新型コロナ感染拡大で旅に出れない中でも、オンラインで世界とつながり、希望の光に目を向けたい。そんな想いで5月から5週連続開催をした、IDEAS FOR GOOD主催のオンラインイベント「世界サステナブルトークツアー」。行き先はオランダ、デンマーク、アメリカ、ニュージーランド、そして最後に日本を含むアジア諸国です。
ゲストの方々から現地のリアルなお話をシェアいただきながらこれからのサステナビリティを参加者のみなさまと一緒に考えていく旅。今回は、本バーチャル世界ツアーの最終目的地であったアジアのレポート記事をお届けします!
6月10日に開催されたトークツアーの最後を飾っていただいたのは、アジア各国に工場や店舗を展開し、日本だけではなくアジア全体のコロナを取り巻く状況に精通しているマザーハウスの山崎さんです。トークのファシリテーターは、IDEAS FOR GOOD編集長の加藤佑が務めています。「皆さんからの質問に、僕も全力でボールを返します」と、イベントに臨んでくださった山崎さん。クローズドな空間だったからこその、本音トークが飛び交いました。本記事では、その中でも特に印象に残った部分をお届けします。
話者プロフィール:山崎 大祐(やまざき だいすけ)さん
1980年東京生まれ。 慶應義塾大学在学中にベトナムでストリートチルドレンのドキュメンタリーを撮影したことをきっかけに、途上国の貧困・開発問題に興味を持ち始める。03年3月大学卒業後、ゴールドマン・サックス証券にエコノミストとして入社。創業前から関わってきた株式会社マザーハウスの経営への参画を決意し、07年に取締役副社長に就任。
公衆衛生と経済のバランスの難しさ
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念のもと、モノづくりを通して途上国の可能性を届けるブランド、マザーハウス。コロナ禍の数か月を「色々なモノを守るために、本気で走ってきた」と、山崎さんは振り返ります。
山崎さん:どんな理想を描いても、お金がないと生きていけない状況でした。その中で行ったのは、全世界にいる社員700人の雇用、給料の100%を保証すること、みんなの安心安全を守ること、そして社内全体を未来志向にさせることでした。
アジアの生産拠点は、過去に流行したSARS(サーズ)で被害が出た国と出ていない国の2つで、大きく違いがありました。ベトナム、タイ、台湾などはコロナの押さえ込みに成功していましたよね。これらの国は、SARSのときの助け合いのプラットフォームを持っていて、その経験が役に立ったのです。人間は、歴史から学ばなければいけません。
公衆衛生と経済のバランスは難しいです。例えばインドでは、厳しいロックダウンをした結果、経済活動が守れなくなりました。都市部に出稼ぎに出ていた人々が職を失い、一気に治安が悪くなった。そして都市部から1000キロもある田舎までの道のりを歩き、途中で力尽きて亡くなってしまった方々もいました。
東南アジアは家族の絆や、豊かな人が貧しい人を守るという文化風習に助けられていますが、インドはそれがうまく働かずに人々が流れた結果、コロナが国中に広まってしまった。最終的にインド政府はロックダウンを解除せざるを得なくなってしまったんです。今回のできごとは、人々の助け合いや支え合いなどを奪ったことも事実です。
「ベスト」ではなく「ベター」な選択肢を
在庫廃棄や大量生産・大量消費が問題となっているアパレル業界。話題は「マザーハウスはサステナビリティとどう向き合っているのか」に移っていきます。
山崎さん:物事には必ず正の部分と負の側面があります。自分たちで正しい側面だけを押し出していくようなことはしたくない。「作ること」自体が環境負荷となる、環境負荷対応にはものすごくコストがかかる世界ですよね。いきなり経済活動を止めることはできません。だからこそ、まずは「ベスト」ではなく今日より明日が「ベター」になるように経済活動するべきなんです。「他社のプロダクトを買うよりも、マザーハウスのモノを買うほうが社会にとっていい」というモノを作ること、それしかない。
「物を買わないこと」は簡単です。しかし残念ながら地球の人々は、これまで無駄なモノを買い、使ってきた。要するに、それで支えられてきた人がたくさんいることを意味しています。主に経済的に一番弱い人たちです。
5月から、使われなくなったマザーハウスのレザーバックを回収し、解体して再びリサイクルのバックを作る取り組みをはじめました。回収して、まったく新しいデザインバリューをつけて再び販売するという試みです。とにかくプロダクトを長く使ってもらうことが大切ですが、それでも不要なモノは出てきてしまうので、「捨てる」のではなく「戻して」もらう。そして新しいものを作る。この一連の流れで、雇用を生むことができます。少なくとも、いきなり素材がなくなるよりはずっと「ベター」な方法です。
これからは「Doing」ではなく「Being」を考える
「緊急事態宣言が起こり、これまであたりまえだった“自由”を失ったのが、今回のコロナでしたね」と、今だからこそ自分たちは一体どうありたいかという「Being」について考える機会だと話す、山崎さん。
山崎さん:これまで多くの人は、あのタスク終わらせなきゃとか、世の中あれが流行っているから今はそれやらなきゃ、といった「Doing」を考えながら生きていました。しかしそれがコロナですべてストップした結果、大切なのはどう生きるか、どうありたいかといった、あり方を考える「Being」だということに立ち戻りました。
「本質的なCSV(共通価値の創造)をどうスケールするか」という質問がありますが、本質的なCSVというのはCSVと言わなくても、もともと持っているはずなんです。よく「ダイバーシティを作るにはどうしたらいいか?」と、企業さんから聞かれますが、全員が同じ目標を持っているからこそ、ダイバーシティになります。強烈なミッションを持っているところは、ダイバーシティが自然とできあがるはずなんです。
マザーハウスも、コロナ禍でお店を閉めざるを得なかったので、これまでの「How」が突然なくなりましたが、僕たちはHowにはこだわらず、オンラインチャットで売り上げを伸ばしました。本質的なCSVがHowになってはいけない。CSVを広げたいなら大切なのは「Why」と「主観」、要するに「Being」です。CSVがWhyに紐付いていれば、その時代に準じて広がっていくのです。
経済活動に自分自身の価値観をのせる
加藤:企業視点を今度は個人に移していきたいのですが、コロナをきっかけにどう社会的なシステム転換を起こせるのか。そして個人はどのような形でその転換を作っていけると思いますか?
山崎さん:コロナが僕たちに突きつけたのは「経済活動が大切」ということ。みんな毎日、経済活動をしています。誰しもが、消費者としてモノを買い、貯蓄や投資をし、そして働きます。そこに、自分自身の価値観をきちんとのせてほしい。今は個人個人が、ぞれぞれ人の力になれるツールを持っています。東日本大震災をきっかけに、クラウドファンディングやDtoC(Direct to Consumer)などが広がり、個人で誰かを支援できる仕組みが整いました。生活が大変な人は、まずは自分の身を守り、とにかく助けを求めて欲しい。そして余裕がある人は、周りの人に手を差し伸べて欲しい。
これから僕らは、「選ばなくてはいけない時代」を迎えます。もし第二波・第三波が来たら、企業もみんなを守れなくなるかもしれない。賃金や雇用をカットしなくてはいけないかもしれない。すると私たち自身が、選ばなくてはいけない。そうなったときに、一番大切なことは「Why」と「being」 なんです。自分が「どう生きたいか」をしっかり考えられている人が、豊かに生きられる。
一人一人の幸せ=社会の幸せ
山崎さんへの質問が絶えず懇親会も盛り上がり、イベントも終盤に差し掛かったとき、参加者の方からこんな質問がありました。「山崎さんは、50年後・100年後にどんな着地点を持っていますか?」。
山崎さん:実は、僕はもともと物理学者になりたかったんです。物質的に見たら僕らは、大した存在ではない。だからこそ真実は、目の前にいる人々の笑顔や喜びしかないと、思ってしまいます。
みんなが生きたという証明が、できたらいいなと思っています。一人でも多くの人が、自己を肯定して生きていってほしい。来年何が起こるかもわかりませんが、今僕たちができることは、しいたげられている人に力をあげることだと思います。力をあげた側、貰った側、その双方が肯定的に考えられる社会であってほしい。万物は、すべてただの箱です。大切なことは、たとえマザーハウスがなくなっても、みんなが幸せに生きられること。社会の幸せのために一人一人の幸せを大切にしていく。そのために僕の力を使えたらいいなと、心から思います。
編集後記
政治・経済・経営などさまざまな切り口から、山崎さんの肌感覚を余すところなくお話いただけた、とても貴重な3時間となりました。「社会をよくしたい」と願い、常に現場で行動し続ける山崎さんの言葉ひとつひとつが胸に響き、イベントが終了した後もなかなか余韻が消えませんでした。
考えることをやめないこと。正解も答えもないこれからの時代に、自分自身と向き合い、「HowではなくWhy」、「DoingではなくBeing」を考え抜くことが、私たちの人生を豊かにすることにつながるという、大切なヒントをいただきました。
5月より5週連続で開催された世界サステナブルトークツアーも、素敵なゲストの方々と参加してくださった総勢172名のみなさまのおかげで、無事に終えることができました。みなさまからいただきました大切なお金も、特定非営利活動法人きずなメール・プロジェクトさん、NPO法人リトルワンズさん、一般社団法人旅の栞さんのもとに、無事にお届けすることができました。今回の世界サステナブルトークツアーに関わってくださった、すべてのみなさまに感謝の気持ちでいっぱいです。本当に、ありがとうございました!