日本からみて地球上の裏側に位置する国、ブラジル。国土は日本の約22倍、人口は約2倍の大国であり、サッカーやアマゾン、カーニバルなど、様々な顔を持つ。そんなブラジル南部には、フロリアノポリスと呼ばれる、美しいビーチや湖を持つブラジル人や欧米人に人気の島がある。リゾート地である一方、IT産業が発展し、多くのソーシャルイノベーション活動が生まれていることは日本ではあまり知られていない。
そんなフロリアノポリス発のソーシャルイノベーションの一つにSocial Good BrasilというNGO団体がある。テクノロジーやデータをうまく活用し、社会にポジティブな影響を及ぼそうと活動している。今回、同団体がイニシアチブをとる「Data for Good Movement」について、代表のAna Addobati氏に話を聞いてきた。
データを活用してより良い社会へ
Social Good Brasil は2012年にフィランソロピーやイノベーション分野で働いていた二人の女性が、ニューヨークで開催されたソーシャルグッドサミットから発想を得て、フロリアノポリスでソーシャルグッドフェスティバルを開催したのが始まりだ。彼女たちは同フェスティバル後、テクノロジーとイノベーションを掛け合わせたソーシャルイノベーションラボを本格的に始めることにした。
このラボは数週間に渡るインキュベーションプログラムであり、公的機関や民間組織、非営利団体を招待し、メンターをつけ、より効率的で影響力があるようにテクノロジーを使ったソーシャルイノベーションを促進している。これまでに、社会投資家に向けてソーシャルイニシアチブへの投資の仕方を教えたり、政府向けにデータを用いた効率的な意思決定のやり方をレクチャーしたりするなど、累計12個のラボを開催してきた。
現在は、国連やラテンアメリカ最大手の携帯事業会社であるVivoと連携し、年に一回のソーシャルグッドフェスティバルの開催や官民向けのラボ・ワークショップの運営を通して、社会の役に立つようにデータを活用するムーブメント「Data for Good Movement」を牽引している。
例えば、公共機関の非効率性を改善するため、Google傘下のカーナビアプリ「Waze」内でユーザーが投稿する渋滞や信号故障、路上の陥没などの情報を自治体に提供し道路の交通整理に使用できるように働きかけている。また、ブラジル国内にある格差の問題をデータを使って解決するため、ファベーラ(貧困街)に住む子どもたちに向けてデータリテラシーが将来のキャリアにとって大事でどのように高めることができるのかについてワークショップを開催したり、公立学校の生徒の退学率を減らすためにデータを活用してどの生徒が退学の可能性が高そうでどのような支援を提供すれば阻止できるのかをレクチャーしている。
このように、自分たちが抱える問題を解決するための適切なデータのリサーチの仕方やデータの読み方、データの使い方などについて、ブラジル国内を中心に官民問わずに広める活動をしているのが、「Data for Good Movement」である。
なぜ社会を変えるのにデータが大事なのか?
Social Good Brasil以外にも、Data for Good Movementプログラムを立ち上げている企業は近年ますます増えている。そんななか、Data for Good Movement を広めるにあたっての一番のチャレンジは、「データはデータサイエンティストが扱うもの」という人々のマインドセットを変えることだとAnaはいう。
近年、AIやIoTの進展によって、世界中で生成され移動するデータ量が急増している。米国IT大手のCiscoによると、世界のデータ流通量(IPトラフィック)は2017 年には 1 人あたり 16 ギガバイト(GB)であったが、2022 年には3倍以上の 50 GB に到達すると予測されている。
このデータの中には、スマートフォンでやりとりしているメッセージの内容やSNSでの投稿、ICカードでの移動なども含まれている。普段、これらがデータであると意識することは少ないが、実は商品マーケティングや防犯、渋滞緩和など、私たちの生活をより快適なものにするために活用されている。
このようにデータをうまく活用し、人の行動をパターン化し、より効率的なサービスを提供したり、一人ひとりにカスタマイズした情報を提供したりすることで、生活の質を向上させることができるのだ。
実際、Data for Good Movementを通して、データを活用して公立病院での適切な人事配置や公立学校の退学率の減少などに役立てている。
データよりも大切なもの
データは「21世紀の石油」とも言われるように、その利活用の方法によって私たちの生活の質を向上させてくれる貴重な資源である。とは言え、ソーシャルイノベーションを起こそうとするすべてのケースでデータが必要なのだろうか。Anaに聞いてみた。
「データを使う裏にある私たち人間の役割は何なのかを常に話し合います。人間の役割を明確にし、どんな課題を解決するためにデータを使いたいのかを理解しなければ、データ自体には意味がありませんし、データが人間関係に取って代わることはありません」とAnaは答えた。
Social Good Brasilが掲げる「将来のスキル」のなかに、分析スキル、データリテラシーのハードスキルと、共感力、クリエイティビティ、回復力、学習継続力のソフトスキルとがセットになっているのも、ハードスキルを使いこなす基盤としてソフトスキルが必須なことを物語っている。
データはこれだけ強力なものだからこそ、それを扱う人間の倫理性が問われる。Data for Good Movementでは、データを使った犯罪やプライバシー侵害の問題、情報操作、デジタル依存症など、データが生み出しうるダークサイドについてもしっかり理解してもらうことを必須としている。
編集後記
フロリアノポリスは、ポルトガル系とドイツ系、イタリア系の移民が人口の大多数を占め、奴隷の歴史もなく、ブラジル国内でも生活の質が高い都市として知られている。気候と治安が良く、自然が豊かで、少しバリ島を想起させる。そんな移住先やリゾート地として人気のフロリアノポリスで、21世紀の必須スキルの一つであるデータ活用力を広めようとするムーブメントが生まれたことは面白い。
Social Good Brasilの話を聞いて、AIやIoTだけではなく、Facebookの投稿に「いいね!」を押すことや、Lineでメッセージをやりとりすること、GPS機能を使ってレストランに行くことなど、すべて何気なく行っている行動が、実は「21世紀の石油」を産出していることにあらためて気づいた。
プライバシー侵害やフェイクニュースなど、データを用いたネガティブな事例を見聞きするごとに、「データは怖いもの、隠すべきもの」と思っていた。しかし、データ量が爆発的に増加する今日において、データを隠したり避け続けることはできない。むしろ、日々私たちが生み出しているデータが、何か社会の役に立つために積極的に使われるのならば、そんな嬉しいことはないのではないか。悪知恵を働かすためか世界を救うためか、いずれにせよ、「21世紀の石油」をうまく使うか否かは、私たち人間にかかっている。
【参照サイト】Social Good Brasil
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