「私にとって、サステナビリティとは何だろう?――これは、私が常に自分に問い続けている質問です」
まっすぐと前を見据えて静かに話すのは、世界に先立ってサステナビリティとサーキュラーエコノミー先進的な取り組みを続けるオランダ本社のヘルステック最大手ロイヤル・フィリップスで、スタッフ・イノベーション&戦略統括、サステナビリティ部門グローバル最高責任者を務めるロバート・メツケ(Robert Metzke)さんだ。
アムステルダムに本拠地を置くロイヤル・フィリップスは、1891年の創業以来、いくつもの事業を寄せ集めたポートフォリオ企業から、統合的なヘルス・テック企業へと変革を遂げた。1971年に企業の環境責任に特化した部門を設立し、世界に先立ってサステナビリティとサーキュラーエコノミーの先進的な取り組みを続ける。
今回、編集部ではロバートさんに、フィリップスのような大企業がサステナブルかつサーキュラーなビジネスに取り組み、本質的な変化を起こすためのヒントを聞いた。
自分たちの立場で貢献できることを突き詰める
Q. フィリップスは長年にわたりサステナビリティに取り組んでいます。「サステナビリティ」とは、フィリップスにとってどのような意味を持つのでしょうか?
「自分(たち)にとって、サステナビリティとは何か。サーキュラーエコノミーとは何か」これは、すべての人や企業が自らに投げかけ続けるべき問いだと思っています。フィリップスも例外でなく、どの分野ならば自分たちが実際に変化を起こすことができるかを常に考えています。
今回取材申し入れのご連絡をいただいたとき、メディアの名前がIDEAS FOR GOODだと聞いて、これはとても良いと思いました。フィリップスで私たちが大切にしている「イノベーション・ウィズ・パーパス」という言葉に通じるものがあると思うのです。パーパスこそがイノベーションを起こす。良い考え(アイデア)こそがより良い世界をつくるための行動につながる。私はそれを日々実感しています
世界のサステナビリティのために、自分たちが最大の価値を発揮しながら貢献できることを追求し、明らかにする工程を、技術的には「マテリアル・アナリシス」と呼ぶこともあります。ステークホルダーと対話し、どの分野であればインパクトをもたらすことができるか、どのように貢献できるか、といった分析を行います。
私たちもこの工程を経て、企業として最も大きく貢献できるであろう3つの分野を明確にしました。1つ目は、人々にヘルスケアへのアクセスを可能にすることです。地球上で暮らす人々の半数はヘルスケアにアクセスすることができません。2つ目は、資源とエネルギーの持続可能な利用です。言い換えれば、サーキュラーエコノミーです。3つ目は、気候変動危機へのアクションです。二酸化炭素排出量削減のための科学的な数値目標を持ち、2020年の終わりまでにオペレーション上のカーボンニュートラルを達成することを目指しています。
サステナビリティをめぐる2つの誤解
01. サステナビリティは、消費される「トレンド」ではない
Q. 近年サステナビリティとサーキュラーエコノミーについて企業や消費者らの関心が高まっています。この潮流をフィリップスとしてはどのように捉えているのでしょうか?
人々の関心は波のように高まる時期があり、サステナビリティについても同様の傾向を感じることはあります。サステナビリティは一過性のトレンド、流行だと言う人もいるかもしれません。しかし、企業は一過性の流行に乗るだけの取り組みでは本質的な変化をもたらせないでしょう。
2006年に気候変動の影響についてのアメリカのドキュメンタリー映画『不都合な真実(An Inconvenient Truth)』が公開されると、人々の考えに大きな変化が起こりました。また、現スコットランド首相のニコラ・スタージョン氏が、金融の視点から気候変動がイギリス経済に及ぼす影響について本を出版した際には(今から10〜15年ほど前でしょうか)、多くの人が経済的な戦略としてのサステナビリティについて理解を深めるきっかけとなりました。エレンマッカーサー財団が2012年に最初のレポート「Towards the Circular Economy」を公表したときも同様です。
このように、人々が気候変動やサステナビリティについて関心を寄せるタイミングは社会における様々な出来事に影響されるため、常に一定なわけではなく、繰り返し寄せてくる大小の波のようです。これまでを振り返ると、人々が気候変動に対するアクションについて理解を深めるきっかけとなった多くのトピックが世間を賑わせてきました。
しかし、企業としての取り組みは、思いつきや流行に左右されてはいけません。フィリップスは、着実に一貫性を持って自分たちが特に影響力を発揮できると考える分野からブレずにサステナビリティに取り組んできました。
もちろん世間で話題になっている内容をコミュニケーションの起点とすることはあります。しかし企業としての取り組みが、世間で話題になる、いわば一過性のトレンドに振り回されることはありません。私たちが取り組んでいる内容が、企業としてすべき正しいことだという確信があるためです。
10年ほど前でしょうか、社内でエコデザインを高級路線で推進すべきかという議論が持ち上がったことがありました。グリーン製品はグリーンなことを価値としてプレミアム価格で売ることもできるからです。
結局この議論は、それは私たちの目指すところではない、という結論に至りました。人々の消費行動には必ずしも一貫性があるわけではないためです。一過性のトレンドとして消費されてしまうものにするのではなく、私たちが正しいことを続けていれば、人々はそれを本質的に理解するでしょう。
人々は環境や社会により良いことをしたいと思っていますが、実際に店内でなされる意思決定は必ずしもそうとは限りません。頭のなかでは、環境や社会以外の、自分にとってもっとわかりやすい価値について計算して購入に至るためです。
だからこそ、企業は常に持続的な開発にコミットし続けることの大切さを理解しなければいけません。常にサステナブルであり続けるための努力を続けることで、人々は私たちを有意義なイノベーションを凝らす信頼できるパートナーとして受け入れ、この企業の製品のものを選べば良いことにつながるはずだ、と理解してくれるようになるためです。
このやり方のほうが、誰にとっても実り多いものになると思いませんか?製品自体をエコだというだけで高級路線として売り込む必要などなくなるのです。
02. サステナビリティは、コストのかかる「ボランティア」ではない
Q. サステナビリティに取り組むとは、ごみ拾いなどのボランティア活動を行うこと、コストはかかるけれど利益にならないこと、といった理解の域を超えない企業もまだまだ多いように思います。こういった企業は、サステナビリティをどのように捉えたら良いでしょうか?
企業がサステナビリティに向き合うことは、経営戦略上必要不可欠です。サステナビリティに向き合うことを「ボランティア」と考えるマインドセットがあるとするならば、その考えから今すぐに脱出する必要があるでしょう。
無限の資源があることが前提であると信じられていた、ミルトン・フリードマンの時代であれば、この考え方は正しかったかもしれません。しかし、その前提自体が誤りであったとわかった今、この論理は成り立たないのです。
企業として、コストを社会と環境に外部化し続けてはならないことは、誰の目にも明らかです。地球は今や、もう少しで100億人に届くほど人口過密の星であり、数多くのグローバル企業が日々製品・サービスを生み出しています。現在のこの地球上には、社会と環境にコストをそのまま外部化してしまえるような余裕はありません。もちろん、これは倫理的に正しくもありません。
だからこそ、存在するすべての事業を持続可能なものに変える必要があるのです。そして、その事実を理解しない企業は壁にぶち当たることになるでしょう。
サステナビリティ上の課題に向き合わない企業に対して、若い人たちはそのような企業では働きたくないと考え、さらに向き合わないことで必然的にその企業が存続するのに必要な資源は尽き、顧客は失望して離れていくでしょう。
企業がサステナブルに変わるべきか、という問いの答えはとうの昔に出ています。今、私たちが直視し、取り組んでいかなければなければいけないのは、どのようにすれば次の10年を生き残れるだけのスピードで変われるか、ということです。これは経営戦略上の必須事項です。
古いパラダイムのなかでは、サステナビリティに向き合うことはコストであると捉えられていました。もっと多くの利益を上げるか、もしくはもっとサステナブルなことをするか、というのは企業が持つ2つの選択肢であるかのように考えられていた時代がありました。しかし、これは誤ったジレンマです。このふたつは、選ぶか選ばないか考える余地のある「オプション(選択肢)」ではなく、経営上の両立しなければならない必須条件なのです。
さらに、何かをつくってしまったあと、問題になったあとでどのようにサステナブルにするか考えるよりも、始めからサステナブル・イノベーションを目指すマインドセットを持っている方が、断然良いソリューションを見つけることにつながるでしょう。
イノベーションはサプライチェーン上のすべての人を意味でつなぎ、より良い製品を市場にもたらすことを可能にします。サステナビリティは、サプライチェーン上のすべての人をひとつに結びつけ、パーパスにコミットし、顧客にとって大きな価値を提供するためのアイデアを生み出します。
編集後記
ロバートさんの話す企業にとってのサステナビリティとは、一過性のトレンドや消費される流行ではなく、行動そのものであり、次の10年を生き残るための経営戦略の中核だ。ロバートさんの指摘するように、コストを社会や環境に外部化しないという前提を理解すれば、必然的に取り組む以外の選択肢がないことに気づく。
続く後編では、多国籍企業フィリップスがサステナビリティに取り組む中で見えてきた、大企業のサステナビリティを推進する3つの鍵について紹介する。
▶ 大企業のサステナビリティを推進する3つの鍵・オランダ・フィリップスに学ぶ持続可能な経営のヒント・後編
【参照サイト】ロイヤル・フィリップスウェブサイト
Edited by Kimika Tonuma