消費者をまちのつくり手に。福岡テンジン大学が考える、「学び」を通じたまちづくり

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いま、日本でもっとも勢いのある都市のひとつが福岡だ。空港から市内の中心部まで地下鉄でわずか10分というアクセスの良さ、コンパクトで暮らしやすい街、豊かな食文化など、福岡が持つ魅力は数知れない。実際に福岡市の人口増加数は全国トップを誇り、過疎化に悩む地方都市が多いなかで圧倒的な存在感を示している。

そんな良いイメージが先行しがちな福岡だが、そこで暮らす人々の実態を見てみると、この都市が持つ別の一面も見えてくる。実は、福岡市は居住10年未満の人口が50.3%と半数を超えており、全国でもっとも人口の流動性が高い都市でもある。

福岡には九州各地の若者が大学進学と同時に集まり、就職とともに去っていく。また、大企業の支店も集積しているため、毎年のように首都圏から多くの転勤族がやってきては数年後に去っていく。「福岡は住みやすくてよいところ」という話をよく聞くが、それは裏を返せば他の地域と福岡を比較できる人、つまり移住者が多いということの証でもあるのだ。

福岡市内の様子 Image via Shutterstock

めまぐるしく人が入れ替わり、常に新しい移住者がやってくる都市だからこそ大事になってくるのが、そこで暮らす人々同士のつながりだ。単身者も多く、人間関係が希薄化しがちな都市において、人のつながりは豊かなまちづくりを進めるうえで欠かせない。

そんな福岡ならではの課題に向き合い、「学び」を通じて地域で暮らす人々の「つながり」づくりに取り組んでいるのが、福岡市の中心部、天神に拠点を置くNPO法人「福岡テンジン大学(以下、テンジン大学)」だ。

「福岡の未来を“学び”でつくろう。」がコンセプトのテンジン大学には、特定のキャンパスは存在しない。福岡のまちを丸ごと大学のキャンパスに見立てており、商業施設やカフェ、地下鉄や伝統的建築物にいたるまで、まちのいたるところが教室だ。

毎月第4土曜日を「福岡テンジン大学の日」と定め、同時多発的に各所で授業を開催し、市民が自由に教え合い、学び合えるコミュニティを作っている。

福岡テンジン大学 ウェブサイト

先生も市民、生徒も市民で、登録すれば基本的に誰でも無料で授業に参加でき、自ら授業を企画することもできる。地域で暮らす人々の学びの場づくりを通じて、人と人がつながる仕組みを創り上げているのだ。

テンジン大学には2019年7月現在で7,300名以上の市民が学生として登録しており、そのうち女性が6割を占めている。また、年齢別にみると20代・30代が7割以上を占めており、若者が多いのが特徴だ。参加者の半数以上が社会人で、仕事で福岡にやってきた人々の出会いの場としても機能している。

このテンジン大学を立ち上げたのが、福岡市出身の岩永真一さんだ。もともと学生時代にゴミ拾いに取り組むNPO法人グリーンバードの活動に参加していた岩永さんは、現在の渋谷区長でグリーンバードの創業者でもある長谷部健氏が2006年に東京・渋谷で「シブヤ大学」を立ち上げたのをきっかけに、地元福岡で同じような学びの場を創ろうと考え、2009年にテンジン大学の開校にこぎつけた。

福岡テンジン大学学長を務める岩永真一さん

テンジン大学をはじめた理由について、岩永さんはこう語る。「福岡は入れ替わりが激しいまちなので、一人暮らしをしていて、つながりのない若者が多い。だからこそ、まちにテーマ型のコミュニティを増やし、地域の課題と若者がつながることで、まちが盛り上がるのではないかと考えました。」

岩永さん自身も、グリーンバードの活動を通じていろいろな人と出会い、そこでつながった人たちから仕事が生まれることも数多く経験したことで、そうした第三の場所とも言えるコミュニティがあることで人生も豊かになり、まちづくりにも貢献できることを実感したという。

まちは消費されるだけだと廃れていく

岩永さんは、圧倒的な人口流動性の高さという福岡の特性が、まちづくりの課題に直結していると分析する。

「数字で見ると、福岡市の7区を平均すると5年で40%の人が入れ替わります。特に中央区、博多区では集合住宅率が9割を超えていて、東京23区よりも高くなっています。縦に住んでいるとコミュニティ形成ができないので、結果として治安が悪くなります。実際に中央区、博多区は犯罪発生率が全国トップクラスです。みんな自分のまちという感覚がないので、町内会の活動にも参加せず、消費者として暮らしているのです。」

たしかに、福岡の中心地である博多や天神エリアには数多くのマンションやアパートが立ち並んでおり、一軒家はあまり見かけない。「住みやすい」という評判は、あくまで便利さや暮らしやすさといった消費者としての目線であり、市民としての視点は薄いのかもしれない。

Image via Shutterstock

「みんな生活には満足しているのですが、その裏側では犯罪発生率やモラル、マナーの悪さが市民の不満として挙がっています。要するに、みんな雑に住んでいるのです。」

そう語る岩永さんは、まちを活性化するためには消費と生産のバランスが大事だと訴える。

「まちは消費されるとどんどん廃れていくので、生産したり、創ったりする人が必要です。福岡は消費者として住んでいる人が多いから、治安も悪くなる。逆に田舎だと、生産者は多いけれど消費者はいない。大事なのは消費とつくり手のバランスです。」

「消費者」を「まちのつくり手」に変える学びのデザイン

まちは消費されると廃れていく。だからこそ、テンジン大学では、新たに福岡にやってきた人々がまちの消費者からまちのつくり手になれるような学びのプロセスをデザインしている。

テンジン大学の授業は、ウェブサイトから会員登録をすれば、誰でも無料で参加することができる。授業スタイルも一方通行ではなく、参加者同士が自己紹介するなど、インタラクションがある形式をとっている。

「テクノロジー時代の大人の学び~科学館・博物館・美術館の館長に聞いてみよう!~」の授業風景

「テクノロジー時代の大人の学び~科学館・博物館・美術館の館長に聞いてみよう!~」の授業風景

また、授業終了後には参加者アンケートではなく「リフレクションシート」を配り、授業を評価するのではなく自分の気づきを言葉にしてもらう。自分で言語化することで再現性が生まれ、他の場所でも学びを話せるようになる、というのが狙いだそうだ。

こうしたインタラクティブな授業を通じて仲間を増やし、横のつながりもできて自信が生まれてくると、つぎは自分でも授業を企画してみようという人が現れる。テンジン大学では誰もが授業のつくり手になれるのだ。

しかし、いきなり授業を企画するというのは初めての人には難しい。そこで、テンジン大学では初めての人でも授業の企画を立てられるよう、企画者に伴走者となるマイスターをつけることで、壁打ち相手として企画づくりをサポートしている。

また、企画を考えるときのプロセスとノウハウを体系化したシートも用意されており、「なぜやりたいのか」「この授業を通じてどのようなまちの課題や魅力を伝えたいか?」など、項目に沿って考えていくことで自然とよい企画に仕上がるように工夫している。

このように、テンジン大学に登録した人々を学生としての「学びの消費体験」から企画者としての「場づくりの生産体験」へと移行させることで、自発的にまちづくりに関わっていく人材を育成しているのだ。

Image via Shutterstock

まちをもっと知りたいと思わせる企画づくり

最近では企業や自治体から、テンジン大学の企画づくりのノウハウを教えてほしいと声がかかることも多いそうだ。実際にテンジン大学の授業内容を見てみると、「全国ジモト化! ~出身地でもなく住んだこともない場所が地元になるってどういうこと?!~」「みんながメディア論~福岡のローカル発ジャーナリストになろう~」など、思わず足を運びたくなるようなユニークな企画が並んでいる。

また、今年の5月には、地元福岡の野球チーム、福岡ソフトバンクホークスとのコラボレーションにより、「ホークスのコミュニケーションをアップデートせよ!」という授業も行われた。地域を盛り上げたい地元企業との共同企画も積極的に行っている。

学長を務める岩永さんが企画を考え、今年の4月に実施したのは「まちなかピクニック~福岡の史跡をあそぼう!~」というイベントだ。もともとは福岡市の職員から舞鶴公園にある福岡城の石垣の草むしりに困っているという話を聞き、「史跡で楽しく歴史を学び、ピクニックをしながら、その一環で草むしりもする」という企画を思いついたそうだ。

「まちなかピクニック~福岡の史跡をあそぼう!~」の授業風景

石垣の草むしりを楽しむ参加者たち

このピクニックは募集開始後すぐに定員が埋まり、参加者の満足度も非常に高かったとのことだ。草むしりという大変な作業も、企画と見せ方次第で人が集まる魅力的な体験になるのだ。

また、ピクニックの参加者は草むしりを通じてまちづくりとの接点を持ち、観光客とは違って視点で福岡城を見ることができるようになる。そして友人が福岡にやってきたときは、その視点から福岡城を案内することができるようになる。この企画を通じて、まちのつくり手も語り手も増えるのだから、行政としてもテンジン大学と組む意義は大きい。

テンジン大学で、福岡をもっと好きになる。

岩永さんが話すように、新しく福岡にやってきて「福岡はいいところだ」と満足している人も、実は福岡のことをよく知らない。だからこそ、まち全体をキャンパスにして福岡というまちについていろいろな角度から学び、地域の人とつながれる機会を生みだしているテンジン大学には存在価値がある。

授業を通じてまちの魅力や課題を知った人々が、つぎは自分がボランティアや授業のつくり手となり、まちづくりに関わっていく。こうして消費者をまちのつくり手に変えていくのが、テンジン大学という場所なのだ。

岩永さん。福岡テンジン大学の事務所にて。

福岡に暮らしている人はもちろん、福岡への移住を考えている人、福岡の地域活性に興味がある人は、ぜひ学生になってみてはどうだろう。一度テンジン大学に入学すれば、地域の人とつながり、地域の魅力や課題に気づき、これまでとは違った視点で福岡というまちをジブンゴト化できるようになる。

そうすれば、まちとの関わり方が変わり、もっと福岡のことが好きになるはずだ。「福岡はよいところ。」消費者ではなく、そこで暮らす市民の目線からそう自信を持って言えるように、一歩を踏み出してみよう。

【参照サイト】福岡テンジン大学

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