桃太郎が鬼退治をしたくなかったら?アニメが伝える、分断をなくすコミュニケ―ション

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新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が日本国内で猛威を振るいつづけ、2021年1月8日、政府は1都3県に対し緊急事態宣言を出した。その後も宣言の対象地域は拡大し、それぞれの地域の飲食店に対して営業時間の短縮などが求められた。そんな日本は現状、他国で見られるロックダウン状態ではなく、一人ひとりの行動の判断はあくまで個人に委ねられている。

「感染を広げないように皆が自粛をするべき」と言う人がいれば、「経済活動も大事だから、各々が対策をきちんとしたうえで、普段通り行動するべき」と考える人もいる。他のさまざまな物事と同様に、新型コロナのリスクに対する考え方も人それぞれだ。SNSなどを通して、誰でも自分の意見を簡単に発信できるようになった今、多様な意見同士がぶつかり合うことも少なくない。

そういった価値観の違いからくる他者との衝突。それは小さな喧嘩から国同士の戦争まで大きさの違いはあるものの、私たちの日常の中で少なからず起きている。そんな争いを暴力のない「平和な方法」で解決する“スキル”を伝えている人がいる。アニメーション制作会社ビープロダクションの高部優子さんだ。

「私たちは、自分と異なる考えを持つ人に対して違和感や嫌悪感を抱くことがあります。そんなときでも少しコミュニケーションを工夫することで、争わずに済むはずなんです。」そう話す高部さんは、アニメーション映像を通して人々に「争いを防ぐコミュニケーション方法」を伝えている。今回高部さんには、アニメーション制作を始めたきっかけ、コロナ禍にこそ伝えたい、分断を防ぐコミュニケーション方法、平和な社会とは何かを伺った。

話し手:高部優子(たかべ ゆうこ)さん

高部さん高校の社会科教師の後、NHKで映像ディレクターを務めながら、清泉女子大学大学院で紛争解決学を学ぶ。2012年『アニメ みんながHappyになる方法 関係をよくする3つの理論』を制作。現在、横浜国立大学の博士課程に在籍、明星大学で非常勤講師を務める。

戦争が人々に残した傷跡の深さ

NGO職員、高校の社会科教員、映像ディレクターなどを経て、現在大学院の博士課程で平和教育の研究をしている高部さん。数年前にアニメーション制作会社ビープロダクションを立ち上げ、研究の傍ら、映像制作を行っている。そんな高部さんは、どのようにして現在の活動に行きついたのか。まずお伺いしたのは、制作する作品のキーワードである「平和」と「紛争」についてだ。

「平和や紛争といったテーマに最初に興味を持ったのは大学生の頃。バックパッカーとして物価が安いアジア諸国を中心に旅をしていたときです。当時は今から20年ほど前でしたが、戦争中に日本の支配下にあったアジアの国々では、日本人から戦争のことを連想する人が多く、日本人である私との会話の中で戦争の話になることが度々ありました。終戦から50年以上経っていても、人々の心には戦争の影が色濃く残っていたんです。」

「そのときの衝撃は今でも忘れられません。『日本人にとっては遠い昔のことのように感じられるけれど、こんなにも長い間、戦争の傷跡は人々の心に残ったままなんだ……。』と驚きました。戦争や平和について気になりはじめましたのは、その頃からです。」

ギャルに言われた一言「なんで戦争って起こるのよ?」

それから大学を卒業し数年働いた後、高校の社会科教員になった高部さん。勤務先は、勉強が得意でない子が多いという都内の女子校。あるとき高部さんが授業で戦争被害者のドキュメンタリー映像を授業で見せたところ、いわゆるギャルと呼ばれるような女性生徒が、すね毛を抜きながらこういったそうだ。

「なんで戦争って起こるのよ?」

そのときの女子生徒からの純粋な質問は、それ以降、高部さん自身の問いとなった。「当時、彼女の質問になんと答えてよいか分からなかったし、教師であれ、研究者であれ、ほとんどの人がちゃんと答えられないのではないかと思ったんです。」そう話す高部さんは、それからその女子生徒の問いの答えを探す中で、たまたま、平和教育と紛争解決を専門とする大学の教授と出会った。

「その教授はこう言ったんです。『平和と言うと、よく戦争のことを思い浮かべる人が多いけれど、実は平和にはもっと多様な意味が含まれています。紛争もまた、戦争に関するものだけでなく、身近な喧嘩や些細な争いごとも含まれます。一見レベルが違うように思われる二つの紛争を、同じ理論で解決できるのが紛争解決学という学問で、しかも紛争の解決策は“スキル”だから習得できる』と。」

なぜアニメーション映像をつくるのか

その教授が言った「紛争はスキルを身に着ければ解決できる」という言葉に衝撃を受けると同時に、紛争解決学という学問に興味を抱いた高部さん。だが、一体どのような経緯で映像制作の活動に行きついたのだろうか。

「映像をつくることに決めたのも、教員として働いていたときの経験がきっかけです。授業に聞く耳を持たない生徒にどうにか興味を持ってもらおうと、自分でイラストや漫画を描いてプリントをつくったり、ドキュメンタリー映像を見せたりしました。そのときに感じたのが、映像が持つ力の大きさ。情報量もそうですが、何より映像が観た人に伝える力の大きさを実感しました。」

業務が多岐にわたり、日々忙しい教員が良質な映像教材を使うことができればどれほど良いだろう。――そんな風に考えた高部さんは、社会人が通える映像制作学校に通い学びながら、仲間たちと共にドキュメンタリー映像の制作を始めた。その後も仕事でドキュメンタリーの制作に携っていたというが、なぜ今、アニメーション映像なのか。

「紛争解決学で、コミュニケーションや喧嘩を解決する方法を学んでいる中で、『これって大学院生だけでなく、小中学生にも伝えるべきではないか……?』と思い始めました。そして子どもたちに伝えるなら、アニメーションが適しているなと思ったんです。」

作品の紹介

これまでビープロダクションで制作されたビデオは、オリジナルの人形アニメやパソコンを使ったフラッシュアニメなど、異なるテイストでつくられている。いずれも会社や学校など、生活の中で起こる身近な争いをテーマに、平和的に解決するコミュニケーション方法を伝えているアニメーションだ。これまで制作された6作の中で、特に今高部さんが観てほしいという3つの作品を以下で紹介する。

鬼退治したくない桃太郎
Be-Production 桃太郎

鬼退治したくない桃太郎

昔話とはうって変わって、非暴力の立場で村人と鬼の間の話し合いを推進する桃太郎が登場。暴力を暴力で抑えるのではなく、暴力が起こらないような方法をみんなで考え、実践しようという提案をする。喧嘩の原因の多くは、お互いの勘違いやニーズの違いなどであり、それらを理解し合うためには、なぜそう思ったのか聞く、といったコミュニケーションが必要。その手段として、ハワイに伝わる紛争解決法「ホーポノポノ」が用いられている。

オレンジの木の下で
Be-Production オレンジの木の下で

オレンジの木の下で

「3つの暴力を3つの平和に」というメッセージを込めた、平和構築がテーマの作品。戦争をやめたり暴力を止めたりするだけでなく、「平和をつくる」とはどういうことかが描かれている。小さな川をはさんだガルン国とオラン国。川の水をめぐってお互いを悪く言い合う関係になってしまった二者が、ただ反対したり批判したりし合うのではなく、協調するようになる……分断社会を解決するための学びになる作品だ。

クリスマスのオフィスにて 3つの暴力~見える暴力 見えない暴力
Be-production クリスマスのオフィスにて

クリスマスのオフィスにて

身近な暴力である「ハラスメント」対策として、企業の研修用教材としても使われる作品。会社で上司に怒られ気落ちするヨシオのもとに、”不思議なスマホ”を持つサンタが登場。これまで気づかなかった相手のバックグラウンドや気持ちを知ることで、ヨシオと上司はお互いを見る目を変えていき……?仕事のみならず、バイト先や学校でハラスメントを受ける可能性のある大学生にもおすすめのこの作品には、あらゆる場面における人間関係における新たな気付き・解決へのヒントが詰まっている。

人間関係が複雑になる、大人にこそ響く作品

これらの映像は英語の吹き替え版もあり、中学校の英語劇で使われているほか、アジアのアート系大学の共通教材にもなっている。さらに、企業研修や大学生・社会人向けの社会教育の講座の中で使われるなど、桃太郎の作品を中心に年齢層が高い人たちにも人気を集めている。

「小さな子どもは単純な喧嘩が多いですが、学生やもっと上の年齢になると、人間関係も複雑になり、なかなか解決できないような問題にモヤモヤする人が増えます。そういうモヤモヤを解決するための糸口として、私たちのアニメーションを見てくれる人が多い気がします。」

実際に、中学校のバレー部でもめ事が起きたとき、桃太郎のアニメで使われた解決方法「ホーポノポノ」を使った学校の先生もいるそうだ。

「ホーポノポノは、長老たちが喧嘩をした当事者たちをみんな集めて、それぞれ何が起こったのか、どう感じているかなどを話します。気持ちを話すと、対立していた相手との共感が生まれて段々と誤解が解け対立もほぐれていく。それから自分が何をしたらいいかなどを話し合います。これは、相手を理解しながら平和的に解決することができるので、集団での話し合いに非常に有効です。」

これらアニメーション動画は、人と分かり合うためにどんなコミュニケーションを取ればよいか、物語を通して分かりやすく伝えている。

コロナ禍のコミュニケーション①見方を変えて相手を責めない

今、新型コロナの感染が拡大し、そのリスクに対する考え方の違いから、人々の間では分断が起きている。そんな分断を少しでも減らすため、一人ひとりにとって少しでも生きやすい社会をつくるために、今私たちにはどのようなコミュニケーションが必要なのだろうか。

「紛争解決学では、解決の方法が色々とあるのですが、その一つに『対立点をずらして考える方法』があります。例えば新型コロナに関して、若者の感染が増え、ウイルスが広まっているという意見が聞かれ、彼らの行動が責められることがあります。もしかしたらそれは事実かもしれません。しかし仮にそうだとしても、外出を自粛しない若者の行動を責めることで、互いの心の中で嫌悪感や不信感は強まり、溝が深まる可能性があります。」

争い

image via Shutterstock

そこで大事なのが、「一人ひとりがどういう行動をとるべきか」について議論するのではなく、「もっと別のところに問題があるかもしれない」「状況を良くするアイデアがもっと他にあるかもしれない」などと視点を変えてみることだという。

「例えば今深刻な問題が、『ベッド数が足りず、病床がひっ迫しており、重症者が入院できないこと』だとすれば、それは医療の問題、つまり構造の問題であって、個人の問題ではありません。政策などが変われば、もしかしたら解消できるかもしれないこと。そのような、“構造を変えよう”という話ならば、コロナのリスクに関して異なる価値観を持つ人同士でもできるのではないでしょうか。」

「対立点があったとしても、『今起きている課題を解決するために何ができるのか』を一緒に考えることで、冷静に、前向きなコミュニケーションをとることができると思っています。私たちはつい、違いばかりに目がいってしまいますが、『本当はもっと違う見方ができるかもしれない』『他にもできることがあるかもしれない』と視点を変えて考えてみることで、お互いを責めて対立しなくて済むかもしれません。そしてまた、価値観の多様性をも許容できるようにもなると思うんです。」

コロナ禍のコミュニケーション②相手と自分のニーズを知る

対立点をずらして考えることのほかにもう一つ、誰かと対立したときのコミュニケーションには欠かせない大切なことが、「自分や相手のニーズを知ること」。

紛争解決には、どちらが勝つか(喧嘩)、喧嘩せずにどちらも逃げる(撤退)、分け合う(妥協)、クリエイティブな方法を話し合って考える(トランセンド)の4つの方法があり、その中のどの解決策をとるか考えるためには、相手が求めているニーズを把握する必要があると高部さんは言う。

「新型コロナのリスクに関して、ある人にとって一番大事なのが、『絶対感染しないこと』である一方で、その友人は毎日の自粛生活で孤独を感じており、『感染は心配だけれど、直接対面で話したい』と思っているかもしれません。そんな風に二人の意見が食い違うとき、どちらかが我慢をして会うのをやめたり、どちらかが無理をして会ったりする。もしくは考え方の違いから攻撃的な態度を取ることもあるかもしれません。でもそうではなくて、“新たな選択肢”をつくることもできると思うんです。」

「例えば、ご飯は食べずにマスクを着けたまま外で話すといった方法も提案できるかもしれません。自分と相手のニーズを知ることで、新たな解決方法が生まれる可能性があり、また相手の考えの背景や気持ちを知ることにもつながります。」

友達

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これはまた、いじめの問題と向き合うときと同じだという。いじめるという行為自体は肯定できるものではない。しかしいじめをする人の中には、孤独など何かしらの問題を抱えている場合もしばしばだ。そういった背景にある物事は、知ろうとしなければ見えてこないものであり、知らなければいつまでも解決しない問題もある。

表面上攻撃的になってしまう人はもちろん、普段コミュニケーションをとる人のことを少し深く知ろうとしてみることで、想像していなかったようなものが見えてくることがある。背景にあるものに気付くことで解決できることは沢山あるかもしれない。「本質的なものを見ようとする態度や心構えなどが大事なのではないでしょうか」と高部さんは言う。

「アメリカを中心に世界中で深刻になっている『分断』。そんな、とてつもなく大きく感じられる問題だって、いじめと同じように解決できるはずです。例えばトランプ元大統領を支持する人たちとしない人たち。それぞれが互いに否定し合うのではなく、『なぜそう考えるのか?』と、相手を理解しようとする姿勢になって話し合う。もちろんとても難しいことだと思います。それでも、ちょっと相手の話を詳しく聞いてみたり、話し合いの場をつくるように動いてみたりといった行動をとることが、平和につながると思うんです。」

平和な社会とは、「平和をつくる行動」がある社会

平和をつくるためには、まず相手を知ろうとする姿勢が第一歩。そう話す高部さんに、「平和な社会」とは何か尋ねたところ、このような答えが返ってきた。

「平和な社会とは、暴力がないだけではなく、より多くの人が『平和をつくる行動』をしている社会だと思います。暴力的なものを批判するだけでなく、対話の機会をつくってみたり、より良いコミュニケーション方法を考えてみたり……それぞれが実際にアクションを起こしている社会です。暴力が全くない世界を実現するのはとても難しいことですが、それを目指して一人ひとりが動き続けることで、平和な社会に近づいていくと思うんです。」

最後に、今さまざまな悩みを抱えている人たちに向けてメッセージを残してくださった。

「周りの人との関係性がうまくいかなくなったり困ったりしたとき、解決方法は1つだけでなく無数にあると心に留めておいてください。それから自分がどうしたいのか、相手がどうしたいのか、両方のニーズを理解しようとしてみること。対話を通して互いの想いを共有して一緒に考えていくことで、平和的でクリエイティブな方法でどんな問題も解決できると思っています。」

「難しいことかもしれませんが、それが連鎖のように広がっていけば、“分断のない平和な社会”がつくれる。――そう信じています。」

取材後記

頭ではわかっているものの、実際に行動に移せないことは数多くある。今回教えてくださった平和的なコミュニケーションもその一つだ。どれだけ意識していても、イラっとしたときにそれが言葉や態度に出たり、自分の感情を抑えすぎて疲れたりと、上手くいかないことの方が多いかもしれない。それでも、こういったコミュニケーション方法があり、争いの解決方法がたくさんあると知っているだけでも助けになるだろう。そのように高部さんはおっしゃっていた。

今後、ビープロダクションは、学校の教科書に沿った映像の制作も目指しているそうだ。幼い頃から、自分と相手の両方の気持ちを大事にするコミュニケーション法を学んでおくことは、大人になって難しい課題に直面するとき、必ず助けになるだろう。

きっと、どんな人とも対話することで気付けることがある。平和をつくるとは、知っているようで知らない、周りの人々の想いを知ろうとすることから始まるのかもしれないと強く感じた。格差などの目に見えやすいものだけでなく、人々の間に知らず知らずのうちに築かれた壁、深まる分断……そんな絶望的ともいえるような対立を乗り越えるきっかけは、実は身近なところにあるのかもしれない。

※記事中で紹介したアニメーション作品は、以下ビープロダクションのサイトより購入可能。興味のある方は是非サイトを訪れてみてほしい。

【参照サイト】ビープロダクション

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