2018年8月1日、世界初の「沈む」WEBサイトが公開された。
地球温暖化に伴う海面上昇による被害で「世界で一番最初になくなる」といわれている国、ツバル。南太平洋に浮かぶ人口1万人のこの島国がさらされている海面上昇位と連動し、WEBサイト自体が沈む仕組みがほどこされているのだ。このWEBサイトには、今年1〜2月にかけてツバルに滞在したツバル環境親善大使の遠藤秀一さん、映像作家の大月壮さん、デジタルマーケターの田村聡さん、そして環境アクティビストの清水イアンさん4名が現地で出会った人々へのインタビュー動画や記事、対談を中心としたコンテンツが掲載されている。
今回、環境アクティビストの清水イアンさんに、WEBサイトへの思いからツバルで感じたこと、今後取り組みたいことなどを語ってもらった。
プロフィール:清水 イアン
1992年生まれ。環境アクティビスト。国際環境 NGO 350.org Japan の日本支部の立ち上げに貢献。現職は大月壮と設立した「環境に取り組むクリエイティブチーム」 NEWWプランナー。不定期にラジオパーソナリティなども務める。
http://beinspiredglobal.com/Interview-Ian-Shimizu-Pughe
https://www.j-wave.co.jp/original/tmr/
世界初の「沈む」サイトとは?
Q: 「沈む」サイトは、実際の海面水位とどのように連動しているのでしょうか?
海面水位は月と地球との間の引力と遠心力で変化します。月と地球の距離をもとにデータベースに打ち込んでサイトと連動させて動かしています。
Q: 今回ツバルに行くことになったきっかけは?
ツバル環境親善大使を務め、国際環境NGO「Tuvalu Overview」代表である遠藤さんともともと知り合いでした。あるとき現地でさまざまなプロジェクトを担ってくれるボランティアを集めていると聞き、ツバルに行ってみたいと思うようになりました。別のイベントで仲良くなった映像作家の大月さんに一緒にツバルに行かないかと声をかけたら、最初は断られ続けたんですが(笑)「一緒になにか面白いことやりたいよね」ということで行くことになりました。
WEBサイトの目玉コンテンツのひとつが「アホな走り集/ツバル編」という動画だ。エキストラの現地の人がアホな姿でカメラに向かって走ってくる姿をスローモーションで撮影している。映像作家大月壮さんが、カンボジア、日本に続くシリーズ第3弾としてツバルで撮影した。
Q: お笑い番組のような面白さとアイデアの斬新さ、人々の歪んだ顔で動画が頭を離れない。これは一体どういうコンセプトと思いで制作されたのだろうか?
ツバルは気候変動に伴う海面上昇により「世界で一番最初になくなる国」と言われ、かわいそうだとか悲劇の島国というイメージが強いですが、それは狭い見方だなと思うようになりました。実際に行ってみるとみんな笑顔で、道を歩いていると挨拶してくれるし、全然知らないのに結婚式やお葬式にも招待してくれました。そういったツバルのフレンドリーさや幸せな姿を、アホな走り集は伝えてくれます。
一方で、動画のなかでみんなが走っている地面から海水が湧き出ているという、足元を見るとリアルな問題がある。一年に二回ある大潮のときに、動画のなかで見られるくらいの水位まで水が湧き出ます。
過酷で自分たちからみたら非日常のなかに住んでいる人でも、目の前のリアリティに合わせて順応して幸せに生きている姿をとらえています。気候変動という問題と幸せそうな姿、その両面を撮った動画です。
Q: この動画をどうやってディレクションして撮影したのでしょうか?
まず自分たちでデモンストレーションをしてから現地の人に走ってもらいました。出演者は人づてに目星をつけてアプローチして、首相の家やお祭りで出会った女性などに出てもらいました。あとはノリとテンションで乗り切った感じですね。
幸せと悲しみの狭間で生きている人たちが思うこと
Q: ツバルの人たちは気候変動や海水面上昇について具体的にどんなことを言っていますか?
僕がインタビューしたツバル人みんなに共通していえるのは、みんな自分の国と文化が大好きで、愛しているということです。みんなが家族のように知り合いで、お互いを大切にするところ、親切で優しい性格、犯罪のない安全な場所、幸福に暮らしていてゆっくり流れている時間といったツバルの文化を守りたいと考えています。
一方で、気候変動によって生活環境が変化していることは事実です。そのためツバルから逃げようと思う人がいたり、自分も一緒に沈むと言っている人もいる。こういったツバルの文化がなくなることにみんな苦しみを感じています。なかには他国への移住だとツバル文化がなくなってしまうから、真ん中がラグーンになっている環礁部分を埋め立てて新しい島を作ろうという計画もあります。。海外で教育を受け、ツバルは選択肢が少ないからオーストラリアに移住したいという人もいました。
ツバルが沈んでしまった場合の選択肢のひとつとして、他国への移住がある。移住先としては、同じ南半球のニュージーランドとオーストラリアが有力な候補としてあがっている。実際1989年頃、ツバルは両国に、環境難民としての受け入れを要請した。オーストラリア政府は拒否した一方、はっきり「環境難民」としてではないし抽選ではあるが、ニュージーランドはある一定数のツバル人の受け入れを許容した。
Q: 日常生活への具体的な被害は?
ひとつは井戸水が使えないことです。1980年代後半から海面上昇に伴い地下水が塩性化しはじめ、海水しか汲めなくなりました。いまはEUから貯水タンクを寄付してもらい、トタン屋根を整備し雨水を貯めて生活水として利用しています。土壌も塩害を受け、これまで収穫できていたプラカ(沼に育つタロイモ)がとれなくなってきていますね。
また、台風が通過する進路が南下していたり、雨季・乾季の区別がつかなくなってきています。僕たちが滞在した1-2月は雨季なのですが、雨がほとんど降らなくて季節が感じられなくなっている。
ほかにも、「コラム」の部分にあるインタビューでご覧いただけますが、島の人たちはビーチが小さくなっていたり、くるぶしまでしかなかった海面が膝の上まできているという変化も感じています。
Q: 約2か月間ツバルに滞在されて一番感じたことはどんなことでしょうか?
最前線で気候変動の影響を受けている地ではどういった被害があるのか、どんな人が被害者なのかを自分の目で確かめてみたいと思っていました。先ほどもお話しましたが、実際に行ってみたら、ツバルの人たちは拍子抜けするほど明るかったんですね。でも気候変動の話をすると、ふっと厳しそうな目をするんです。そのときに気候変動で被害を受けているのは人で、幸福を奪われているんだなと。気候変動の裏には人の顔があって、人の笑顔を奪う問題なのだなと。彼らの底抜けの明るさと幸福度合いとのギャップを感じました。
ポップでユーモアのある等身大の表現手法で届けたい
Q: 帰国後、清水さんたちは自分たちの経験を残したいという思いからこのWEBサイトの制作を思いついたという。そのこだわりポイントは?
自分らしく等身大で環境問題に対してアウトプットすることを意識しています。これまで環境問題に関するアウトプットは幅が狭く、全体的に硬いものが多かった。もちろん問題を真面目に伝えることは大事にしつつ、柔軟にポップに、そしてユーモアも取り入れながら一工夫加えたコニュニケーションを心がけました。より多くの人に伝えたいからこそ、あえて肩に力を入れすぎずにいきたいなと。
このWEBサイトは、ツバルや気候変動について知っているけどあまり関心がない人など、新しい層に届けたいと思っています。気に入ってもらえたらもちろんシェアもしてもらいたいですね。
Q: 読者にすべての記事を読んでほしいという思いと、サイトが沈むために全部読めなくなる仕掛けとの間の葛藤はなかったのでしょうか?
実はその点はメンバー間で最後まで議論していました、ですが、クリエイターとして面白さを追求することと、啓発の新しい形の試みという点から、このように実装しています。今回のWEBサイトから、海面が上昇しているのを見て欲しい、知って欲しいという思いが強いです。読者を逃すということはあまり考えていません。
とにかく自分たちの経験してきたことを多くの人に知ってもらいたい、だから今回のWEBサイトに関しては広まることに意味があると思ってます。
Q: 今後どのようにこのWEBサイトを広めていきたいですか?
これまで環境問題のトピックは環境系のメディアでしか取り上げられてこなかったですが、「沈む」サイトにしたことで違うジャンルの人にも面白いと感じてもらいたいなと思っています。
気候変動だけではなく、ツバルの国民性や物価、伝統文化などのコンテンツも掲載し、世界で一番ツバルに関して詳しい情報が載っているくらいの自負があるので、ツバル旅行に行きたい人にもぜひ見てもらいたいです。
Q: 清水さんが今後、環境問題に対して取り組みたいことはありますか?
今後も等身大に、クリエイティビティとユーモアを武器に、環境問題をテーマに活動を続けていきたいと思います。映像作家の大月壮と立ち上げた「環境に関するクリエイティブユニット」NEWW の活動にも注目していただけたらうれしいです。
編集後記
WEBサイトを初めて見た感想は、純粋に「おもしろい」だった。読み進めようとすると水位が上がってくる仕掛けで遊び心にあふれている。しかし掲載されているコンテンツはかなり充実している。ツバルの一面だけではなく、経済や食事、物価、文化などを、きれいに盛りすぎずにそのままをあますことなく網羅していて、読み応えがある。
今回、清水さんにインタビューしていて印象に残った言葉のひとつが、「気候変動って人の幸福を奪うんだ」というもの。気候変動と聞くと、海面上昇や異常気象、ハリケーン発生などの自然災害のイメージが先行し、なかなか「被害を受けている人の顔」は思い浮かびにくい。しかし、気候変動で実際に苦しんでいるのは人であり、それを改めて考えさせられる時間であった。
これからもどんどんと環境問題の現場を訪ね、そこで感じたことを多くの人に伝えるためにアートやクリエイティビティを駆使した新しい表現方法に挑戦していきたいと語る清水イアンさん。次はどんな場所でどんなことを感じ、どのように私たちに伝えてくれるのか、楽しみである。
【参照サイト】ツバル~沈みゆく旅行記~
【参照サイト】ニュージーランドへの移住制度(PAC:Pacific Access Category)
(※画像提供:Tuvalu Overview)