日本を代表する航空会社、ANA(全日本空輸)。出張が多いビジネスマンや旅行好きの方のなかには日ごろからお世話になっているという人も多いことだろう。そのANAグループが、「ANA SOCIAL GOODS」という取り組みを展開していることをご存じだろうか?
ANA SOCIAL GOODSは、人々の感性や想いを重視し、よりよい社会づくりに役立つ商品や体験・サービスにスポットライトをあてて「これからの豊かさ」を提案している。人の感性に訴えかける優れたデザインや素材、ストーリーなどに加えて、生産者の想いがあり、社会や環境への配慮もされている商品だけを厳選し、取り扱っている。
航空事業を主とするANAグループが、なぜソーシャルグッドな事例を取材・紹介、時としてオリジナルな仕様を施して商品化しているのだろうか。IDEAS FOR GOOD編集部は、その背景についてANA SOCIAL GOODSの立ち上げ・運営を主導してきたANA X株式会社の平山剛生さんにお話を伺ってきた。
「これからの豊かさ」を提案する
Q:ANA SOCIAL GOODSを始めたきっかけは?
ANAマイレージクラブの理念として、お客様に「これからの豊かさ」を提供することを目指していくうえで、ANA X株式会社の前身であった、ANAのロイヤリティ マーケティング部時代から単なる航空輸送だけではなく人の想いも運びたいという話をしていました。そのなかで、物販においても、まずは「心ある生産者の商品を心ある消費者に届ける」という循環をANAマイレージクラブ内でつくり、それを世界に広げていきたいという考えを持っていました。
また、今でこそ「SDGs」などの言葉も当たり前になりましたが、ANA SOCIAL GOODSをはじめた当時はまだ経済的なメリットが重視されていたので、消費の価値尺度そのものを「金額が高い」「豪華」といった物理的な価値から、より精神的な価値へと変えていきたいという話もしていました。ANAマイレージクラブ会員の方々は洗練されている方も多く、早くからそうした価値観に気づいている方も多くいらしたという実感もありました。
物事を自己と他者の二軸で考えたとき、自己の欲求やベネフィットはもちろん大事なのでそこも目指していくのですが、家族や仲間、ひいては世界全体までを含めた他者の利益(利他)も考え、前提として自分のことを大切にしながらもバランスのとれた利他思考をするのがよいのではないかと考えたのです。このように頭の「ものさし」を変えたとき、自己利益と他者利益の両方を満たせる可能性があるものをSOCIAL GOODSとして定義づけました。
ANA SOCIAL GOODSをつくっている方々がANAマイレージクラブの会員であれば嬉しいし、その方々の商品を他の会員の方が購入し、ANAマイレージクラブに入っていてよかったなと実感していただき、供給する側と、それを受け取る側の両者が、ANAマイレージクラブを通じてより近くなってもらえたらよいなと。
Q:ANA SOCIAL GOODSはどのように運営されているのか?
ANA SOCIAL GOODSは、ANAのマイレージライフをより楽しんで活用してもらうための『ANA STORE』というサイト内で企画運営し、ご紹介している商品の多くはマイル交換特典の「ANAセレクション」や、グループ会社の全日空商事株式会社が運営する「ANAショッピング A-style」というショッピングサイトで購入することができます。A-styleではマイルをお持ちであれば1マイルからお買い物のお支払いに活用できるので、旅行などで貯まったマイルの使い方としては、価値のあるものではないかと思います。現在ANA SOCIAL GOODSで紹介する16の事例のうち、ANAショッピング A-styleでは、食品や、ビジネスパーソン向けのバッグ、ジュエリーなどを取り扱っています。
取り組みが継続するために「三方よし」の精神を
Q:オープンに際して最も大変だったことは?
物理的な苦労はいろいろとありますが、一番苦労したのは商品選定です。より研ぎ澄まされたものだけを取り扱うことを目指しているのですが、選定基準に合うものがなかなか見つけられませんでした。
「これからの豊かさ」という点では、物質的な価値観では図れない「感性」に訴えかけるものかどうかという基準もありますし、ANAブランドに合うかどうか、よりよい社会づくりに役立つかという点も見ています。また、できる限り多くの人のもとに流通させるためには、すごくよいものでも価格があまりにも高すぎるものではマッチしません。
消費者のストーリーとしては、そもそも商品としてすごく魅力的であるという前提があったうえで、社会の役に立っている、地域を活性化させている、文化を継承したり創出している、というバックグラウンドを聞いて「それならやっぱり買ってみたい」となるのが理想です。「困っているから買ってください」では押し付けになりますよね。理念の一方通行はその場かぎりで終わってしまいがちであり、商品に本当に納得し共感してもらわなければその取り組みは持続しないと思うので、日本に古くからある商売の原点でもある「三方よし」を大事にしています。
Q:特に一番厳しかった基準は?
感性に訴えかけるかどうか、というところが一番の壁でしたね。明日からライフスタイルが変わるぐらい、魂が揺さぶれられるもの、というのを理想としていて、たとえば地域活性化につながっている食べ物があるとすれば、それを食べたら、味も美味しく、理念にも共感して、そうしたらもうそこのもの以外は選べなくなるほど好きになるか、といった問答をしていました。
自分も社会も幸せにする商品たち
Q:具体的にどんな商品を扱っているのか?
「ASO MILK」と「きぼうの缶詰」(さばの缶詰)については、震災等の自然災害があった地域の復興の後押しができないかという想いからも商品探しを始めましたが、実はASO MILKのヨーグルトは、もともと世界的な評価を得ている熊本県阿蘇のすばらしい地場産業の会社で、高い品質と美味しさの裏付けがありました。このすばらしさの認知拡大をしながら、ぜひとも復興の応援ができないかと。きぼうの缶詰については、もともと美味しい商品として一般家庭向け缶詰として販売されていたのですが、東日本大震災のときにこの缶詰を通じて避難されていた方々と、その方々の命がつながったというストーリーがあり、しかも絵本付きで販売しているのでお子様にも被災の教訓を話すことができ、人のつながりを伝えられるという点がよいなと感じました。
また、「まごチャンネル」という、遠隔地にいる親や祖父母に孫の生活を写真や動画で届けられる商品もあります。親や祖父母からすると遠くに離れていても普段から孫の生活をリアルタイムで垣間見ることができ、生きる活力にもなりますし、この商品の最大の特徴である閲覧状況が分かるので送り手側からも遠方の暮らしが変わらない日常であるか見守れるため安心につながります。クラフト感のあるデザインの見た目で、ハートフルながらも社会的な課題を解決している素晴らしい商品だなと思い、採用しました。
他にも長野県栄村でつくられているコシヒカリの小滝米「コタキホワイト」も販売しています。以前から銀座の老舗こども服ブランド「ギンザのサヱグサ」さんが応援されており、パッケージデザインにもこだわった新米を、ワインボトルに詰めてボジョレヌーボーのようなギフトの形に仕立て上げたのです。地域活性だけではなくそのような感性に響くセンスが素晴らしいなと思い、採用させていただきました。
Q:反響の大きかった商品は?
環境や社会問題にも活発に取り組まれているリバースプロジェクトさん、Made in JAPANこだわるバッグブランドのマスターピースさんと共につくったカバン「AIRBACK」ですね。実際に手に取るとすごくカッコいいのですが、その背後にはいろいろなストーリーがあります。
実は、自動車のエアバッグというものは、取り出しと加工の煩雑さから廃車の際にほぼ再利用されることなく廃棄されているそうなんですね。エアバッグは耐久性が強くて破れにくいのですが、そこにリバースプロジェクトさんが目をつけて、カバンの内装によいのでは、という話からアイデアが生まれました。外側の生地はANAのファーストクラス座席の修繕用に保管されていたストック生地を使っています。マスターピースさんは日本のものづくりの継承と現状課題の解決のために新たに自社工場を設立するなど、背景までみえるものづくりを徹底されています。三社の理念が一つの形となってよくはまった商品でした。
また、現在、第二弾を企画中で飛行機の機内で実際に使用されていたシートベルトパーツを材料の一部として使っています。従来はスクラップされ廃棄されるはずだったものを倉庫まで取りに行って洗浄して使用しています。また、こちらも内装はエアバッグが素材となっています。
廃車になった車両のエアバッグという、リサイクルがなかなか難しい素材に目をつけたリバースプロジェクトさんと、10年ほど前から航空機の部品をリサイクルして商品化していたANAショッピング A-style、そしてマスターピースさんが一緒になって形にした商品で、センスやサステナビリティといった点でもっともANA SOCIAL GOODSらしさが出ていると感じます。
ANAマイレージクラブ会員のお客様はビジネスマンが多いのでカバンは非常に人気がありますし、特別なシーンではなく会社に行くときなど普段から使え、それを身につけることで自分の意識が変わっていくというのがよいですね。
地域の魅力に気づき、旅をするきっかけに
Q:ANA SOCIAL GOODSは航空事業にどのようにシナジーを生むのか?
ANAは航空会社ということもあるので、最終的には現地に訪れて実際に商品ができた工場や職人や生産者の方に会ってみたり、作物が育った場所を見てもらいたいという想いがありますね。その場所を五感で感じてもらいたいですし、それでより現地のことを好きになってもらいたいので。飛行機を利用してANA SOCIAL GOODSが作られている場所に実際に行っていただくというのがビジネスとしては理想的な姿です。
飛行機に乗ればマイルも貯まるので、それを使ってまた新しいANA SOCIAL GOODSを購入していただければよい循環も生まれますし、旅行を通じて人のつながりもできればよいなと。提供されたものを単純に消費するだけではなく、参加して体験するというところまでできれば本当に素晴らしいなと思います。
そういうことを応援するANAマイレージクラブでありたいし、そういう頑張っている人を応援している人がいるマイレージクラブでありたいですね。
Q:どんな人が商品を購入しているのか?
国際線を多くご搭乗されているようなビジネスパーソンの方が多いです。おそらく、国際的な環境・社会・経済などのあらゆる問題に向き合われていたり、世界の国々と日本のことをより知っている方に反応していただけるのが嬉しいですね。
すべての商品をANA SOCIAL GOODSにしたい
Q:ANA SOCIAL GOODSとしての最終的な目標は?
理想としては、販売している商品、マイルで交換できる商品はすべてANA SOCIAL GOODSにしたいですね。カバンなどは代表例ですが、そのためにもまずはお客様が旅で使うものについてはもっとソーシャルなものを増やしていきたいと考えています。
ただ、ANAマイレージクラブでは旅だけではなく日常、生涯にわたってお客様にお付き合いいただきたいと考えているので、衣食住すべてにわたり取り扱っていきたいと思っています。そして社会課題の解決と、ビジネスとしての成長をともに遂げられたら最高です。
もちろん航空会社としては今はあまり接点がない方でも、いつかANA SOCIAL GOODSに触れて、こういうことをやっているANAであればいいエアラインに違いないと思っていただいて、いつかは航空も利用していただければ幸いですね。
Q:今後、「コト」軸の商品などは展開するのか?
ANAマイレージクラブの会員はご多忙の方が多く、皆さん仕事で飛び回っていらっしゃるので、コトを体験する時間がとりにくくマッチングが難しいという課題はありますが、体験型の商品も諦めずに挑戦したいなと思っています。
Q:ソーシャルグッドな事業を社内で推進していくコツは?
大事なのは、価値観に共感してもらうだけではなく、実際にアクションをしたうえで結果を残せるかという点だと思います。販売にかかるコストもあるので、どんなにストーリーがよいものでもニーズがないものを採用することはできませんし、商売ですからビジネス目線で厳しいものは取り扱えません。
また、こうした取り組みはどうしても立ち上がり規模が小さい場合が多くありますので、企業としての予算やリソースも限られている以上は品揃えも工夫しながら効率的に進める必要もあります。そして、携わる私たちも「この商品はいいな!」というときめきや情熱が持てるかどうかという点も大事だと考えています。
Q:ANA SOCIAL GOODSに関心がある方へのメッセージをお願いします。
ANAグループはもともと二機のヘリコプターからはじまり、チャレンジ精神を持って多くの苦難を乗り越えるなかで成長してきた会社なので、チャレンジされている方々を応援したいと考えています。
編集後記
航空事業とソーシャルグッドな商品の販売事業。一見関係なさそうにも思えるこの二つの事業だが、平山さんの話をお伺いして、そのつながりとANA SOCIAL GOODSが持つ価値を改めて理解することができた。
ANAのメインユーザーは国内外に旅行や出張に頻繁に出かける人が多く、それゆえに感性や考え方も洗練された人が多い。そうした人々ほど、物質的な豊かさではなく精神的な豊かさの価値を理解しており、ANAが提案する「これからの豊かさ」に敏感だ。ANA SOCIAL GOODSは、そうした会員を惹きつけ、ブランドエンゲージメントを高めるための場所でもある。
顧客の感性の変化に合わせ、提供する価値も変えていく。ANA SOCIAL GOODSは、単なるCSRとしての取り組みではなく、顧客のことを考え抜いた結果として自然と生まれた企画なのだ。
また、ANA SOCIAL GOODSを通じてより多くの会員に地域の魅力を知ってもらい、実際にその地域を訪れてみたいと思ってもらうことができれば航空事業に直結するし、現地で生産者と交流することでつながりが生まれれば、継続的に飛行機を利用してもらえる可能性もある。
移動のインフラを提供するANAグループとして、ANA SOCIAL GOODSは会員が飛行機に乗って新しい場所に行く理由を提供するきっかけづくりとしても機能しているのだ。
地域を知れば知るほど、その魅力も課題もよく分かり、より深く関わりたいと思うようになる。世界を旅すれば旅するほど、地球全体の問題をジブンゴトとして捉えられるようになり、社会課題に対しても敏感になる。旅する人ほど、ソーシャルグッドな感性が育まれることは間違いない。
ANA SOCIAL GOODSは単なるセレクトショップではなく、そうした人々をつなぎ、力を合わせてよりよい社会を創っていくためのプラットフォームなのだ。同社の考え方に共感した方は、ぜひ手元のマイルを使ってショッピングを楽しんでみてはいかだろうか。たった一度の小さな買い物が、自分も社会も豊かにするための大きな一歩になるかもしれない。
※この記事はIDEAS FOR GOODが株式会社エンゲージメントファースト社と共同で取り組んでいる「Social Good Companies」特集の第一弾です。本業を通じて社会にポジティブなインパクトをもたらす取り組みを推進している企業にフォーカスをあて、そのポイントをご紹介しています。
【参照サイト】ANA SOCIAL GOODS
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