学校でノートを開いて勉強し、カフェでコーヒーを飲み、コンビニで日用品を買い足す。こうしたありふれた日常のなかで、私たちが気づかぬうちに毎日のように出会っているマークがある。
それが、木をモチーフとした下記のマークだ。
このマークは、FSC(Forest Stewardship Council:森林管理協議会)という国際的な森林保全機関の認証を受けている製品やパッケージだけに表示が許されているマークだ。
「こんなマークは見たことがない」という人も多いかもしれないが、もしかするとそれはあなたが気づいていないだけかもしれない。
実はこのFSC認証マークは、私たちの生活に馴染みの深いブランド製品やパッケージの多くに表示されている。例えば、スターバックスで受け取る紙コップや紙バッグ、イオンで売っている学習帳やトイレットペーパー、花王の代名詞とも呼べる洗剤の「アタック」、キリンの主力商品である「一番搾り生ビール」の6缶パックや「午後の紅茶」の紙パックなどだ。
FSC認証のマークがついている紙製品やパッケージは、その原材料となる木材が持続可能な形で伐採され、調達されたことを示している。つまり、これらの製品を買ったり使ったりすることは、日々の暮らしを通じて森を守ることにつながるということだ。
世界では、3.5秒でサッカー場1面分の森がなくなっている。
そもそも、なぜ森を守る必要があるのだろうか。それを理解するためには、世界の森林を取り巻く現状を理解する必要がある。
世界の天然林は、2010年から2015年の間に、平均して年間6,500,000ヘクタールも減少している。これをサッカー場の面積に例えると、実に3.5秒ごとにサッカー場1面分の天然林が失われている計算になる。
森林が減少している主な理由は人的な要因によるものだ。パーム油や大豆などの農作物をつくるための農地転換、蓄牛のための牧草地への転換、建築資材のための木材確保など、人間の生活に必要な原材料を調達するために、世界の森林は急速に失われている。
それでは、森林が失われるとどのような問題が起こるのだろうか。その答えは私たちが考える以上に複雑だ。森林破壊による悪影響は、人間の生活に必要な原材料の調達が難しくなることだけにとどまらない。二酸化炭素を吸収してくれる森林がなくなれば、気候変動が加速して水不足や干ばつ、海水面上昇など様々な問題が引き起こされる。
また、世界では6,000万人の先住民族を含む約3億5,000万もの人々が毎日の生活の糧を森林に依存しており、森林がなくなると多くの子供たちは学ぶ機会を失い、貧困の連鎖により売春へと移行する。森林破壊は、あらゆる環境問題に加えて貧困や性犯罪といった社会問題にも結びつく深刻な問題なのだ。
世界の森を守るために。大手企業7社が共同で宣言
このような状況を食い止め、森林と人間が共存できる持続可能な社会の実現に向けて、世界や日本を代表する大手企業7社が立ち上がった。
森林保護に関する国際認証制度「FSC認証」の普及啓発を行うFSCジャパンは7月2日にプレスカンファレンスを開催し、そのなかで日本企業7社が2020年に向けた持続可能な森林調達に関する宣言、「FSC認証材の調達宣言2020」を発表したのだ。
この宣言に参加したのは、イオン株式会社、イケア・ジャパン株式会社、花王株式会社、キリン株式会社、スターバックスコーヒー・ジャパン株式会社、日本生活協同組合連合会、日本マクドナルドホールディングス株式会社の7社。
調達宣言では、木材や紙パルプ、ダンボール、容器包装用紙などの森林資源について、各社がFSC認証の原材料・製品調達に関する2020年までの具体的な目標を掲げること、2030年までの持続可能な開発目標(SDGs)のゴール12「つくる責任つかう責任」および15「陸の豊かさも守ろう」の達成を目指し、消費者にもFSCマークの付いた製品を選ぶことの重要性を伝えていくこと、などが掲げられている。
プレスカンファレンスでは今回の宣言に基づき各社から具体的な目標に関する発表があったが、どの企業の目標もよい意味で野心的で意欲的なものだった。
イオン「750万冊のノートを通じて子供たちに森の大切さを伝える」
これまでにもサステナビリティの取り組みにおいて小売業界をリードしてきたイオンは、主要なカテゴリーのプライベートブランドについてFSC認証も含む持続可能な認証原料の100%利用を目指す。イオンの執行役 環境・社会貢献・PR・IR担当を務める三宅香氏の話の中で印象的だったのは、同社の販売する学習帳を通じた取り組みだ。
イオンでは2017年度に約750万冊の学習帳を売り上げたという。これはなんと日本全国の小学生の人数645万人よりも多い数だ。三宅氏は、「この学習帳がもたらす子供たちへの影響はばかにならない。子どもたちは毎日ノートを使うので、毎日マークを見ていれば高学年になるにつれてその意味が分かってくる」と語る。
また、イオンが展開するコンビニエンスストアの「ミニストップ」でも、2018年2月現在でFSC認証材を活用した店舗はのべ251店舗に上っているという。多くの人々の生活に密着した事業を展開しているイオンは、その消費者との接点の多さを活かしてFSC認証の認知度向上に取り組んでいく。
イケア「森林ポジティブになる」
スウェーデン発祥の大手家具ブランド、イケア・ジャパンは、2020年までにより持続可能な調達先から仕入れる木材の量を100%にするという目標を掲げた。2018年度には持続可能な木材の調達比率は82%まで達している。
家具をつくるイケアにとって、木材は同社の事業の根幹となる最も重要な原材料の一つだ。森を大切にすることは事業のサステナビリティにも直結する。そのイケアが目指すのは、事業を通じて、また事業以外の取り組みも含めて世界の森林環境にプラスの影響をもたらす「森林ポジティブ」の実現だ。
イケアが世界52ヶ国で2億万部以上発行しているカタログはFSC認証の紙が使われており、2002年からはWWFと協力のもと、世界全体で3500万ヘクタールものFSC認証林拡大に取り組んできた。
スターバックス「毎日80万人のお客様との会話を通じて、森の大切さを伝えていく」
スターバックスコーヒー・ジャパンは、2020年までにペーパーカップをはじめ使用する主な紙をFSC認証紙や再生紙を使用したものにするという目標を掲げた。
スターバックスコーヒー・ジャパンのマーケティング本部長を務める大嶋バニッサ氏が強調していたのは、店舗で働く従業員(パートナー)も含めた全員がFSCについて理解していることの大切さだ。現在日本全国で1,342店舗を展開しており、一日約80万人もの来店客数を抱えるスターバックスにとって、現場のお店こそが最も多くの人々に自社の考えを伝えられる場所なのだ。そこで働く従業員ひとりひとりがお客様とのやり取りを通じて森の大切さを伝えていく。
実際に、スターバックスでは顧客にわたす全ての紙カップだけではなく、従業員しか手にとることがない牛乳の紙パックにもFSC認証の紙を使用している。この牛乳パックの量は年間1,000トンにもおよぶが、使い終わった後は洗って水を切り、物流センターに集められ、その2割が紙ナプキンとして再利用されるとのことだ。
また、同社は紙の使用量削減に向けてマグカップやタンブラーの使用も推奨しており、2017年度はマグカップが1600万回、タンブラーが600万カップ使用されたという。マイタンブラーを持っていくと20円引きになるという取り組みはスターバックスが日本にやってきた1996年当時から行っており、スターバックスの環境に対する考えは以前から会社のDNAとして根付いている。
製品やお店が、人びとに森の大切さを伝えるメディアになる。
上記で紹介したほかにも、花王は2020年までに花王製品に使用する紙・パルプ、包装材料および事務用紙について再生紙、または持続可能性に配慮したものを購入することを公表し、キリンは2020年末までに日本綜合飲料各社で使用するすべての紙製の容器包装でFSC認証への切り替えを目指すと公言した。
また、日本生活協同組合連合会は2020年度中にCO・OP商品全体に使用する紙の90%を再生原料使用またはFSC認証に切り替えること、日本マクドナルドホールディングスは現在使用している紙製容器包装類について2020年までに100%FSC認証を取得したものへの移行を目指すと宣言した。
今回宣言を公表した企業7社に共通していたのは、自社の製品や店舗を人々に森の大切さを伝えるためのメディアとして活用し、FSC認証に対する認知を広げていこうという姿勢だ。
毎日多くの消費者と直接的に関わっている小売店や飲食店はもちろん、日常生活と関わりの深い製品を販売しているメーカーは、見方を変えれば多くの消費者に対してリーチを持つメディア企業でもある。
子供たちが学校で毎日手に取るノートは彼らにとってテレビ以上に視聴率が高いメディアとなりうるし、スターバックスでは店員の一人一人がメディアになる。トイレットペーパーやティッシュなど日用品のパッケージは、主婦の人々に何かを訴えかけるうえで格好のメディアだろう。
大きな企業が自社の持つ資産をメディアとして活用し、シンボルとなるマークを通じて森林の問題に関心を持ってもらうきっかけを提供すれば、自社で直接森林保護に取り組むだけよりもはるかに大きなインパクトをもたらせるはずだ。
そして、私たち消費者ひとりひとりもそれらの企業の発信を通じて普段の暮らしがどれだけ森の恵みに支えられているかを実感し、消費を通じて行動を変えていくことが大切だ。
よく「消費は支持する企業に対する投票行動」だとも言われるが、消費者がFSCマークのついた商品を積極的に選択するようになれば、その消費パワーは企業の行動を変化させる大きな力となる。コンビニやスーパーで買い物をするとき、カフェでお茶をするときは、ぜひ手に取ったパッケージにあのマークがついていないか、探してみてはいかがだろうか?
【参照サイト】FSC Japan