模倣がイノベーションを加速する

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記事のポイント

「猿真似野郎」、英語では「コピーキャット」、こう言われて嬉しい人はいない。どんな分野であれ、素晴らしい発明やイノベーションは「未だ存在しない、新しく生み出された、オリジナルなものである」というイメージがつきまとう。それらをゼロから生み出す人は賞賛されるが、それらを真似する人が賞賛されることは少ない。しかし、実は世の中で革新的とされているもののほとんどが「模倣」によって成り立っているとしたら、あなたはどう思うだろうか。

アメリカでベストセラーになった『コピーキャット 模倣者こそがイノベーションを起こす』を読み解いてみたい。

同書では、「1948年から2001年にかけて生み出されたイノベーションについての調査によれば、そこから創出された価値の97.8%をイノベーターではなく、その模倣者が得ている」としている。また革新的とされているアイデアやイノベーションを起こした人物は、その成功の本質に関して「模倣」と答える人が多い。

ウォルマートの創業者、サム・ウォルトンは「私がやったことの大半は、他人のコピーである」と語っている。同社は、同業から学ぶことはもちろん、一見違う分野で活用されている事柄を違う分野で模倣(応用)もしている。例えば、バーコードは商品の精算業務効率化のために使用されていたものだが、ウォルマートはこの技術を購買パターン分析、つまりマーケティングにも活用することで商品の仕入等をより効率化し価格競争力を高めた交差的アイデアだ(交差的アイデアについては「方向的アイデアと交差的アイデア」を参照されたい)。

模倣は力なり。日本の明治維新も模倣で大きな成果をあげた。優れた諸外国のモデルを取り組むべく、明治政府は23カ国2,400人以上の外国人を雇用し、そこから学んだ。サムスンは高額な報酬で、アメリカに留学した韓国人を積極的に雇い入れ、また競合メーカーからの引き抜きも行い、多くを吸収した。

産業化によって私たちの生活は飛躍的に豊かになった。これも少数の類似した生産プロセスの出現があり、それが様々な産業に模倣・応用されていったことによるものである。ここ30年でいえば、アメリカで起きた大多数のイノベーションの成功事例は下記4つに集約されるという。

  • 大規模流通(ウォルマートなど)
  • メガブランディング(ディズニーのような太く強い複数の柱によるブランディング)
  • 集中化・簡素化・標準化(マクドナルドなど)
  • バリューチェーンの迂回(アマゾンのような中間業者の排除)

また『銃・病原菌・鉄 』の著者ジャレド・ダイアモンドは「模倣を抜きにして、人類が進化することはありえなかっただろう」と結論づけている。人類が進化・繁栄した要因として、高度な模倣能力は非常に大きな役割を果たした。ミラーニューロンは高度な霊長類がもつ、多くの複数の感覚刺激に反応する複雑な形で他者を模倣することを可能にする神経細胞だ。

私たち人間はこのミラーニューロンを生まれながらにもっている。一方、大部分の動物は高度な模倣能力をもっていない。卵からかえったヒナ鳥が、生まれた時にはじめて見たものを親だと思い込み、その行動を真似る。この「刷り込み」は、事象や手段を真似るだけであって高度な模倣ではない。もし生まれて最初に見たものが同じ種でなかったとしたらこのヒナ鳥は長くは生きられないだろう。人間がもつ「高度な模倣」とは、事象を分解し、目的と手段の複雑な因果関係を見出し、模倣すべき事情を選び、そこから取捨選択・アレンジをして模倣する。これは非常に高度な知的な作業である。

また模倣は、ゼロからオリジナルを生み出すことに比べてコストもかからないことも強みの一つだ。平均してゼロから最初に参入するイノベーターのコストに比べて、模倣者のコストはその60〜75%ですむといわれている。コンビニでPB商品を見る機会も多くなった。筆者は乳製品には目がないのだが、「○○な乳酸菌の飲むヨーグルト」という類の商品を目にした。

各メーカーが試行錯誤して生み出した生活者の需要(乳酸菌の効用の認知獲得含めて)、そのマーケティングコストもなしに、自社の流通網と商品棚による販売力で価格優位性を出し、市場を後だしジャンケンで席捲していく様を見ると、模倣という手段の強さを思い知らされる。

現代においては、この模倣が実行しやすく、また今後もっと加速していく。事実、医薬品の分野では、後発医薬品(つまり模倣品)がアメリカ処方薬市場に締めるシェアは1982年にはわずか2%だったが2007年には63%まで上昇している(もちろん医療費削減など色々な原因もあるが)。

模倣が加速する要因として、形式知の流通、グローバル化の進展、バリューチェーンのモジュール化の3つがあげられる。

知識とは長い間、ギルド(職人集団)や大学、教会といった所に閉じ込められており、部外者はアクセスできなかった。それがグーテンベルクの活版印刷以降、多くの人が書物などの形で情報が記録され・流通できるようになった。さらに映像記録技術の発展で言語や図以上の情報量を受け取れるようになった。そして21世紀、インターネットによって、誰でも、地理的・時間的な制約を超え「知識」にアクセスできる環境が整ったのだ。

グローバル化は、グローバルな競争に企業や従業員など多くの人が巻き込まれることを意味する。強い競争圧力に企業は適応していくことが強いられる。このゲームに勝つために模倣はより重要性を増す。

バリューチェーンがモジュール化される事で新規参入のハードルも低くなっている。昔であれば技術集約型・資本集約型の市場に進出するには、何千億円規模での投資は必要条件であったが、その環境も大きく変わっている。低価格薄型テレビ販売のVIZIO(ビジオ)は、2002年にわずか60万米ドルの資本金で立ち上がった会社であるが、2007年には北米のテレビ市場でトップシェアを握った。2007年当時の社員数は90人程度というのも驚きだ。

その秘密は、研究開発や製造分野は台湾のOEMメーカーに任せ、流通分野ではコストコやウォルマートらの大規模小売店を最重要視し連携を強めることで梱包・物流のコストも抑えている。その結果、「安くて良いもの」を実現し、日本の大企業も上回る結果を出したのだ。バリューチェーンが分解され、役割分担が進む社会では、特定の役割に特化することで、小規模で何かを実行に移しやすいのだ。

世間のビジネス戦略・事業戦略についての言説、もっといえば経営学はいまだにイノベーター信仰に縛られている。書店のビジネス書コーナーを歩いていると「常に、新しい今までにない何か」を考えつかないといけないと思わされる。

しかし、模倣・イミテーションが世界の豊かさの源泉であるとすれば、もっと「この課題を解決するために、何を模倣しようか」、「これは何かに応用・真似できないかな」といった視点で日々を過ごすことのほうが結果的に多くの価値を生む結果につながりそうだ。模倣は高度な知的な活動である。グッドイノベーターになるために、グッドイミテーターになるのが近道かもしれない。

個人や企業がよき模倣者になるにはどうしたらいいだろうか。そのあたりは後日また考察していきたいと思う。

【参考図書】『コピーキャット 模倣者こそがイノベーションを起こす
【参考図書】『銃・病原菌・鉄 上下巻セット

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