「自然と共存する価値観」が魅力。アイヌ文化に触れてみよう──入門編におすすめの本【6選】

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今、アイヌ文化に大きな注目が集まっているのをご存じだろうか。この「アイヌブーム」の火付け役とも言えるのが、週刊ヤングジャンプ(集英社)で連載中のマンガ『ゴールデンカムイ』だ。明治末期の北海道・樺太を舞台にした本作中には、当時のリアルなアイヌ文化の描写が豊富に登場。2021年6月時点でシリーズ累計発行部数1600万部を突破するほどの人気ぶりである。現在、こちらの『ゴールデンカムイ』を中心に「アイヌに関する出版物ラッシュ」とも言われる現象が起こっている。

だが、こうした盛り上がりが見られる一方で、アイヌ民族を「教科書の中の存在」「なんだか難しいもの」のように感じている人も少なくないのではないだろうか。

先述の『ゴールデンカムイ』ブーム以前は特に、アイヌ文化に触れる機会といえば、もっぱら学校の授業だったであろう。カリキュラムに沿って行われる授業では、どうしてもかしこまった説明がされがちだ。アイヌ文化について「多様性を尊重するべきだから/歴史的な観点から重要だから」といった文脈で教わったことはあっても、自身の興味に基づいてアイヌ文化について学んだことがある、という人はそう多くないのではないだろうか。

また、著名人の「差別発言」についての報道のされ方も、「アイヌ=難しそう」というイメージにつながっている可能性がある。2021年3月、日本テレビの番組「スッキリ」での芸人の発言がアイヌ差別だと批判され、謝罪したニュースは記憶に新しい。報道を通して、視聴者は「発言者に悪意がなくとも、知識が不足していたり間違った理解をしていたりすれば、結果的に誰かを傷つけてしまう可能性がある」ことを再認識することができる。だが同時に、様々な媒体で繰り返しネガティブに報道される著名人の姿から、視聴者たちが「アイヌ文化=気軽に触れてはいけないもの」というメッセージまで己に刷り込んでしまっている可能性もある。

もちろん、敬意を持って他者の文化を学ぶ姿勢は重要だ。しかし、「なんだか難しそうだから」という理由だけでアイヌ文化を知らずにいるのだとしたら、それはとてももったいないことだと感じる。筆者は2001年の夏、学生時代にアイヌの集落でフィールドワークをしたことがある。その時出会ったアイヌの人々の食と向き合う姿勢や自然を大切にする姿勢に、強く心を惹かれた。彼らに根付いてきた知恵や習慣は、昨今の環境・社会問題を考える上での示唆に富んでいるのではないかと感じた。そこで今回は、数あるアイヌ関連の本やマンガの中から筆者が「面白い」「示唆に富んでいる」と感じたものを紹介したい。

はじめに:アイヌ民族について

アイヌ民族は、日本列島北部周辺、特に北海道で暮らしてきた先住民族だ。彼らは、日本語とは異なる言語系統、文化を持ち、明治時代に北海道が開拓されるまで独自の文化、暮らし方を続けてきた。しかし明治時代になると日本政府の政策により、アイヌ民族は他の地域と同じ生活、文化を強いられるようになる。その結果、独自の言語や文化が衰退。書籍『なくなりそうな世界の言葉』によると、現在、流ちょうなアイヌ語話者はたった5人しかいない。

先住民族と聞くと、山や森にこもって生活している人をイメージする人もいるかもしれない。しかし現在、アイヌのルーツを持つ人の多くは北海道および全国の都市部で暮らしている。自身のルーツを強く意識するかどうかも、それを明かすかどうかも、本人次第。出自を明かして差別的な態度をとられることを恐れて、アイヌにルーツがあることを隠す人も少なくない。その一方で、伝統を大切にしながら、現代の文化を融合させたデザインや音楽を発信するアイヌのアーティストが続々と増えており、昔からの儀式を復活させる動きも活発になっている。

アイヌ文様

Image via Shutterstock

先祖代々受け継がれる、自然と共存していくための知恵

アイヌの人々は「自然や身のまわりのものに神様がいる」と捉える。そのため、彼らにとってモノを使うことや狩猟や採集で食材を得ることは「神様の持ち物の一部をおすそ分けしてもらっている」ような感覚なのだという。彼らは、普段から資源をとりすぎないよう細心の注意を払っており、狩猟や採集で得た魚や樹木は、皮まで衣服や靴に利用するなどして余すことなく使ってきた。必要以上に木を切ることがなかったので、明治以前の北海道は全道の9割が森林地帯だったと言われている(三栄『時空旅人ベストシリーズ 今こそ知りたいアイヌ~北の縄文、人々の歴史と文化、ウポポイの誕生~』P.65より)。

こうした自然を大切にする心を次の世代へと伝えていくために、アイヌの人々は多くの物語を作り、口承で受け継いできた。また、刺繍や木彫りなどの日々の暮らしに根付いた民芸の文様にも、自然をたたえるような表現が組み込まれているのが特徴だ。

サケ

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アイヌ文化をテーマにした、おすすめの本・マンガ【6選】

独自の自然観、示唆に富んだユニークな神話、生活に寄り添った民芸品の美しい文様など、様々な魅力にあふれるアイヌ文化。今回は、アイヌの自然観、自然との向き合い方を学ぶことができる本のなかから、おすすめを6冊ご紹介する。絵本やマンガ、小説など様々な形態の本があるので、気になるものから気軽に手に取ってみてほしい。

1.アイヌ民族の自然に対する考え方が伝わってくる絵本『カムイチカプ』

光村図書の国語の教科書(小2)でも紹介されている、美しい版画が魅力的な絵本。高い木のうえから自然の営みを見守るシマフクロウの神と、仲間と共に海で暮らすシャチの戦いを読みながら、自然の厳しさや優しさ、自然に対するアイヌの人々の考え方を知ることができる。

物語自体は色々な捉え方ができる内容なので、親子で感想を話し合ってみるのもおすすめ。

2.アイヌのサステナブルな食文化も学べる。マンガ大賞受賞作『ゴールデンカムイ』

冒頭でも紹介した、明治・大正時代が舞台の人気冒険マンガ。手塚治虫文化賞でマンガ大賞を受賞している。アイヌ文化の描写は、専門家の監修のもと描かれており、ストーリーを読み進めるうちにアイヌの知識が自然に身についてしまう。

特に興味深いのは、強くてチャーミングなアイヌ民族の少女アシリパが食文化を紹介する場面だ。狩りで得た獲物に感謝の祈りを捧げる、骨が細い野生動物は「チタタプ」という方法でみじん切りにする、山菜は乾燥させて長く利用する……など、アシリパの紹介する料理法や慣習からは「食べ物に感謝し、大切にしよう」という思いがひしひしと伝わってくる。また、登場する料理がどれも思わず食べたくなってしまうほど美味しそうに描かれているのも魅力のひとつだ。

3.原作ファンはもちろん、本編未読でも楽しめる『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』

マンガ『ゴールデンカムイ』でアイヌ文化描写の監修を行う中川裕氏による、アイヌ文化の入門書。作中でよく出てくる「ヒンナ」という言葉に込められた、食べ物への感謝の気持ちや、持続可能な自然や社会づくりにつながる「カムイ(神様)」の考え方など、マンガの場面を引用しながら、アイヌの宗教観、言語、食文化などを分かりやすく解説している。

さらに、「北海道の地名からアイヌ語を紐解く」「家庭で作れるアイヌ料理」といったテーマも用意されており、マンガを読んだ人も、読んでいない人も楽しめるように工夫されているのが嬉しい。学びがたっぷりあるのに、あっという間に読めてしまう1冊。

4.ユニークな物語の数々から、動植物への想いが伝わってくる文庫本『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』

2020年に山と渓谷社が文庫本として復刊し、人気を集めている文庫本。著者は自身がアイヌ民族であり、アイヌ語研究の第一人者として、2006年に亡くなるまでアイヌ語の復興に力を注いできた萱野茂さんだ。祖母や村のフチから聞き集めた38の物語が、萱野さんの解説と共に綴られている。短い話で2ページほど、長くても20ページほどなので、短編集のような感覚で読み進められる。

若者に化けて人間を助けるウサギの話、「たまには良いこともするから、ヒエやアワを少し食べても怒らないで」と伝えるスズメの神様の話──収録されている物語は、どれも生きとし生けるものを題材にしたユニークなものばかり。読み終えた後は、身のまわりの自然や動物をいつもと少し違う視点で見つめることができそうだ。

アイヌと神々の物語

Image via 株式会社インプレスホールディングス

5. アート好きにおすすめ!多彩な寄稿者の視点を楽しむ『問いかけるアイヌアート』

現代のアイヌの衣服や絵、彫刻などの作家、アイヌ語の研究者、アイヌ関連の美術館・博物館の学芸員が、それぞれの立場から「アイヌアートの今」を伝える一冊。

様々な属性の関係者が多彩な文章を寄稿しているのが最大の魅力だ。アイヌ語の研究者による、マンガや本などのメディアを通じた発信の分析、アイヌ文様の扱い方に関する問題提起など、扱うテーマも幅広い。気になる寄稿者の章から読み進めながら、アイヌアートの今、未来に思いを馳せてみてほしい。

6.登場人物になった気持ちでアイヌの歴史・文化を体感できる小説『熱源』

明治時代から昭和にかけて、アイヌの身にどんなことが起こっていたかを描いた直木賞受賞作。本作は史実を取り入れたフィクションで、開拓によりアイヌの土地の多くが奪われたこと、伝染病で多くのアイヌが亡くなったことなど、アイヌの歴史や文化を知る上で見逃せない要素がたくさん登場する。中でも、アイヌ独自の儀式「イヲマンテ(熊送り)※」の描写が秀逸だ。

登場人物の心情を追体験しながら、アイヌの人たちの歴史や、彼らが自然との共生をいかに大切にしていたかを感じとることができるのが魅力。

イヲマンテ:春先のヒグマ猟で手に入れた子熊を大切に育て、1~2年ほど飼育した後に、その魂を神々の世界へと送り帰す盛大な伝統儀礼。たくさんのお土産を持たせてカムイ(子熊)の魂をカムイモシリ(神々の世界)へ送ることでその再訪を願い、食料の安定供給を求める意義がある。

リスペクトを大切に

アイヌ文化への注目が高まっていることをきっかけに、これまで知らなかった文化に触れる機会が生まれるのは、素晴らしいことだ。しかし、なかには、その文化に敬意を払わず、単に文化を「消費」するような例も見られる。

例えば、アイヌ独自のデザインである「アイヌ文様」は、勝手に広告や商品に使われてしまうことがある。だが、アイヌ文様はアイヌ文化において「神様へのメッセージ」としての意味合いを持つもの。ただの模様ではないのだ。そうした背景を無視し、当事者の意見も仰ぐことなく、勝手に消費する行為は「文化盗用」になってしまう可能性がある。また、彼らが大切に受け継いできた文化が、誤って伝わるリスクもある。

社会・環境問題の解決につながるヒントを与えてくれるアイヌ文化。その文化をリスペクトし、きちんと知ろうとする姿勢が今、求められている。そのための方法の1つとして、今回紹介した本やマンガを手に取ってみてほしい。


【関連ページ】文化盗用とは・意味
【参照文献】時空旅人ベストシリーズ 今こそ知りたいアイヌ~北の縄文、人々の歴史と文化、ウポポイの誕生~

Edited by Yuka Kihara

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