日本で精神疾患を抱えて病院にかかっている人は390万人以上いるといわれている。英国でも16歳以上の約20%が不安や抑うつ傾向を示しているなど、メンタルヘルスを取り巻く環境は深刻だ。先進国では、メンタルヘルスに深刻な問題を抱えた人の35~50%が治療を受けていないと推計されているなど、メンタルヘルスケアへのアクセスに大きな障害がある。
2018年に英国で設立されたSpillは、オンラインで文字を打ち込むことによるカウンセリング(テキストカウンセリング)を提供し、メンタルヘルスケアへのアクセス改善を目指すスタートアップだ。
英国のメンタルヘルスケアにおいては、「安価な公的医療を受けるために数か月待つ」もしくは「1回1万円かかる民間カウンセリングを受診する」の選択肢から選ばざるを得ない状況がある。その中でSpillは第3の道として「いつでもどこでも無料で気軽に相談できる」という解決策を提案している。
Spillのアプリは現在一部の先進的な企業に導入されており、従業員が無料で利用できる仕組みになっている。現時点で導入している企業は従業員10名のスタートアップから、大企業まで多様だ。ユーザーが「専門家に話すほどではない」と感じるようなことでも、専門資格を持ったカウンセラーに匿名で気軽に相談できるのが特徴だ。実際にユーザーの84%が、これまでメンタルヘルスに関する診療やカウンセリングにかかったことはなかったという。
Spillが描くメンタルヘルス業界への展望も興味深い。オンラインでのテキストカウンセリングは歴史が浅く、従来の対面カウンセリングと同等の効果があるかは未知数だという指摘がある。だがSpillはテキストカウンセリングによる目覚ましい効果よりも「メンタルヘルスケアへのアクセス」に焦点を置き、これを最大の課題と捉えている。「対面のカウンセリングをいつでも利用できるのであれば、自分たちのサービスは必要ない」と公言しているほどだ。深刻な精神疾患をケアするための従来のケアよりも、予防的で日常に寄り添ったサービスを目指すという。
多くの現代人が生涯のうちにメンタルヘルスに課題を抱える現状がある中で、ケアへのアクセスのしにくさは大きな課題だ。金銭的、時間的なコスト面だけでなく、周囲の偏見などから心理的にハードルが高いこともその要因だ。Spillのようなサービスがそのようなハードルを取り除くだけでなく、ケアのエビデンスを蓄積することで、オンラインでのメンタルヘルスケアがさらに広まることが期待される。
【参照サイト】Spill
【参照サイト】Mental health: 10 charts on the scale of the problem
【参照サイト】Mental Health Statistics UK And Worldwide