフリカ諸国などの途上国に多い、援助国への「支援依存」を脱却してほしいという想いもあるようだ。

協生農法 ブルキナファソ

ブルキナファソでの実践の様子

「先進国からの支援が途切れたら継続できない方法は、本質的ではありません。主体的にやってもらわないと進まないと思っているので、情報提供以外は、協生農法の実践に関して金銭面での支援なども行っていません。協生農法を行うためには水と種が必要。それさえ上手く確保できれば、砂漠を緑地に復活させ、生態系を上手く構築できることが分かっています。」

※3 Proceedings of the 1st African Forum on Synecoculture

都市でも学校でも福祉施設でも。協生農法が広がる可能性

砂漠や乾燥地域などの貧しい地域でも多様な作物が育つ。そんな新たな可能性を秘める協生農法は、実は日本でも行われている。関心のある人たちがそれぞれの居住地域で自発的に実践しているほか、2019年からシネコカルチャーとソニーCSLが共同で、六本木ヒルズの屋上庭園で都市部での協生農法実践の可能性を検証している。気候的にも農業に適し、協生農法が効果を発揮する「厳しい環境」ではない日本で、なぜ協生農法に取り組むのだろうか。

シネコカルチャー 太田さん

農地で作業する太田さん

「先進国、特に都市部での協生農法の実践は、優先度としては低いです。ただ同時に、協生農法を普及していくためには、情報や人、資本が集中する場所で取り組み、活動を知ってもらうことが、非常に重要だと考えています。」

さらに、「教育コンテンツとして、特に次世代の子どもたちや若い人たちに体験してもらうこと」が普及のカギを握ると太田さんは言う。

シネコカルチャー 協生農法

地域の人々が協生農法に取り組む様子

「自然の中に居て気持ちがいい、できた産物を食べて美味しいと感じるといった楽しさに主眼を置きながら、協生農法の生産方法や理論、生態系について学べる場所を都市の中でもつくっていきたいです。また、興味を持った人たちが自分の地域で取り組めるように公開している『協生農法実践マニュアル』のほか、平易な日本語とイラストで説明された『協生理論学習キット』は、子どもでも理解しやすいようにつくられているので、是非学校などで取り入れてほしいです。」

「さらに協生農法は、やり方によってはそこまで手間をかけずにできるので、例えば耕作放棄地や福祉施設などで、高齢者の方たちにも挑戦してもらえると思います。自然に触れることや緑いっぱいの空間をつくることで、精神面の健康をはじめ、さまざまな良い効果をもたらしてくれるのではないかと考えています。」

協生農法による自然への影響は?

日本でも少しずつ広がりを見せる協生農法。しかし、生態系を守る活動とはいえ、「自然に手を入れる」という行為を批判的に見る人もいるかもしれない。そういった意見に対して、太田さんはどのように考えているのだろうか。

「そもそも現在の食料生産は『自然に手を入れる』行為だと思いますし、人間の影響が全くない生態系は、地球上にはほとんどないと思います。例えば、マイクロプラスチックが空気中を漂っていて、私たちは呼吸する中で吸い込んでいる、という話もあるくらい(※4)。地球上の物質循環を考えると、人間活動の影響を100%避けるのは難しい状況です。その意味では、すでにあらゆる場所において手が入ってしまっているとも解釈できます。」

協生農法 農園の様子

農園の様子

「人口が増え続ける中で、地球上の生物と人間が共に生きるためには、あらゆる場所に影響のある私たちの人間活動によって生物を減らさず、むしろ増やせるような社会、生態系を実現しなければなりません。そのためには『今の自然をありのまま残す』という活動だけでは足りません。」

「確かに、生物多様性が史上なかったレベルまで高まることで、人間が想像していなかったことが起きる可能性はゼロではないと思います(※5)。ただ、人間が破壊した地球上の様々な場所において生物多様性を取り戻していく協生農法は、破壊というよりは生態系の『再生』、そして『拡張』を目指しています。手を入れずに現状を維持するのではなくて、積極的に人間以外の生物も増やしていくことが生態系の機能を高め、持続可能性に繋がっていくと考えています。」

※4 大気中からもマイクロプラスチック 福岡市内で確認など
※5 Funabashi, M. “Human augmentation of ecosystems: objectives for food production and science by 2045.” npj Sci Food 2, 16 (2018).

空気が無料なのは、生物多様性のおかげ?

私たちが手を加えてまで守る必要がある生物多様性。なぜそこまで重要なのだろうか。

「生態系は、『生態系機能』というものを持っています。食料を含め、空気や水などのさまざまな自然資源を人間社会に提供してくれる供給サービス。環境調整や物質循環といった調整サービス。そして最後が、自然に触れて楽しいと感じる文化的サービス。これらは生物多様性があるおかげで、私たちが享受できているモノのほんの一部です。」

協生農法 シネコカルチャー

十日町市での協生農法実践の様子

「さらに今、世界中が新型コロナウイルスのまん延により苦しい状況にありますが、生態系を豊かに維持できていたら、コロナ禍のようなパンデミックは起きづらかったと推測されます。生態系を保全するためのコストを何億円、何兆円とかけていれば、現在のコロナによる莫大な損失も防げたのかもしれません。」

「生物多様性は、我々が意識している以上に価値のあるものなんです。例えば、私たちは当たり前のように呼吸をしたり水を飲んだりしていますが、生態系サービスがなければ、そもそも空気を吸えないし、水も飲めない。大げさに聞こえるかもしれませんが、生態系が崩れて空気があることが当たり前でなくなってしまうと、『空気が有料になる』といったことさえ起きるかもしれないんです。」

オーガニックと同じくらい、協生農法という言葉を知ってほしい

私たちの生存を助ける生物多様性、そしてそれを豊かにする協生農法。太田さんは、これからどんなことに挑戦していくのか。

「協生農法をもっと普及させていきたいです。現在の世界の温室効果ガス排出のおよそ4分の1が、実は『農業・林業・その他土地利用』由来と言われています。ですが、世界の農家数の大部分を占める小規模農家の多くが協生農法を実践することで、温室効果ガスの削減に大きく貢献できるのではないかと考えています。より多くの人に取り入れてもらうことで、気候変動を食い止めることにもつながるんです。」

「また、この協生農法をベースに、ICTのような最先端技術を取り入れて、社会と人間、人間社会と生態系を上手く接続していく。そうやって、農地だけではなく社会側も持続可能な形に変化していくと、残りの4分の3の温室効果ガス排出量削減あるいは相殺に関しても貢献できると考えています。」

協生農法 シネコカルチャー

協生農法に関する講座の様子

「ただ、農家の人たちだけでなく、普段農業をしない人たちにも協生農法を知ってもらいたいという想いも強いです。『有機農法』や『オーガニック』という言葉は、すでに社会に浸透してると思いますが、それらに比べると、協生農法はまだまだ知名度が低い。今後数年間で、協生農法が、オーガニックと同じレベルで知られるようになるといいですね。協生農法でつくられた産物を食べて地球環境を再生させる。これが多くの人々にとって当たり前に存在する選択肢になれば嬉しいです。」

「人々に知ってもらうために、すでに行っている取り組みをより加速させていきたいし、市民向けの教育活動にもさらに力を入れていきたいです。協生農法を教えられる人、教えてもらう人が増えて、生態系、地球環境を理解している人が増えること。それが、協生農法の可能性を広げていくカギを握っていると思います。」

個々の機能や能力を活かせる社会

最後に、協生農法がどのようにウェルビーイングにつながっているか、太田さんに伺った。

「協生農法という漢字は、よく『共生農法』と間違えられます。共生は、『共に生きる』という意味。自然の生態系における『捕食者ー被食者(食べるー食べられる)』の関係は、一方が食べられて損をしてしまっているので共生ではありません。」

「しかし、たとえ損する個体が生じたとしても、全体としては食料が生産され、生物多様性が高まり、結果として環境が良くなるのが生態系の仕組み。食べられてしまった種も協力し、生態系に貢献している。個々の種が協力して生きているから“協生”農法なんです。」

協生農法 産物

協生農法によってできた産物

例えば、従来の農法では農薬で殺されていた虫も、捕食者でありながら、同時に生態系の中で他の役割を持っている。農業において「邪魔者」とされる虫や雑草などを排除することなく、その役割を十全に発揮させるのが協生農法なのだ。そして、最後に太田さんはこのような言葉で締めくくった。

「これって人間社会にも当てはまると思います。人間も多様な人がいて、それぞれが違った機能や能力を持っています。何らかの能力が他の人より劣っている人であっても、その人が社会で発揮できる別の機能や役割があるはず。一人ひとりが持っているポテンシャルを使い切ることができること。それが、その人にとってのウェルビーイングですし、社会にとっても大きなプラスになると思うんです。」

編集後記

太田さんの最後の言葉を聞いて頭に浮かんだのが、会社や組織などにおける多様性のこと。コロナ禍以降は特に、社員の多様性がある会社が強いというような言葉を耳にすることが増えた。一人ひとりが持つ、それぞれの「強み」を活かして互いに助け合うからこそ、会社全体として良いパフォーマンスを発揮できるということだ。

このような会社は今、少しずつ増えているのかもしれない。一方で、私たちが生きる人間社会を見たとき、果たして人と人は協力して生きているのだろうかと疑問に思うことがある。紛争、差別、誹謗中傷……力を合わせて全体を良くするのではなく、力を使って傷つけ合い、誰かを排除することも珍しくはない。

日本では、「共生社会」「多文化共生」という言葉が聞かれるようになって久しい。誰かと誰かが共に生きていくためには、協力し合うことが欠かせないが、それがまだ完全にできていない私たちにとって、まず目指すべきは、共生社会ではなく、協生農法のように協力し合える「協生社会」なのかもしれない。

生態系を再生しながら、貧困解決の可能性も秘める。そんな協生農法の魅力とともに、その根底にある「協力」の精神が多くの人に届いていくといい。

※ 協生農法を実践したい個人、団体の方は、具体的な手法など詳細な説明が書かれた「協生農法実践マニュアル」をご覧になってみてはいかがだろうか。また、協生農法を行う人たちのFacebookグループもあるので、興味がある人は覗いてみてほしい。

【関連サイト】一般社団法人 シネコカルチャー
【参照サイト】霞ヶ浦の多面的な経済価値を算出 ~多様な恵みを提供する湖、水質の改善と生物の保全が重要~
(画像提供:ソニーコンピュータサイエンス研究所、グリーン・フィロソフィー)

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