ヴィーガンと聞くと食事を思い浮かべることが多いが、最近では、ファッションや美容などさまざまな場面でこの言葉に触れる機会が増えている。
ヴィーガンであることとは、衣食住などの生き方全般において、「動物の搾取を可能な限り避けて生きる」主義に沿うことを意味する。その中で、コスメにおいてヴィーガンであるとは、「動物由来成分を含まない」ことが定義として使われるのが一般的だ。さらに、動物の搾取を避けるコスメのもう一つのポイントとして、原料・開発・製造・販売において動物実験を必要とする手段を取らない「クルエルティフリー」というキーワードもあげられる。
ヨーロッパや北米では、美容の世界でもこうした動物倫理に考慮する動きが一般的になりつつある。そんな中、まだ欧米ほどの認識が広まってはいない日本においても、その動物倫理に配慮した国内ブランドが誕生している。それが、ヴィーガンコスメブランド「ラヴィステラ(LA VIE STELLA)」だ。今回は、活動を始めたきっかけや想い、商品へのこだわりについて、代表の野田さとみさんに伺った。
ラヴィステラの原点
すべてヴィーガンかつクルエルティフリーで、オーガニック原料にこだわった石鹸や基礎化粧品、日焼け止めなどを中心としたスキンケアと一部ヘアケアの商品を展開する、ラヴィステラ。野田さんがそのような化粧品づくりを始めた背景には、人にも動物にも自然にも優しいコスメを作りたいという強い想いと、日本のエシカルコスメ市場の課題があった。
10年ほど前に、動物の搾取を避ける生き方を始めた野田さん。人に、自然に、動物にやさしい生活をしようと模索する中で、コスメもヴィーガンのモノに移行しようと探していたのだが、なかなか納得のいくものが見つからなかった。商品の成分表示は難しいカタカナばかりで、何を原料にしているのわかりづらい。エシカルやサステナブルを名乗るブランドでも、メイクアップブラシに動物の毛を使用していたり、肌や環境に良くない石油由来の化学合成成分を含んでいたりする。――ヴィーガンコスメの選択肢も情報も非常に限られていると、野田さんは感じた。
「心から欲しいと思えるコンセプトのブランドに出会えないのならば自分で作ろう。」
野田さんは、ヴィーガンでクルエルティフリー、かつオーガニックな化粧品をつくろうと決意、自分がいち消費者として惹かれる、「想い、熱意、こだわり」のある商品を作りたいと、右も左もわからないまま起業に向かって走り出した。
納得いくコスメを目指して
化粧品というと、「見た目を美しくするもの」というイメージがある。スキンケアで肌をいたわったり、化粧をしたりすることで、見た目だけでなく気持ちが上向くことも少なくない。「メイクアップセラピー」として福祉の現場でも化粧が応用されているほどだ。
人々の心にもポジティブな影響を与えるほど大きな力を持つ化粧品だが、見た目を美しくする効果を持てば、どのような素材が使われていてもいいのだろうか。化粧品を作る過程で、環境を破壊したり、動物たちに美容成分の安全性テストを代用させて苦痛を強いたりする。そんなプロセスをはらむ化粧品を使うことは正しいことなのか?本当に美しい人間のあり方なのか?そう野田さんは問う。
「人にも動物にも環境にも、すべてにやさしいコスメをつくりたい。だからこそ、動物由来成分は不使用、クルエルティフリーで、生産過程で環境を破壊しないオーガニックの原料にこだわったものにしようとイメージを固めていきました」
こだわり①環境に配慮したオーガニック栽培
野田さんが重視しているのが、オーガニックハーブの活用だ。日本の有機農業の割合は非常に低く、世界基準と比較するとその差はとても大きい。化粧品に国産のオーガニックハーブを使用することは、実直に取り組んでいる小規模農家への支援になる。栽培において炭素の活用に着目することで、その土地の自然環境に好ましい循環を生み出すことも可能だ。
野田さんは実際に農業に従事し、オーガニック農業や自然栽培について深く学ぶことで、水や土壌、虫たち、多くの生き物や無機物に深い関わり合いがあることにも気づかされた。フィトテラピー(※1)を習得したことで、自然に対して深いリスペクトが生まれた。そして、その神聖な命を大切に扱いたい思いは強くなった。自然の恵みを最大限に生かすためにも、できる限り本来の自然の形のまま成分を配合することは、ラヴィステラの大きな特徴となっている。
特に都会で暮らしていると、毎日ビルに囲まれ、限られた範囲での生活が当たり前になってしまう。ゆえに、動物や自然に意識が向く機会はなかなかないかもしれない。しかし、私たち人間、そして動物も植物も、すべては同じ地球という星に生きる家族であり、どんなときでも誰ひとりとしてその関わりや循環からはみ出すことはない。そのことを、野田さんはオーガニック農業を通して今一度思い出したそうだ。
※1 主に植物の香り成分のみを用いるアロマセラピーだけでなく、様々な植物療法の総称を表す。(日本フィトセラピー協会)
商品のこだわり②パームオイルフリーとリーフセーフ
「市場のコスメの成分表は読みづらい」「何が入っているかわからない」自身が感じた不満から、野田さんは「動物実験をしていない」「オーガニック」といった要素をパッケージ側面にアイコンでわかりやすく表示することにした。そのアイコンであらわされる要素のうちの2つが、「パームオイルフリー(パーム油を使用しない)」と「リーフセーフ(珊瑚礁を傷つけない)」だ。
パームオイルフリー
パーム油は、東南アジアを中心とした地域の熱帯雨林を伐採した上で単一栽培されるアブラヤシから抽出される。熱帯雨林の消滅と気候危機の関連性、野生動物の絶滅、現地農場の人権問題など、背景には多くの課題を抱えている。汎用性が高いパーム油は、化粧品にも使用されるが、商品によっては植物性保湿成分の「グリセリン」と表記されることも少なくない。グリセリンと記されることで、成分表を見ても消費者にはパーム油由来成分が入っているかどうかを判断しづらくなるという現状があるのだ。
ラヴィステラではパーム油を使用しないのと同時に、製品のパッケージに「パームオイルフリー」のマークを独自に記載。パーム油を避ける消費者にわかりやすい上に、パーム油に関する啓蒙につながることも期待している。
リーフセーフ
リーフセーフは日焼け止め成分に大きく関係している。一般的に多く出回っている、ケミカルサンスクリーンと呼ばれる紫外線吸収剤は、珊瑚礁を破損する可能性が高いと言われており、海洋生態系への影響が懸念される。現に、パラオ共和国やアメリカのハワイ州など、販売・使用を法規制する地域もある。
ラヴィステラの日焼け止めは、そういった成分を使用していないことに加え、販売ページに日焼け止め成分と珊瑚礁の問題について記載することで、ページを訪れる消費者に日焼け止めの選び方について考えるきっかけを与えているのだ。
いいものを作りたいからこそ生まれる葛藤
ヴィーガンかつクルエルティフリー、そしてオーガニック。野田さんが大事にしたいコンセプト実際に商品化するまでには、困難がいくつもあった。
まずは、ラヴィステラが持つフィロソフィーの実現に協力してくれる製造元がなかなか見つからなかったこと。
動物実験を行わないこと、パームオイルフリーに対応可能なこと、天然の植物性成分100%であること、小ロットに対応可能なこと。この4つがラヴィステラがクリアしたい条件である。だが、特にクルエルティフリーに関しては、日本では考え方がまだ一般的でないため、同じコスメ業界で働く業者であっても、認識をすり合わせるため細やかなコミュニケーションが必要だったという。
二つ目は、コストの調整だ。
商品の素材をオーガニック成分、天然成分に限定することや、パッケージをガラス製や再生可能素材にすることで、コストはどうしても高くなってしまう。また、商品の発注ロット数が多くなるほど製作コストが下がり、商品1個あたりの単価を安くすることはできるが、そもそも保存期間が短い自然派コスメの在庫を大量に抱え、管理することは、立ち上げて間もないスタートアップ企業にとってはハードルが非常に高かった。
さらに、ブランドの広告をどうするかに関してもジレンマがあった。新しいブランドとして多くの人に認知してもらうためには、ある程度の宣伝をする必要がある。しかしラヴィステラでは、商品の中身にかなりこだわっており広告費にかけられる費用は多くなかった。中身にこだわりながら、大々的な宣伝を行っていくとすれば、広告費用分が商品の販売価格に上乗せされることになり、消費者はさらに手を出しづらくなってしまうだろう。
こうして、実際に経営する側になってみて、それまで見えなかった課題に次々に直面した野田さん。自分が作りたいものを作るというクリエイター視点だけでなく、どのこだわりを貫きどこで妥協するか、経営者としての判断と自分自身の想いとの葛藤をいつも感じているそうだ。
いつも、誰もが、地球の大きな循環の一部
多くのジレンマを抱えつつ、「人だけでなく、動物や自然環境にとっても良い商品を世の中に提供したい」「人々の心に自然や動物を愛する心を届けたい」という想いを持つ野田さんは、これからも挑戦を続ける。今後の展望については、「人と動物の深いつながりを感じられ、健康や美にもっとホリスティックにアプローチしていく商品をこれからも生み出していきたい」と話す。
例えば、自身が保護猫や保護犬と暮らしてきた経験や、肌は日々食べる物によって作られるという考えから、今後は化粧品事業だけでなく、利用者が一緒に暮らす動物向けのケア商品や健康を重視した食品等の販売も目指す。さらには、日本同様に動物倫理の概念がまだ希薄であるアジアでも商品やサービスを展開して、より多くの消費者の意識に問いかけ、新しい概念を生み出すことも、見据えている。
「私は、大切なもの、本質的なものがいつも目に見えるとは限らないと思っています。化粧品って、単にメイクアップするためのものではないと思うんです。原材料や生産過程……化粧品の背景を見つめることで、私たちは自身の生き方や思いやりなど、本質的なことについて想いを馳せることができます。見た目だけでなく心も美しく育むことができる──そんな新しい化粧品の概念を世の中に提供したいですね。」
編集後記
日本の現状では、ヴィーガン・クルエルティフリーのコスメを日常的に使用するのは容易ではない。国内ブランドに絞って選ぼうとすれば、さらに選択肢は狭まる。今後、消費者の意識が変わることでもっと普及していくと同時に、小さいブランドでも取得しやすい国内または国際的な各種認定など、第三機関の働きかけの必要性も問われているだろう。エシカルコスメの分野において日本はまだまだ伸びしろが大きい。
動物のことを思うコスメ作りは、動物由来成分を使わないこと、動物実験をしないことだけではない。自然の中での人間のあり方を考察することは、動物へのさらなる配慮としても返ってくる。自分自身が美しくありたいと願うことに倫理をくわえると、そこには何層にも重なったエレメントがあることに気づく。
ラヴィステラは、動物のことを考えるコンセプトを核としつつ、私たち人間が自然の中に存在する循環の一部であることを思い出させてくれるコスメブランドだ。商品を通して野田さんが発信している想いが、化粧品のこれからを考える上で、重要な基準になっていくことを感じた。
【関連サイト】ラヴィステラ公式サイト(コーポレートサイト)
【関連サイト】ラヴィステラ公式サイト(オンラインショップ)
Edited by Tomoko Ito